Episode 1#

「ここが仮想空間ラグナリアか」


 青々と茂る街路樹の緑が、太陽の光を浴びて輝く。

 見上げればどこまでも高い青空。


「こりゃすげーわ!……これ全部作りもんか……」


 試しに街路樹に触れてみる。


 幹のゴツゴツした感触から葉のザラザラした触り心地、葉脈の細かい凹凸まで、現実リアルと何ら遜色ない。


 道行く人々さえいなかったら、あるいはこれが現実だ、と言われても信じてしまいそうだ。


 というのも、街を行き交うアバター達は現実にいない多種多様な人種――たとえば、俺の選んだエルフ族のような――がおり、もちろんリアリティに溢れているのだが、非現実を目の当たりにしている事実を突きつけられるからである。


 ラグナリア中央公園。


 それがこの場所の名前らしい。


 ラグナリアの入口にして憩いの場、というのは近くに立っていた案内板の情報だ。


 公園の中央にある大きな噴水を覗き込むと、


「おおおおおお!」


 水面にはさわやかに微笑んでいるイケメンエルフが。


 特にブサイクとかでは無いが、かと言ってこれといった特徴もないどこにでも居そうな没個性なリアルとはえらい違いである。


 っと、なんか自分で言ってて凹んできたぞっ!!


 とはいえ、自らキャラクリしたアバターが、自分の体として自分の意思通りに動く、という事実には心から感動を覚えた。最新技術って凄い。


 さて、気を取り直してラグナリアの散策を再開しよう。


 公園を出ると、ショッピングモールや映画館、アミューズメントパークらしきものが見えた。


 どれも素晴らしいクオリティである。その全てをじっくり堪能してみたいが、今日はそんなに時間はない。


 それらを横目に眺めつつ、俺が向かったのは。


【総合ライブラリー】


 半球状の建物に張り付いた看板にはそう書かれていた。


 文書、静止画、動画などなど――ここにはありとあらゆる情報が収められているのだ。


 図書館ライブラリーと名付けられてはいるが、要は巨大なデータバンクである。


 ダイバーになった俺が最も来たかった場所だったりする。


 ライブラリーの扉を通過しようとして思い出す。


 ――俺、明日学校なんだよなあ。


 時計に目をやれば既に23時を回っている。ここに入ってしまえば時間が溶けるのは間違いないのは分かりきっているじゃないか。


 だが、しかし。


「ちょっとだけ、ちょっとだけ!!」


 まだ見ぬ情報データの誘惑に抗いきれず。俺の歩みに従ってスライドした扉のその先へと、潜り込んだ。


 ◇◇◇◇


「すげー、広おお!!」


 外観からは想像できないほどの巨大な空間がそこにあった。入ってすぐ受付とゲートがあり、ゲートの奥には本物の図書館のようにいくつもの書棚のようなものが見える。


 ゲートがあるってことはなにか手続きが必要なんだろう。受付のAIお姉さんに利用方法を聞こうか。


「いらっしゃいませ、総合ライブラリーへようこそ。当館のご利用は初めてですか?」


 にこやかなお姉さんが恐らく定型であろう問いを発する。AIとはいえやたらリアルな美人に話しかけられ、少し緊張しながら俺は答える。


「はい。利用方法を教えてください」


「かしこまりました。当館の利用には利用者登録が必要です。登録はダイバーネームを伺うだけで完了します。基本の登録をされますと無料エリアはご自由に閲覧可能です。有料エリアをご利用でしたら別途利用料をいただきます。早速登録されますか?」


「はい、お願いします!!」


「では、ダイバーネームをどうぞ」


 ダイバーネームとは。ダイビング時に名乗るラグナリアの利用者名のことだ。常識の範囲でダイバーの好きに付けられる。そして俺のダイバーネームは――


Georgeジョージ


 ダイバーネームのタグをAIに提示する。


 そこ、笑うな。これでも一生懸命考えたんだよ。確かに本名を英語にしただけだけども!!分かりやすくていいだろうが!!咄嗟に呼ばれて反応しやすいし!!それに英語表記なら本名だと思われにくそうだし。


「George様ですね、ダイバーデータベース照合確認しました。これで利用者登録は完了です」


「ありがとうございます!」


「初回ですので当館のご利用方法を簡単に説明致します。各データへのアクセスはゲート内エリアの各所に置かれた端末か、司書AIに欲しいデータのキーワードをお申し付けいただければ即座に可能です。また、コーナー毎に並んだ書棚スタイルのデータをご自由に探して閲覧することも可能です。お好きなスタイルでお楽しみください」


「ほおお。凄いな……!!」


 ただのデータ検索だけじゃなく、本物の図書館のように自分で探す楽しみも用意してくれているのか。デジタル化が進みまくったこのご時世でも、図書館とか本屋が好きな俺である。これは嬉しい。


 何となくふと手に取った本を読んでみたら面白かった、とかそういう体験の可能性を残してくれているんだな。


 ラグナリアの創設者の粋な心遣いに感動を覚えつつ、ゲートをくぐる。


 巨大な書庫と、あちこちに検索用端末やベンチが見えた。


 とりあえず適当にその辺の書庫の手近なデータに触れてみる。


 タイトルは…【美味しい手作りアイスクリーム】。


 調理法のコーナーだったようだ。


 本に触れた途端、データが脳内で展開された。ご丁寧に動画付きである。


 丁寧な説明と手順の動画は粛々と進み、最初のミルクアイスからフレーバーのバリエーションの作り方の説明の辺りまで見てとりあえず閉じた。


 なるほどこんな感じか。


 試しにキーワード検索も試してみたが、即座に欲しい情報だけが手に入るのは少し味気ない気もしてしまう。急ぐ時は最高だと思うが、もっとデータの海に溺れたいのだ。


 そういう訳で、書庫をあれこれ覗いていき。


 なんだこれ?!触れる立体3D動画コーナー!?


 利用サンプルのホログラムでイルカの動画を一時停止させて触っているのを見てホイホイされる俺。


 遠い国の世界遺産やら、癒しの動物達やら、触りたい放題である。


 しかもこれまた触感がリアルだ。


 なんかもう、ここさえあれば海外旅行も動物園も要らないのではないかとさえ思えてくる。


 ひとしきり遊んだ後、ふと我に返って恐る恐る時計を見たのだが。


《01:35 am》


 はああ?!やべえ!!明日は下手すりゃ遅刻コースだ!!


 慌ててゲートを探すが、データをつまみ食いしながらウロウロしていたので、どこをどう歩いてきたのか全く記憶にない。


 焦って走り回れば走り回るほど深みにハマり。


 途方に暮れかけたその時――。


「どうされました?」


 不安げにウロウロしてるのを見て不審に思ったのか、1人の女性が声をかけてきた。


「えっと……出口が分からなくなっちゃって……。」


 そう言って女性の目を見た瞬間。


 俺は落ちた。


 恋という名の底なし沼に。


 サラサラと流れる青みががった長いみどり色の髪。

 すらっとした鼻筋。

 大きくくっきりとした二重の蒼い瞳はやや垂れ気味で、キリッとしていながら柔らかい印象を与えるのがたまらない。


 おまけにスタイルも抜群ときている。


「MAP機能、使い方わかりますか?」


 うっかり見とれていると、美女はそんなことを聞いてきた。


「MAP機能、ですか?」


 なんの事だかよく分かっていない俺を見かねたのか、


「MAP機能を使えばラグナリアの特定の場所にテレポートできるんですが…とりあえずライブラリー入口まで送りますのでお手をどうぞ」


 美女が差し出すその手を、恐る恐る握り返す。少し冷たくて、柔らかい。そんなことを考えている間に、


「では、行きます!」


 シュン!!!


 声と同時にあたりの風景が一瞬にしてライブラリーのゲートに変わる。


「ライブラリーは入退館の記録をつけているので、必ず出る時はゲートを通らないとなんです」


 ゲートを通って無事ライブラリーの外に出ると、


「もしかしてラグナリア、初めてですか?」


 美女が聞いてきた。


「実はそうなんです」


 恥ずかしいが素直に答える。


「じゃあマップ機能の使い方をレクチャーするついでにラグナリア入口まで送りますね」


 おお、こんな美人さんに手取り足取り(?)教えて貰えるなんて願ったり叶ったりだ!!


 心からの感謝を述べると、彼女は説明を始めた。


 曰く、1度訪れたエリアはMAPに記録され、ライブラリー内など一部エリアを除き、いつでもどこからでもアクセスできるのだという。


 また、手を繋いだり、同行者登録をしていればほかの利用者と同じ場所に同時にテレポートも出来るそうで。


 再び彼女の手を取り、練習も兼ねてラグナリア中央公園へ飛んだ。


 時間が許すならワープでなくラグナリアを案内してもらうと言う名目でデートでもしたい所であるが。


「それでは私はここで失礼しますね」


「あ、あのっ!!」


 去ろうとする美女を慌てて呼び止める。


「?」


「あのっ!お名前、聞いてもいいですか??」


「名前、ですか。私の名前はモルガナです。あなたは?」


 意外にもあっさり教えてくれた。


「Georgeです!良かったら今度ラグナリア案内してください!!お願いします!!」


 図々しいやつと思われてもいい!!ちょっとでもチャンスが欲しい!!


「いいですよ!ではまた!」


 そう言うと今度こそ彼女は去っていった。


 少し余韻に浸ったあと、俺はダイブから帰還し、慌ててベッドに飛び込んだ。


 起きられることを祈るまもなく、今度は睡眠の沼へと落ちていくのだった。

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