紅い電車

 ――ガタン……ゴトン………


 心地よい揺れが身体に響く。ほんのり暖かく淀んだ車内。そこに射し込む夕日が暗く淡い橙色へと染める。


 ……また今日も一日が終わるな。


 ぐらぐら揺れる頭の片隅でぼんやりとそう思った。繭に包まれるような微睡みの中。

 目蓋まぶたが落ちてくるのは何度目か。それを必死に押し上げるたび、窓の外は違う景色へと変わっていく。

 ――…灰色のアパート、クリーム色の家が建ち並ぶ住宅街。朱い空に浮かぶ工場の煙突。煙はもう出ていない。そして、不意に通り過ぎる、大型商業施設の看板。既に白い明かりがともっていて…――そんな仄暗い町並みが向かいの窓を流れ行く。


 そう。何てことないいつもの景色。


 ……ただ、何だか。そう、何だか少し叫びたいような。吐き出したいような不快感。それは産毛を撫でるように、身体をすり抜けて……。


 ――ここは人の少ない黄昏電車。日が沈みゆく逢魔が刻。魔に逢うことが無くなっても、陽と陰の間のひととき。


 ……急に電車の音が変わった。轟々と低く響く風切音、裸の鉄橋の震えるように唸る声。窓ガラス一枚に遮られただけの外から聴こえるそれは何だか別の世界からみたいで。だけど、仰げば空は広くて、高くて。


 私はホッと息を吐いて外を眺める。


 深く静かな河川敷。くら河面かわもは夜空みたいで。泣きたいような、嬉しいような。苦しくなって、じっと見つめた。


 ……きっと星空にはなれないし、綺麗な夜景も映さない。そんな静かに眠る夜の河。


 橋を渡って、灰色の街に戻ったあとも、私はそれへと想いを馳せた。気づけば空は澄んだ藍色で、ほんのりはしだけに朱が残る。

 いつの間にか、車内も明かりがいていた。夕日の熱も明かりへ溶けて、ちっとも寒さは感じなかった……。


「……っ!」


 スーッと電車が駅に止まって、車内アナウンスが鳴り響く。……降車駅だ!

 まだまだ寝てたい私がいやいやながら目蓋を押し開けると、そこは隣の人の膝の上だった。

 ……え?

 ぼんやり寝ぼけた私の頭を、大きく温かな手が優しく撫でる。


「……すっ、すみませんっ!」

 慌てるあまり、私は軽く跳び上がった。その素敵な膝枕と優しい手の持ち主は、一瞬、目をまん丸にして驚いたものの、優しく微笑んでうなずいた。

 私はもう恥ずかしくって、もう弾けそうで、全身がムズムズムズ。だけど、それをぐっと堪えて、もう一度深々とお辞儀して、逃げるように電車を飛び出す。

 ……穴があったら、入りたかった。

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