エルシアと坊ちゃん

燈樹

エルシアと坊ちゃん



どんなに辺境の村に住んでいたって、五歳を超えてから初めて迎える息吹の月は誰にだって大事な日であることに違いない。


私、貧乏農村に生まれた次女エルシアにだってそうであった。


あの頃の私はその日を迎えさえすれば父や母、姉と兄たちのように神々からギフトを授かり村の一員になれるのだと考えていた。寂れた隣村の神殿に行く時でさえずっと胸はドキドキと跳ねていて、どんなギフトを授かっても役に立って見せると意気込んでいたものだ。あの日を迎える前の父はどんなギフトでもエルシアは私の娘だよ頭を撫でてくれていたが、悲しいことに皆が心待ちにしていたその場所で、私は烙印を押されてしまったのである。


五歳のあの日、私が神々より授かったギフト。

それは"ねっとすーぱー"という訳のわからないものであったのだ。

勿論このギフトの詳細など父も知らなければ神官さえもしらないギフトだという。意気込んでねっとすーぱーとギフト名を口にしたところで、父のギフト・ウォーターのようなに水が出てくるわけではなく、私にしか見えない透明な板が見えるだけ。

一応何かが書いてあるようであったが、文字の読めなかった幼い私には理解することはできなかったのである。


私がぼんやりとそれを眺めている間に発現系のギフトではないのだろうと神官は父に告げ、その結果私のギフトは暫くの間観察されることとなった。

珍しいギフトは国の監察官とやらが現れてわかるまで調べてくれるようなのだが、半数ほどは期間を過ぎてもそのギフトがなんなのか分かる事はないらしい。

そしてその結果判明されなかったギフト持ちはどうなるかなんて、子供だって知っている事でもある。


ウォーターが使えれば水に困らない、ファイヤを使えれば火に困らないようにギフトによって家の仕事も生涯の働き先も決まっていく。というのにどれも使えない役立たず、無駄飯食いの厄介者。それが何のギフトか分からない者が歩むべき道筋であったのだ。むろん私も例に漏れず、六歳を迎えたあとの稔りの月に父に捨てられた。

いや、正しくは幾許かの金で売られたのである。

母は私を売り飛ばす事を渋っていたみたいだが、将来私がこの家にいるせいで兄妹達の嫁ぎ先や嫁取りに難があるかも知れないと諭され最終的には父に同意。

兄は穀潰しがいなくなると喜んで笑っていた顔はずっと記憶の片隅に残っている。

今でもそれを思い出し泣き出してしまう事もあるのだが、坊ちゃま曰く"とらうま"というものらしい。


そして奴隷商に売られてしまった私であるが、やはりというべきかギフト不明者なんてそう簡単に売れるわけがない。

女だからそれ相応の仕事につけるかもしれんと奴隷商いっていたが顔つきは普通、体ガリガリの小汚い子供がそこらへんの奴らより売れ行きが良い訳がない。花がそれほど売れないだろう子供を買うほど花売りも暇ではなかったようなのだ。

私は六歳で奴隷落ちし売られることとなったが他のまだマシな後輩たちに置いてきぼりをされ、気づいた時には八歳。売られた時と同等の値段まで下がっていたのである。

奴隷商もとんだ不良品を買わされたと毎日のように私に暴力をふるっていて、日々早く死にたいと願っていた毎日だった。

タダ飯食いがと怒鳴っていても私を殺さなかったのは、良いストレスの発散方法だったのだろうと坊ちゃまは後に私に語る。

世の中自分より底辺がいると知ると心の穏やかになるそうな。それは奴隷商だけではなくその他奴隷にも言える事でもあり、そして何より早く誰かに気に入られ買われないと私のような死ぬに死ねない死に損ないになるという死せしめでもあったのかもと言っていた。


なんて非道な奴隷売りでしょう。

まぁ、坊っちゃまが殺したみたいだからもう何も言えないけれど。



はてさて、先程から私が存在を仄めかしている坊っちゃまこそ、死に損ないを購入した私を購入してくださったアクトーク家三男・ジャスティン・アクトーク。

なんとお貴族様だったようなのだ。


うっすらとしか覚えていないが『フハハハ!ついにこの時が来たか!これで俺がオレツエー無双できる時代が始まるのだな!』と、片目を抑えつつ高笑いしていた気もする。奴隷商もドン引きだったとセバスチャンさんからも後日笑い話としてお聞きした所存です。

えぇ、周りの人間がドン引きなほどの饒舌さだったと皆が語るやかたる。


奴隷商はいきなり現れたお貴族様の奇行に慄き値段を釣り上げる事なく二束三文で私を売り渡し、私はもれなくジャスティン・アクトーク様こと坊ちゃまの第一奴隷となったのである。


坊っちゃまは私を屋敷に連れて帰ると従者たちに私を丸洗いさせ、そのまま食べ物と温かな寝床を与えて心と体を休ませてれた。

最初こそここでもあんな生活が始まるのだろうと思っていた私ではあったがそんな事は全くもってなかったのですよこれが。


あの頃は半分死んでいたと言っても過言ではなかった私を甲斐甲斐しく世話をし、ゆっくりとだが私が授かったギフトの正体を教えてくれた。

それはネットスーパーという異世界の品物を魔力と等価交換するギフトらしい。使い方さえわかればもやはこれは不能ギフトではないと、穀潰しどころか富を得ることができるギフトなのだと坊っちゃまは私に刷り込んでいったのだ。

私はまさかそんなことができるのかと浅はかにも坊っちゃまを疑ったが、どうやら坊ちゃまのギフト『鑑定眼』にはそう示されているのだとセバスチャンは私に教えてくれた。ギフトの名称も使い方も、そして神々が現世を生きる全てのものにつけた"れべる"まで分かるそうな。

れべるというものはセバスチャンさんも分かっていないそうだが、取り敢えず坊ちゃまのいっている事は正しいのだと。


まだ八歳であった私はギフト云々よりも生き方で坊ちゃまの奴隷になろうと決め、それからは日々坊っちゃまの為にガムシャラに働いた。

と言っても私にはネットスーパーで大物を交換できるほどの魔力がないそうで、最初は"おはじき"(読めなかったので似せて書くとセバスチャンさんがそう読むのだと教えてくれた)とやらを魔力の限界まで取り寄せて眠る。もしくは魔力回復薬を飲んでひたすら取り寄せを行った。そして文字が読めなれば何が寄せられるか分からないと気付き、メイド長マリアから文字と数字、計算を教わり、レベルが上がると魔力も増えると坊っちゃまが言っていたので庭師のロバートに引っ付いて魔物の討伐という名のレベル上げ(というらしい)。


何度かスパルタすぎる日々で死にかけたがその度に『貴様は馬車馬の如く俺の為に働くのだ!』と回復薬やら治療薬を買い与えてくれたので死ぬ事はなかった。

セバスチャンさんもマリアもロバートも、坊ちゃまの優しさを無碍にするなとおっかない顔で私に言い聞かせていたので勿論坊っちゃまには感謝している。


それに何より坊っちゃまに買われた私"以外"の奴隷の扱いを見ていれば、どうしようもなく私が必要とされてここにいることがわかったのだ。

アクトーク家で買い入れた奴隷はもれなく肉付きの良い女や男であれば当主様等々の慰めものに。もしくは加虐趣味の長男様の餌食になる。特に生きのいい子供なんて長男様は大好物らしく、引きずられながら地下室へ連れて行かれて翌朝には冷たくなっていたなんて当たり前だった。

私も何度か引き摺られそうになったが、坊っちゃま個人がお小遣いで買った初奴隷だからと途中で誰かしらのよく槍が入っていた。セバスチャンさんやマリヤ、ロバート以外だと代わりにその従者がその場で悲惨な最後が遂げていたが私が気にする事はないと、将来坊ちゃまが全て変えてくれるとセバスチャンさんは遠い目をしていたのは記憶に新しい。


セバスチャンさん達が坊っちゃまなにを求めているのか私は分からなかったが、多分坊ちゃまは私を救ってくれたように誰かを助けるために生きていこうとしているのだろう。そうじゃなければ坊ちゃまをあんた優しい瞳でセバスチャンさんがみる訳ない。

だってセバスチャンさん、私には凄く厳しいんだもの。クソ野郎。



そうして私は十三歳の静養の月を半分過ぎたころに坊っちゃまとセバスチャンさん、その他ちょこちょこ現れる『坊ちゃま大好き従者達』の指導の元、ジャスティン・アクトーク第一奴隷として生まれ変わった訳である。


「ついにこの日が来た! エルシア、貴様には我が野望の為奴隷の如く働いてもらう! フハハハ! 俺に拾われたことを嘆き悲しめばいい! お前は俺に飼い殺されるのだからな!」

「何をおっしゃります坊っちゃま? 私はあの日からアンタの奴隷だというのに?」


おっと失敬、うっかり言葉が。

まぁこれはご愛嬌、私はメイドではなく馬車馬のように働く奴隷。働くならば態度で示せってことで言葉遣いを間違えた程度では坊っちゃまからは叱られない。しかしマリア達はオークのような形相をしているので叱られる事は確定した。


私が正式に奴隷一号となったその日、運悪く旦那様と奥様、長男様は馬車の事故でお亡くなりになったらしい。雪とはなんで恐ろしいものでしょう。

その結果次男様がアクトーク家を継ぐ事になったそうなのだが、何故か領地内で何者かに襲われ死亡。金品を奪われていたそうで物取りの犯行だとされている。いやしかし、周りに従者の死体がないのはおかしな話ねと料理番達は笑っていた気もする。

たしかにおかしな話ではあるな?でも私が気にすることではないだろう。


そうしたことが重なり合い、坊ちゃまは十四歳にしてアクトーク家当主となった訳である。


「フハハハ! この俺が当主だ! これからばもっとより良く生きてやる!」


そう言って坊っちゃまは今まで前当主に従っていたもの達を解雇、新たに従者を雇い入れその筆頭をセバスチャンさん。領地全て権限は坊っちゃまに、いや当主様にあるものとしつつもセバスチャンさんに運営を任せ、セバスチャンさんを嬉し泣きさせていた。そこまで信頼してくれて誇らしいと、精一杯領地立ての直しをすると。

マリアとロバートもそこそこ重要な職につき、私はといえば当主様の隣で望まれるままギフト・ネットスーパーを使用。

それらを高値で豪族やその他貴族に売り払い貧乏領地に金を回し、私がネットスーパーで取り寄せたジャガイモとやらを農民に配り渡り量産。そこから揚げポテト、ポテトチップ、じゃがバターを名産品としさらに利益を上げる。上りに上がった税率を下げ、より多くの異民族を領地に招き入れれば新たに農作物を増やし、ついでに人頭税を廃止。個々の働きによって税率を決めるようになったようである。

最初こそ豪族から反論があったものの『嫌なら出てけば?』の当主様の一言で口を閉ざしたと聞く。裏でセバスチャンさんが何かしたのも黙った要因だと思うが、今後発展するであろうアクトーク領から出てききたくなかったのだろう。


その後アクトーク領は更なる発展を遂げ民は潤い、皆当主様を崇め讃えていくこととなる。

当主様は『金が湯水のように湧く!ウハウハ! 王族?袖の裏渡したから平気だろ?』と満足げてあったし、全て計画通りだったのだろう。



私は六歳で捨てられ、当主様に買われる日までクソみたいな人生だと全てを呪っていたが、もしかしたらこれが望まれた未来だったのかも知れない。

もし違うギフトであったのなら文字の読み書きも計算もろくにできず、戦うこともせずこの土地に住む人間のことなど知らずにのほほんと生きていたのだろう。

このギフトであったからこそ当主様に出会い、自分なすべき事を理解し当主様の元貧しい人々を掬い上げることができたのだ。


全ては当主様のお考えのもと。

私は生かされている。


馬車馬のように、奴隷としてなどと当主様は言うが私への扱い奴隷として破格であると皆がいう。

私は私を人としてみなしてくれている領主様のため、今日も今日でも奴隷第一号として働くのである。



「当主さま? 次はどんなものをご要望で?」

「フフ! 次はセオリー通り塩と胡椒を売りまくるぞ!」

「かしこまり」


すぐ売れるものをセバスチャンさんに、胡椒の苗?とやらはロバート達庭師グループに引き渡しておくとしよう。

これできっとまた、当主の御子心のと皆が豊かになるであろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エルシアと坊ちゃん 燈樹 @TOKI10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ