第23話

 「それって」


 あたしが、ジーンさんへ問いただそうとした時、黒煙が消え、リリアさんの指示が飛んだ。


 「火竜サラマンダー!! 猪突猛進ダイレクトアタック!!」


 火竜が突っ込んでくる。


 「タマ! これ、なーんだ?!」


 あたしは咄嗟にしゃがみこんで、指を一本立ててタマに見せた。

 それだけで、さっきまでべそをかいていたタマの注意をそらすことができた。

 良かった、こいつが単純で。

 あたしは、突っ込んでくる火竜との距離に注意しながら、左右に腕ごと振る。

 大丈夫、この距離ならイける。

 タマの瞳孔が開いて、あたしの指を注視する。

 火竜が、タマへおそらく技名からして体当たりする為に力強く跳躍した時、あたしはそれに合わせて体を勢いよく起こす、同時に腕も思い切り上へ振り上げた。

 指を追いかけて、タマが見事にジャンプする。

 そこに火竜が突っ込んできた。

 そして、火竜は見えない壁に激突し、目を回してしまった。

 その上に、タマがポスんっと着地した。


 「テュケ?」


 先程と違う感触に、タマが不思議そうにする。

 同時に、ほかの勉強会参加者達がシン、と静まった。

 それらを見て、ジーンさんが苦笑した。


 「なるほど」


 あたしは、ジーンさんを睨む。


 「楽しんでないで、ちゃんと助言してくださいよ!

 あたしもタマも、こんなこと未経験なんですよ!?」


 「ごめんごめん。

 そうだなぁ、じゃあ、この子にトドメをさそっか」


 イケメンが怖いことを口にした。


 「あ、違う違う。ほんとに命をとるとかじゃないよ。

 今はまだ気絶してるだけだから、ちゃんと相手を倒したって判定に持ち込みたいんだ。

 体力ゲージ、まだ残ってるみたいだしさ」


 は?

 体力ゲージ??

 そんなの、どこにも見えないんですけど!!?

 戸惑うあたしの顔を見て、ジーンさんが実に楽しそうにニコニコする。

 うわぁ、ムカつく。

 なんだこの人。


 「うん、詳しい説明はあとでちゃんとするから。

 とりあえず、タマちゃんも物理攻撃出来ないかな?

 体当たりとか、噛み付いたりとか」


 「そんな、急に言われても」


 焦るあたしの脳裏に、何故か今朝の出来事が浮かんだ。

 何気ない、日常のそれ。

 物理攻撃になりうる、それ。

 本来の用途とは、別の形での使い方だけど。

 あたしは、叫んだ。


 「タマ! 目覚まし!!」


 意外と響いたあたしの声。

 観客、つまり他の勉強会参加者達が意味がわからなかったからか、今度はざわめきが起こった。


 『そんな技、あったっけ?』


 『いや、知らん』


 『多分無いよ、あのスライムのステータスにそんな技出てないし』


 『それじゃ、ブラフ?』


 『かもね。素人が無い頭搾って口からデマカセ言ってんでしょ』


 そんな呟きやら、会話が流れてきた。

 しかし、タマはそんなこと気にすることなく、あたしの指示に従う。

 

 「テュケ!!」


 そういえば、この芸ちゃんと見るの初めてなんだよなぁ。

 お母さんからは、飛び跳ねてお父さんを起こす芸だって聞いてたけど。

 タマが元気よく返事をして、跳んだ。

 そして、空中でタマは三倍ほど大きくなった。

 その体積のまま、落下して火竜を押し潰したのだった。


 「テュッケ♪ テュッケ♪ テュッケるる~♪」


 ぼっふん、ぼっふん、とタマがリズミカルに火竜の上でジャンプする。


 これ、ここ最近毎朝やられてたのか、お父さん。


 ダンピールの体の頑丈さすら圧倒する押し潰しだ。

 火竜、死んでなきゃいいけど。

 いや、死んだかな?

 ぺったんこになってそう。

 え、この場合あたしって過失致死させたことになるのかな?

 それとも事故死?

 あ、でも格闘技の試合の場合、舞台上で死んだら罪には問われないって聞いたことあるから、たぶん大丈夫。

 あたしが罪に問われることは、ない、はず。たぶん。

 いやいや、まだ死んだと決まったわけじゃない。


 「テュケるる~!」


 きっちり五回で、タマはジャンプするのを止めた。

 ムフっと得意げな笑いを浮かべつつ、タマがその大きくなった体を見えない壁に擦り付けてくる。

 撫でて撫でて~、と言ったところか。


 「お、勝負着いたね」


 ジーンさんの、そんな弾んだ声が隣から聞こえてきた。

 そこまで来て、あたしは気づいてしまった。

 事実は創作物よりも奇なりって、こういうことを言うんだろうな。

 途中からパニックになってた、あたしも悪いけど。

 気づけば、好奇な目もそうだが、なにか異端で異質な、そう、まるで嫌われ者の魔女でも見るような、そんな迫害の色を宿した教室中の視線があたしに突き刺さっていた。

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