第3話

 見渡す限りの田んぼ。

 遠くには山々。

 The、田舎である。

 都会の人が想像する、田舎の風景である。

 まさに絵に描いたような田舎である。

 全国区のテレビで、理想の田舎ランキングなんてものがあったら、上位にランクインするのが確実な田舎である。

 

 「さて、一周してくるか」


 ズリズリズリズリ、と意地でも動くかという熱意を出すタマを引きずる。

 こんなの、嫌がる御歳五歳の吸血鬼の妹を無理やりお風呂に入れる時より容易い。

 あいつ、蹴って肋を(以下略)。

 しばらくそうやって移動すると、タマも諦めるのか普通に散歩をしはじめる。

 スライムは基本ぴょんぴょん跳んで移動するものと思っていたが、タマを飼って知った。

 勿論、跳ねて移動もする。

 しかし、蛇やカタツムリ、ナメクジのようにずりずりと這いずるようにも動くのだ。

 徒歩で1時間もあれば、街に行ける。

 そこには、タマを保護した冒険者ギルドがある。

 役所もあるし、ホームセンターもあるし、スーパーやコンビニもある。

 しかし、農道の途中には交通量の問題なのだろう店も無ければ自販機もない。

 しかし、タマにとっては嬉しいご馳走(雑草)が山ほど生えている。

 気をつけなければならないのは、除草剤が撒かれているかどうかだ。

 しかし、タマは臭いでそれを判別できるらしい。

 くんくんと臭いを嗅いで、食べたり、食べなかったりする。

 誤飲は、たぶんしないと思う。

 この一週間で吐いたのは毛玉くらいだ。

 今度毛玉ケアの餌でも探してこよう。

 犬猫用はともかく、タマみたいな混血スライム用があるかはわからないけど。

 ちなみに、タマはちゃんとオシッコとウンチもする。

 穴がどこかはいまいちわからないけど。

 そして、頭に乗ってきたりしてもそんな排泄物がいっさい付いてないけど。

 まぁ、付いてたら、それはそれで困る。

 でも、猫砂のところで用を足しているのを家族全員が目撃しているので、排泄はちゃんとしていることは確認されている。

 

 「今度、散歩用にゲームアプリ入れようかなぁ」


 あたしは携帯端末をとりだして、ただ独り言を呟くだけのSNSをチェックしながら呟いた。

 話題という話題はない。

 フォロワーは少ないし、フォローしている人たちは趣味垢関連ばかりでなので、猫画像や漫画の感想で溢れている。

 平和でいい。

 そして、猫に限らずもふもふの画像は癒しだ。

 ウチの猫達とタマが世界一なのは変わらないが、それと画像を愛でるのはまた別の話である。

 世界一の可愛さか、それ以外の可愛さかの違いでしかない。


 「ねえーちゃーん」


 ゆっくりゆっくり、まるで人生のようにのんびり散歩を楽しんでいると、聞き覚えのありすぎる上の妹の声が背後から追いかけてきた。


 「アイス奢ってー」


 ハーフエルフだが、顔面偏差値が高い妹がアイスを強請ってきた。


 「そんな金はない」


 「仕方ない、じゃあ駄菓子でいいよ」


 なにが仕方ないのか、理解できない。

 あ、やべサングラス今日持ってない。

 上の妹はハーフエルフである。

 見事な金髪をツインテールにしている。

 その金髪が、雲ひとつない快晴のせいであたしの眼球にダイレクトアタックをかけてくるのである。

 

 「何度も言う。そんな金は無い」


 何しろ、貯金の殆どは今手にしている紐に消えたのだ。


 「ちぇー」

 

 そのまま、上の妹も散歩に参加する。


 「でも、コンビニは行くんでしょ?」


 「行かん」


 「ぶー!!」


 タマが雑草を貪り始めた。

 と、それを見ながら上の妹が聞いてくる。


 「そういや、タマってスライムだけど毛が生えてるよね?」


 「混血みたいだし。珍しいけど、レア度は低いらしいよー」


 「スライムだけど、この毛はなんの毛なの?

 猫? 犬? それともなんか別のモンスター?」


 「さあ?」


 「さあって」


 「可愛いし、もふもふしてるからいいじゃん」


 「興味ないの?」

 

 「あんたは興味あるの?」


 あたしが聞くと、上の妹は、んー、と考える素振りをした。


 「ちょっとあるかも」


 「じゃあ、後で父さんかチビ助に噛んでもらって調べてもらおう」


 チビ助というのは下の妹のことだ。

 もちろん、本名ではない。

 

 「そういや、二人とも吸血鬼だったっけ」


 上の妹は、いちいち種族のことなど覚えていられない、というより覚える気がゼロなのだろう。

 その割にタマには興味津々なので、よくわからない。


 「自分の家族の事にも興味持てば?」


 「タマには興味持ってるよ」


 あ、一応タマのことは家族認識なんだ。

 そのタマはと言えば、たらふく雑草を食べて満足そうにゲップをしていた。


 「でも、不思議だよねー。

 タマって、毛はともかく他のスライムと違って一つ目だし。

 猫並に知能あるっぽいし、感情表現豊かだし。

 もしかして、一つ目巨人族サイクロプスの血が入ってるのかな?

 この前の、ゴールデンタイムにやってた古い映画みたいに」


 「遺伝子操作されてってやつ?」


 「それそれ」

 

 想像力豊かな妹である。


 そうして、のんびりと田んぼのど真ん中を走る農道を曲がる。

 曲がっても広がるのは田んぼだ。

 と、その向こうから泣きながら歩いてくる小さな子供が見えた。

 よく見ると、その子供だけである。

 大人の姿は無い。

 あたしと上の妹が不思議に思っていると、男の子があたし達を見つけて大声で泣き始め、走ってきた。

 下の妹より小さい、三、四歳くらいの人間族の男の子のようだ。

 

 「ごご、どこれ、ひっく、れす、か?」


 舌足らず、プラス泣いているのでしゃくり上げながら男の子が言ってきた。

 タマが驚いてあたしの頭の上へぴょんっと跳ねて、すとんと着地した。

 あたしと上の妹が顔を見合わせる。


 「迷子?」


 妹が先に口を開き、


 「迷子っぽい」


 あたしは同意した。


 「交番って、どこのが近いっけ?」


 上の妹が呟き、あたしはすぐに答える。 


 「西の方の村」


 町か村かの違いではあるが、距離が近い方へ連れていった方がいいだろう。

 いや、むしろ下手に連れ歩くよりは来てもらおう。

 あたしは、頭の上で子供を警戒しているであろうタマを掴むと、腹のとこまで持ってきて、男の子に見せた。


 「君、こういうの触って痒くなったり、咳が出たりする?」

 

 男の子が泣き止んで、物珍しそうにタマを見つめる。

 そして、ぶんぶんと頭を横に振った。

 

 「よし、じゃちょっと触ってみる?」


 あたしが言うと、そわそわと、そしておそるおそる、手を伸ばしてくる。


 「タマ、大人しくしなさい」


 ビクビクして逃げ出そうとするタマに、あたしは言う。


 「てゅ、テュケるる~」


 情けない声を出して、タマは触られるのを我慢する。


 「ふわふわ」


 男の子が撫でながらそう言った。

 あたしは、タマを地面に置いてしばらく男の子に撫でさせておく。

 タマは大人しくしている。

 よし、今のうちだ。


 「マリー、交番に電話して。

 ちっちゃい男の子保護したからここまで来てって伝えて」


 マリーというのが、上の妹の名前である。


 「えー、連れてく方がいいんじゃないの?」


 「せめて、どっちかが自転車ならそうしたけどさ。

 じゃ、あんたこの子おんぶして交番まで歩いてね。

 こっちはタマの紐もあるし」


 そこまで言って、ようやくマリーは理解したようだ。

 こんな小さな子の足では、途中でおんぶすることになる、ということに。

 上の妹、マリーは素直に電話をかけ始めた。

 やがて、相手が出たのだろう事情説明を始めるのが聞こえてきた。

 さて、あとはお巡りさんが来るまでこの子の気を逸らしておかないと。

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