Episode 2#

 キーンコーンカーンコーン


 終業のチャイムが鳴り響く教室の片隅で、俺は欠伸を噛み殺していた。


 昨夜ダイブを切断して寝たのが午前2時過ぎ。辛うじて遅刻こそしなかったものの、四六時中眠気と戦う羽目になったのは言うまでもない。


 ――さて、帰るか。


 そう思って席を立とうとしたその時。


「麻樹、ダイバーデビューしたんでしょ?」


 仲田なかだ奏子かなこ


 突然声をかけてきた女の名である。

 何かとちょっかいをかけてくるが、仲が悪い訳ではなく、むしろ性格は多少アレ(?)だが、華奢で美人と可愛いの中間――ある意味双方のいいとこ取りみたいな見た目のおかげで色々得してるラッキーなやつである。


 ただし、普段から姉御風をふかしてくるので異性として意識したことはあまりない。可愛いとは思うが。うん、たしかに可愛いけども!!


「ねー麻樹、ダイバーネーム教えなさいよ!! フレンド飛ばすから。」


 そんなことを言い出す奏子に、


「フレンド…?」


 フレンド。


 その言葉にきっかり3秒考え込んで、


「しぃまったああああ!!」


「ちょっと突然大声出さないでよ!! どうしたの?」


「い、いや、こっちの話」


 慌てて誤魔化す俺。


 そう、昨日の美女にフレンド申請するのをうっかり忘れていた事にたった今気づいたのだった。


 なんで名前聞けたのにそれ忘れるかなあ……。


 めっちゃ凹んでいると、


「で、ダイバーネーム!!」


 事情を知らない奏子はお構い無しに急かしてくる。


「……George」


 ぷっ。


「聞いておいて吹き出すとは何事?」


 吹き出す奏子に真顔で問うと、


「だってー。じょうじ、って本名まんまかよ!!」


 可笑しそうに笑う。


「まんまじゃねーよ!! 英語でジョージ!!」


「まんまじゃん!! 音一緒だし!!」


「む……、そういうお前のダイバーネームも教えろよ」


 不利になってきたので話を逸らしてみる。


「あたし? あたしのDNはねー。教えなーい♪」


「はあ? 勿体ぶっておいてそれかよ?!」


 俺が不満を露わにすると、


「うそうそ、冗談!! セレニア、だよ!!帰ってダイブしたら申請送るから。忘れんじゃないわよ!!」


 そう言って、彼女は去っていった。


 ――さて、俺も帰るか。


 放課後の学校を後にする。


 しかし。

 我ながら致命的なミスである。

 せっかくデート(?)の約束を取り付けた美女とフレンドになり損ねるなんて!!!


 辛うじて名前だけでも聞けたのは不幸中の幸いだったけれども。


 焦っていたとはいえとんだ大失態に頭を抱える。


 かくなる上は――


 俺は携帯端末ポータブルガジェットを取り出すと、無料通話アプリMINEを起動した。


 フレンドのリストから目当ての相手を見つけ出し、チャットを送る。


 △△尚人なおと、今時間あるか??


 すると、即座に既読がつき、返信が帰ってきた。


 ▼▼どうした?


 △△ダイブ周りの知識に詳しいお前に折り入って相談があるんだが。


 ▼▼ほほう。何が聞きたい?


 △△実は――


 俺は尚人に昨日ダイブした時に美人に会ったこと。名前は聞いたが、フレンド申請するのをうっかり忘れたことを掻い摘んで話した。


 ▼▼……それで? その女とまた会う方法でも聞きたいのか?


 △△さすが尚人先生!! 分かってらっしゃる!!


 ▼▼お前のことはお見通しだ。何年付き合ってると思ってる?


 葛城かつらぎ尚人。彼とはかれこれ幼稚園からの付き合いだ。リアルではどちらかと言うと内弁慶でコミュ障気味な俺にとって数少ない親友でもある。体育会系マッチョの見た目に似合わず、頭脳派タイプの男なのだ。


 返事を返そうと端末をいじっている間に続きが送られてきた。


 ▼▼……お前はバカか? 所詮ラグナリアの人間なんてアバターだぞ!! あそこでどんなに可愛かろうがリアルは分からんぞ。さっさと忘れるのが身のためだと思うがな。


 △△けど、あんな可愛いアバター作れて、優しく道案内してくれる人が悪い人なわけない!! どうしてもまたラグナリアで会いたいんだ!


 割と辛辣な正論ににめげそうになりながらも苦しい反論をする。


 ▼▼……フレンドになってない人間と再会する方法なんて、運以外にあるか?


 うっ。


 △△……ないです……。


 ▼▼そういうことだ、諦めろ。


 くそう!!


 △△今日はこの辺にしといてやる!!俺は諦めないからな!!


 自分でも訳の分からない捨て台詞を吐くと、返信が来なくなった。きっと心底呆れているのだろう。


 悪い奴では決してないのだが、言い方のせいで誤解を招きやすいのがこいつの欠点である。慣れているとはいえ、ここまで言われるとさすがの俺もムキになるというものだ。


 くそーっ!!こうなったら意地でも見つけてやる!!


 そう心に誓い、家に着くなりラグナリアにダイブした。


 ◇◆◇◆◇◆


 ピリリッ!


 ラグナリアに着くなり通知音が鳴り響き。俺は通知の内容を確認する。


【セレニア さんからフレンド申請が届いています。承認しますか? →承認 拒否】


 モルガナさんを探しに行きたくてはやる気持ちを抑え、とりあえず承認する。しておかないと後々うるさいのは目に見えているのだ。


 すると、程なくして


「お、いたいた!ジョージ、であってるよね?」


 ????


 目の前に現れた西洋系の顔立ちのうさ耳美幼女に戸惑っていると、


「あたし!! セレニア!! フレンドマークついてるでしょ!!」


「ほほう」


 初めてのフレンドで機能もよく分かっていないが、どうやらフレンドだとイン状況と現在どのエリアにいるのか程度であれば随時分かるらしい。


「どーよ、可愛いでしょー♪」


 セレニアはフリフリのワンピースで可愛いと自負しているのであろういかにも幼女らしいポーズを取った。


 ……確かに可愛い。というか。


「あざといな、お前」


「ふふーん、あざと可愛い系女子ですから!」


 開き直るこいつの種族名はラビッシュ、だったか。うさ耳持ちの美男美女に作れたような。外見年齢も自由に選べるあたり、キャラクリの自由度の高さが窺える。


「で、何して遊ぼっか??」


 長い耳をぴこぴこ動かしながら、セレニアが聞いてきた。


「……人探し」


 文句を言われるのは覚悟の上だ。むしろそのまま離脱してくれた方がやりやすい。


「ふーん? 誰探してんの?」


「昨日会った女の人。モルガナさんていうんだが」


 ふぅ。


 セレニアは軽いため息をつくと


「しゃーない、この私が直々に手伝って進ぜよう!!」


 俺の考えはどうやら甘かったようだ。まさか人探しに乗ってくるとは。しかしだからといって今更断れないので渋々同行者登録する。


「とりあえず利用者検索かけてみよっか」


 そう言うと彼女は、脳内表示のメニューを同行者に見えるように展開、ラグナリア全域を対象にダイバーネーム「モルガナ」で検索をかけた。


 なるほど! その手があったか。ってちょっと待て。セレニアが思いつく程度の手を尚人が思いつかないわけがない。


 尚人、謀ったな!!


 後で文句言ってやる、と心に決めた所で。


【検索結果:13件hitヒットしました。】


 結果が出た。


「意外とヒットしたね。この中にいそう?」


 13件のリストはアバターの顔アイコン付きで、他に利用開始日時などの情報も見て取れた。


「うーん、どれも違うと思うんだが……」


「そっかぁ。もしかしたらサーチに引っかからなくする設定なのかも。だとしたらこのラグナリアを探し回って直接会うしかないなぁ……」


 心底げんなりした口調になるセレニアに、固い決意を込めて宣言する。


「俺はっ!! 見つけてみせるぞっ!!」


「はいはい、しゃーないわね。乗りかかった船、毒も食らわば皿まで。今日のところは人探し付き合ってあげる」


「お、おう。ありがとう」


 思いの外付き合いのいいセレニアにとりあえず感謝の意を伝えると、俺たちはモルガナさん捜索を開始した。


 中央公園から初日に俺が通ったルートを中心に探す。最初に出会ったライブラリーの周りは特に入念にチェック。道行く人々への聞き込みも欠かさない。


 2時間ほど探してみた結果。


「成果なし、か」


 結局モルガナさんに直接会うことはおろか、有用な情報も何一つ得られなかった。


「まあ、これだけ人もいるし、仕方ないよ。とりあえず今日はそろそろ遅いし切り上げよ? もう23時だし」


「げっ、もうそんな時間?!」


 時間が経つのはどうしてこんなにも早いのか。


「そうだよ。お互い今日は寝よ。明日も学校だし」


「……そうだな、仕方ない」


 後ろ髪引かれるが、現実を疎かにするわけにもいかない。


「それじゃ、また明日、学校で。おやすみ!」


「おやすみ」


 素直にこの日はダイブから帰還。明日の準備をして眠りにつくことにする。


 そうそう、明日学校で尚人を問い詰めるのも忘れないようにしなければ。

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