幕間2

夢の中の空

 これは7年前の記憶の続き。


 町の広場で、3体のドラゴンとキレイでかっこいい龍騎士さんにテンションが上がったわたしは、先生やおじさんたちのことも忘れていた。

 そんなわたしの手を握って、龍騎士さんは言い放つ。


「ドラゴン、見たいんでしょ? ほら、おいで」


「いいの?」


「このあたしが言ってるんだから、いいの」


「やった~!」 


 龍騎士さんに連れられて、わたしはドラゴンの目の前に立った。

 手を伸ばせば、赤い一本線が特徴の、ふかふかの羽毛に包まれたドラゴンに触れられる。

 はじめてのドラゴンは、思ったよりもずっともふもふだ。


「おお~」


 なんだかクセになりそうな手触りだよ。

 このままドラゴンさんに埋もれて眠ってみたいかも。


 わたしにもふもふされるドラゴンさんは「がお~」と退屈そう。

 龍騎士さんは片手を腰に当てたまま首をかしげた。


「あなた、本当に授業を抜け出してまでドラゴンに会いにきたの?」


「う~ん……ちょっと違うよ!」


「どう違うの?」


「まず、授業は抜け出してない! きちんと授業を受けたこと、ないもん!」


「あらあら、本当に問題児なのね」


「それと、わたしはドラゴンに会いにきたんじゃないの! 空を飛びにきたの! だって、ドラゴンに乗れば空、いっぱい飛べるでしょ!」


 顔を上げ、わたしは大空を眺めながらそう答えた。

 これに龍騎士さんは数秒だけ黙り込み、そして大笑い。


「アッハハハハ! あなた、本気?」


 なんだかバカにされたようで、わたしはほおを膨らませる。

 それでも龍騎士さんは、お腹を抱えたまま笑うのをやめない。

 わたしはもう龍騎士さんなんて放っておいて、ドラゴンをもふもふし続けた。


 すると、わたしの体がいきなり宙に浮く。

 何事かと思えば、龍騎士さんがわたしを持ち上げていた。


「それ、よいしょっと」


 気づけばわたしはドラゴンの背中の上に。


「おお~」


「空を飛びたいんでしょ? なら、あたしが連れて行ってあげる」


「おお~!」 


 わたしの後ろに座った龍騎士さんは、自分の体とわたしをロープで結びつける。

 これに焦った表情をしたのは、別の2人の龍騎士さんだ。


「ルミール教官、今は任務中で――」


「退屈な任務より、面白そうな子が優先」


「しかしエヴァレット様は――」


「つまんないヤツの話はなし」


 すべての言葉を遮り、手綱を手に取る龍騎士さん。

 ドラゴンは立ち上がり、翼を広げた。

 同時に、プロテクト魔法の障壁がわたしたちを包み込む。

 障壁の淡い光が見えなくなれば、龍騎士さんは楽しそうな表情をした。


「さあ、掴まって!」


「うん!」


 言われた通り、わたしは思いっきりドラゴンの鞍にしがみつく。

 それからすぐにドラゴンは翼をはためかせ、地面から足を離した。

 ドラゴンが翼を大きく振ると、そのたびに高度は上がり、速度も速くなっていく。

 ほんの数秒もすれば、わたしは時計台のてっぺんよりも高いところにいた。


 この時点で人生初の体験だけれど、ドラゴンはまだまだ大空に向かっている。

 わたしは体を乗り出した。


「すごいすごい! あっという間にお空に来た!」


「はしゃぎすぎて落ちないでね」


 龍騎士さんに注意されても、わたしは体を乗り出したままだ。

 上昇し続けるドラゴンは、ついに薄い雲に到着。

 雲に包まれて、わたしは腕を伸ばす。


「雲だよ! 雲が触れる! あれ? 触れない?」


 間違いなくわたしの手は雲を触っているはずなのに、雲に触っている感覚がない。

 そこに雲があるのに、その雲に触れないなんて、すごく不思議な気分だよ。

 いつも眺めていた雲が、そんな不思議なものだったなんてびっくりだね。


 触れない雲で遊んでいると、ふと一気に雲が晴れた。

 どうやらドラゴンが薄い雲を飛び抜けたらしい。

 視界に映るのは、地上から見るよりも濃い青の世界だ。


「ふわぁ~、お空が真っ青だ~。ねえねえ、もっと高く飛べるの?」


「もうちょっとならね」


 にこやかに笑った龍騎士さんは、さらに手綱を引く。

 ドラゴンは一言も発することなく、ただただ空を上り続けた。


 雲すらも置き去りにしたような場所に来れば、ドラゴンは翼を広げ滑空をはじめる。

 龍騎士さんは手綱を手放し言った。


「ここまでが限界」


「ええ~限界なの~? まだ空、続いてるよ~?」


「限界は限界。諦めてちょうだい」


「むう~」


 空はもっと上まで続いてるけど、仕方がない。

 こんなに高い場所から見る空なんてはじめてなんだから、それでも十分だ。


 大空を眺めていれば、後ろから龍騎士さんの笑い声が聞こえてきた。


「あなた、本当に面白い子ね」


「どうして?」


 首をかしげたわたしに、龍騎士さんは退屈そうな瞳を地上に向けながら答える。


「普通、はじめて空を飛んだ子はね、下を見るのよ。自分たちがいつもいる場所が、あんな遠くにあるって、はしゃぐの」


 そこまで言って、龍騎士さんはニタっと笑った。


「だけど、あなたは上ばかり見てる。地上なんか見ないで、大空ばかり見てる。ここまで高いところまで来て、まだ空高く飛ぶことを求めてる。そんな子に会ったのは今回がはじめて。こんな場所でこんな子に会えるなんて、びっくりね」


 じっとわたしを見つめる龍騎士さん。

 少しの間を置いて、龍騎士さんはゆっくりと口を開く。


「ねえ、あなたは――」


 ここでわたしは声を張り上げた。


「クーノ! わたしの名前は、クーノだよ!」


「よろしくね、クーノ。あたしはルミール。龍騎士団教導隊の龍騎士よ」


「ルミールさん、よろしく!」


 挨拶を済ませたルミールさんは、やっぱりわたしをじっと見つめていた。

 そしてルミールさんは、今度こそ本題を口にする。


「ねえ、クーノは龍騎士になってみようと思わないの? もし龍騎士になりたいなら、あたしが教官になってあげるけど」


「……龍騎士って、毎日空を飛べる?」


「毎日かどうかは分からないけど、いっぱい空を飛べるのはたしかね」


 だったら、もうわたしの答えは決まってる。


「じゃあ、龍騎士になる!」


「アッハハハハ、こんなに軽いノリで龍騎士を志す子もはじめてね」


 ルミールさんは、今までで一番の笑顔を浮かべていた。

 笑顔を浮かべながら、わたしの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「さあ! 今日からあたしがクーノの教官!」


「それじゃあ、ルミールさんはわたしの師匠ってことだね!」


「ええ、その通り!」


「やった~!」


 新しい空、新しい師匠、新しい未来を前に、わたしはワクワクが止まらなかった。

 これからどんなドラゴンに会えるんだろう? どんな空を飛べるんだろう?

 夢は広がるばかり。


 一方で、わたしを見つめた師匠は、心の底の言葉を口にした。


「きっとあなたなら、いつかあたしと――」


    *    *    *


 まぶたの向こうが明るくなっている。

 耳には誰かの間延びした声と、おっとりした声が入り込んできた。


「二人はぁ、本当に仲良しさんだねぇ。起こしちゃうのがもったいないよぉ」


「大丈夫、写真は撮っておいたわ」


「さすがリディアお姉様だよぉ」


「任せなさい」


 目を覚ましたわたしは、よく分からない会話を聞きながら体を起こす。


「ふわあ~、おはよう、フィユにリディアお姉ちゃん」


「あら、起きちゃったのね」


「チトセはまだ起きてないよぉ」


 なぜか残念そうな表情のリディアお姉ちゃんと、苦笑いを浮かべたフィユ。

 わたしはすぐにチトセのほっぺをつついた。


「チトセ! 起きて~!」


「んん……んん? あれ? 私、なんでもふもふの中に……」


「おはよう、チトセ!」


「うん、おはよう」


「朝食、食べに行こう!」


 こうして、わたしの日常が今日もはじまった。

 7年前に思い浮かべた未来とはだいぶ違うけど、これが今のわたしの日常。

 師匠とはじめて出会った日に思い浮かべた未来よりも、ずっと楽しい日常だ。

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