第36話

 「タマーー??!!」


 あたしは叫んだ。

 目の前には、フェンリルの子供らしき個体。

 その個体が、タマを咥えて走り去って行こうとする。

 少し油断した隙に、タマは獲物としてフェンリルの子供の口の中に収まってしまっていたのだ。

 遠吠えが聞こえてきたのを合図に、先述したとおりタマは連れ去られてしまいそうになったのだ。


 あたしの叫びに答えるように、タマが鳴いた。


 「テュケー??!!」


 と、あたしの横を、風を切るかのようになっちゃんが駆け出す。

 そして、あの大剣を振るう。

 一瞬だった。大剣が振るわれた一瞬のあと、フェンリルの子供、その首がポトンと地面に落ちた。

 時間差で、血飛沫が散った。

 その口から血にまみれたタマが抜け出てくる。

 念の為バスタオル持ってきといて良かった。


 「テュケー、テュケるる~」


 怖かったよーとばかりに血まみれ毛玉が飛びついて来たので、あたしは、まぁ、とっさに避けてしまった。

 悪い、タマ。汚れてもいい格好だし、着替えもなっちゃんに言われて持ってきてはいるけど、さすがに血まみれのお前を受け止めるのは、抵抗があった。

 これにも徐々に慣れていかないとかぁ。


 むしろ、冒険者になるより猟手ハンターになって、銃火器の資格とモンスターの解体習ったほうがいいのかもしれないと思ってしまう。

 そうすれば血抜きのやり方も覚えられるし、猟友会に登録できて、季節がくれば肉を捕れるだろうし。

 冒険者と違って、猟手は年々なり手が少なくなっているとも聞いた。

 中には冒険者と兼任してる人もいるらしいし。

 それに、猟銃って一回撃ってみたいし。

 なんてことを考えつつ、あたしはバスタオルを取り出してタマを包んで力ずくで血を拭きとる。


 「あ! ココロ!!」


 フェンリルの死体を検分していたなっちゃんが、あたしの行動に気づいて声を上げた。

 同時に、手に痛みが走る。

 見ると、バスタオルから滲んだフェンリルの血であたしの手の皮が溶けて血が滴っていた。


 「な、なんっじゃこりゃぁぁああ!?」


 なっちゃんが、大剣を取り出した時と同じように魔法陣を出現させると、そこから何やら五百ミリリットルのペットボトルを引っぱりだす。

 中身は、水だろうか?

 そして、こちらに駆け寄ってあたしに手のひらを出すように言った。

 痛みに耐えつつ、あたしは言われた通りにする。

 そこへ、ペットボトルの蓋を開けてなっちゃんは中身をぶちまけたのだった。

 

 途端に、まるで焼肉を焼いた時のようなジュージューという音とともに手の平から真っ白い煙が上がった。


 「テュケるる~!!」


 タマが驚いて、あたしの頭に飛び乗る。

 変なとこで臆病だなコイツ。

 ま、まぁ、あたしも驚いたけど。


 「大丈夫? 痛みは? ちょっと握ってみて」


 「ちょっと痒い。痛くは、無い。ビックリした」


 あたしは言いながら両手を握っては開いてを繰り返した。


 「傷跡も無い、ね。よし。

 今のは冒険者御用達アイテムの傷薬。

 もげた腕でもくっつく優れもの。

 この前徳用買っといて良かった。

 一部のモンスターの血は毒なんだよ。私みたいな鬼人族は人間族と違って皮膚が丈夫だから溶けるとかは無いけどね。

 ココロみたいな人間族が血に触れると、今見たようになるわけ」


 「大変勉強になりました」


 「ゴム手袋か軍手は?

 それに、エルフ特製お母さん手作りの御守りは?」


 事前にあたしはなっちゃんから、持ち物をいくつか指定されていた。

 そのうちの二つがゴム手袋と軍手だった。

 それはちゃんとリュックに入っている。森に入る前に着用すればよかった。

 御守りは、って、あれ?


 あたしは、リュックの脇に今朝急遽取り付けた手作り御守りが入った小さな巾着袋を確認する。

 巾着袋は、たしかに御守りを入れていたものと同じ唐草模様のやつだ。

 この巾着袋、ばあちゃんが余り物の布で作ってくれた物なのだが、同じものが三つあったりする。

 その三つとは、あたし、マリー、エリーゼの三つだ。


 巾着袋の端っこに、【エリーゼ】の名前の刺繍があるのを見つける。

 あたしはすぐに巾着袋を開いた。

 

 そこには、エリーゼが大切にしている玩具の指輪や宝石、リボン、指人形、祖父母から貰ったであろう飴玉等が入っていた。

 どこかで入れ替わってたようだ。


 「やっちまったぜHAHAHA」


 なっちゃんがあたしの巾着袋の中を覗き込んで、察してくれたのか、ポンポンと励ますように叩いてくれた。


 さて、兄弟姉妹がいない読者にはなんで色違いにしないの?

 三人とも唐草模様だけれど、別々の色にした方がこういった間違いはないし名前をいちいち書かなくてもいいでしょ?

 と不思議に思うかもしれない。

 答えは簡単だ。

 喧嘩防止である。

 色違いにしたらしたで、あっちがいいこっちがいい、いや、やっぱそっち、となり、悲惨な結果を招くのである。

 少なくともウチはそうだ。


 今度からちゃんと確認しよう、とあたしは心に違うのだった。

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