エピローグ

龍騎士さん、これからも航宙軍パイロットさんと空を飛ぶ

 魔泉封鎖作戦が成功して約1週間が経った。

 この1週間で『紫ノ月ノ民』の幹部たちは逮捕、その他の信者たちも牢獄に送られているらしい。


 実のところ、わたしもこの1週間は牢獄に入っているみたいだった。

 航宙軍や龍騎士団に作戦の結果を報告をするだけでも退屈なこと。

 それなのに、偉い人たちに表彰されるからって帝都まで行ったり、そこら中の凱旋パレードに参加させられたり。


 結局、この1週間は1度も空を飛べなかった。


 だけど、そんな牢獄生活も終わり。

 わたしは牢獄から解放され、ユリィの背中に乗り、雲ひとつない大空に飛び出した。


 1週間ぶりの大空で、わたしはプロテクト魔法の障壁を弱め、両手を広げながら空の風を堪能する。


「今日も晴れ晴れだね!」


「がうがう!」


「雲ひとつないから、空が広いよ!」


「がう~!」


 ユリィは満面の笑顔で尻尾を振っている。

 やっぱり、ユリィも久々に空を飛べて楽しいんだね。


 今のわたしたちが飛んでいるのは、魔導師団のみんなが封鎖作業を進めている魔泉の上空だ。


 石の蓋をされた魔泉は大きなクレーターになっている。

 そしてそのクレーターの中には、大量の海水が流れ込んでいた。

 大きな湖みたいになった魔泉からは、ちょっぴりの魔力が滲み出すだけ。

 つい1週間前まで暴走が起きていたとは思えないぐらい、とても静かな景色。


 そうやって空と地上を眺めていれば、シルバー色の立派な炎龍が近づいてきた。

 わたしの耳には英雄エヴァレットさんの遠話魔法が届く。


《魔泉封鎖は順調、そうだな》

 

いつも通りの起伏がない独特な口調。

 けれども、続くエヴァレットさんの言葉の内容は、どこか儚げだ。


《ルミールは逝って、しまった。10年前に会った時、から、危ういヤツだとは思って、いた。しかし、こんなに早くいなくなってしまう、とはな。その点、クーノ、君も――》


 何かを言いかけるエヴァレットさんだけど、わたしは話を遮る。


「わたしは師匠みたいにならないってば! もう……師匠が裏切ったせいで、いろんな人に疑われちゃうよ……」


《すまない。君を疑うつもりは、なかった。ただ、少し、君のことが心配だった、だけだ》


 どうしよう、英雄エヴァレットさんに謝罪させちゃった。

 よし、とりあえず黙っておこう。


 それよりも、どうしてエヴァレットさんはわたしに話しかけてきたんだろう?

 魔泉周辺は警戒空域だから、エヴァレットさんがいること自体はおかしいことじゃない。

 でも、わざわざわたしに話しかけてくるということは、何か用事があるのかな?


 そんなことを思っていれば、エヴァレットさんが話を続けた。


《クーノ、今や君は、魔泉封鎖作戦の立役者、だ。龍騎士団の君を見る目も、だいぶ、変わっている》


 うんうん、それはこの1週間の出来事を見れば分かるよ。

 むしろ、おかげで空を飛べなくて困っちゃうぐらいだよ。


 少しの間を置いて、エヴァレットさんはいよいよ本題を口にした。


《それで、だ。君はまだ航宙軍の所属になっている、はずだ。ならばどうだろう、龍騎士団に戻って、こないか?》


 どうしよう、エヴァレットさんに誘われちゃった。

 今度ばかりは黙ってもいられない。


 でも、正直な答えを言っちゃってもいいのかな?

 いいよね! 大事なのは正直さと勢いだもん!

 わたしは大きく息を吸い、大声で答えた。


「エヴァレットさん、ごめんなさい! わたし、龍騎士団に戻る気はないんだ!」


 大声を遠話魔法で届けると、エヴァレットさんは少しだけ沈黙する。


 ヒヤヒヤしながら答えを待てば、エヴァレットさんの表情に笑みが浮かんだ気がした。

 そして、いつも通りの無感情な口調が返ってくる。


《謝る必要は、ない。君がどう答えるかは、分かりきって、いた。さあ、仲間のところに、戻るんだ》


「エヴァレットさん……うん! ありがとう!」


 こんなに嬉しい気持ちになったのは、師匠とお別れしてからはじめてかも。

 わたしはすぐに手綱を握りしめた。


「ユリィ!」


「がう!」


 わたしの合図を聞いて、ユリィは大きく旋回した。

 ユリィの広げた翼は空を切り、太陽がわたしたちの前を横切る。


 そうして旋回した先でわたしたちを待っていたのは、1匹のドラゴンと2機の戦闘機。

 フィユにリディアお姉ちゃん、そしてチトセの3人だ。

 チトセの戦闘機の隣にやってきたわたしは、手を振りながら声を張り上げる。


「ただいま!」


《おかえり、クーノちゃん》


《おかえりぃ》


 優しいリディアお姉ちゃんの声と、間延びしたフィユの声。

 何も言わないチトセは、代わりにコックピットから手を振り返してくれている。

 合流が終われば、フィユがわたしに尋ねた。


《エヴァレットさんにぃ、龍騎士団に戻るよう言われたぁ?》


「うん、言われた! でも断った!」


《だろうねぇ》


「フィユも龍騎士団には戻らないんだよね? どうして?」


《ちょっとねぇ、クーノみたいにぃ、楽しい空を飛んでみたくなっちゃったんだよねぇ》


「おお~! フィユも〝こっち側の人間〟になった~!」


 なんとなく口から飛び出した師匠の言葉。

 これにチトセは口を尖らせたみたいに言った。


《ねえ、その〝こっち側の人間〟とかいうのに、私も入ってたりする?》


「もちろんだよ! チトセも〝こっち側の人間〟だよ!」


《なんか、その言い方だと闇落ちしてる感がすごいんだけど……》


「じゃあじゃあ、頭のおかしいお空大好きっ子!」


《自分で言う!?》


 勢いよくツッコミを入れられちゃった。

 う~ん、でも、間違ってはいないと思うんだけどなぁ。

 なんて思っていたら、リディアお姉ちゃんがおかしそうに笑う。


《なら、こんなのはどうかしら? お空の仲良しさん》


《ちょっと子供っぽいような――》


「おお~! お空の仲良しさん! それだよ!」


《き、気に入ったんだ……なら、まあいっか》


「えへへ~。わたしたちはお空の仲良しさんだよ~!」


 お空の仲良しさん。

 うんうん、わたしとチトセにぴったりだよね。

 この広い空のどこにいても、わたしたちはいつも一緒なんだもん。


 話が一段落つけば、無線機からチトセの楽しげな声が聞こえてきた。


《それで? 今日の訓練は無人機との模擬戦だけど、クーノはどうする?》


 そんなの決まってる。


「チトセと一緒に戦うよ!」


《オッケー、クーノは好き勝手に飛んでていいよ。私がそっちの動きに合わせるから》


「うん! それじゃあ、行こう!」


 掛け声と同時、ユリィとチトセの戦闘機は加速し、無人機が待つ大空へと駆けていく。

 どこまでも続く、どこまでも真っ青な大空を、わたしたちは飛び抜けていく。

 楽しい空の真ん中に、わたしたちは飛び込んでいく。


 きっとこの大空は、今日も明日も、いつまでも、楽しい空のままだ。

 だって、今日も明日も、いつまでも、わたしはチトセと空を飛び続けるんだから。

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龍騎士さん、航宙軍パイロットさんと空を飛ぶ ぷっつぷ @T-shirasaka

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