第3章 問題児、期待の新星、混沌、英雄

第12話 豪華メンバーだね

 今、わたしとユリィは久々に空を飛んでいる。

 地上から遠く離れ、大好きな大空と雲に囲まれたわたしの心は、純粋な楽しさで満たされていた。


「わ~い! 空だよ~! 空、飛んでる~!」


「がう!」


 空を飛ぶのが久しぶりすぎて、なんだかはじめて空を飛んだみたいな気分だ。

 やっぱりライラや龍母艦から空を眺めるよりも、空に飛び込むのが一番楽しいよ。


 薄い雲が広がる真っ青な空を飛ぶのは、わたしとユリィだけじゃない。

 わたしの耳には、右後ろを飛ぶフィユの声が届く。


《なんともぉ、楽しそうだねぇ》


「当たり前だよ! チトセとまた一緒に空を飛んでるんだよ!」


 今、この空にはわたしとフィユ、そしてチトセとリディアお姉ちゃんが飛んでいるんだ。

 わたしの左後ろには、チトセが乗る戦闘機が飛んでいるんだ。

 待ちに待った空が楽しくないはずがないよね。


 ところで出発前、航宙軍の人が無線機とかいう機械をユリィの鞍につけてくれた。

 この機械は、遠話魔法みたくチトセたちとお話ができるもの。

 そんな無線機がわたしの言葉をチトセに届けていたらしく、チトセの声が無線機から聞こえてくる。


《クーノがそこまで喜ぶとは思わなかった。クーノ、そんなに私と一緒に飛びたかった?》


 不思議そうな口調のチトセ。

 わたしは正直に答えた。


「もちろんだよ! チトセと一緒だと、楽しい空がもっと楽しくなるんだもん!」


《なんか、そこまで言われるとプレッシャーになってくるんだけど。曲芸飛行とかした方が良かったりする?》


「大丈夫! 普通に飛ぶだけで楽しいから!」


《そうなの? じゃあ、普通に飛ぶね》


 チトセの言葉通り、チトセの乗る戦闘機はわたしの横をまっすぐ飛ぶだけ。

 そしてわたしの言葉通り、わたしはそれで十分に楽しかった。


 そうしてしばらく空を飛び、雲を抜け、山脈を通り越すと、今日の目的地が見えてくる。


 地平線の向こうには、魔泉から吹き出し白ノ月に昇る青い魔力のカーテンが。

 眼下には、大昔に魔物たちに襲われて滅んだ古都の跡地が広がっている。

 崩れた街の合間には、荷物を抱えたたくさんの人たちが集まっていた。


「避難民、見えてきたよ!」


《あれが今回の護衛対象だねぇ》


 避難民とは、暴走する魔泉に住処を追われた人たちのこと。

 龍騎士団の本隊が陽動作戦として魔泉周辺の魔物と戦っているうちに、騎士団が大陸の奥地に逃がそうとしている人たちだ。

 あの避難民のみんなを護衛するのが、今日のわたしたちのお仕事。


 古都上空までやってくれば、龍騎士団の部隊と合流だ。


 遠くには2匹のドラゴンが翼をはためかせている。

 1匹は、黒い体に赤い一本線が入った、師匠の乗るドラゴン。


「あ! 師匠がいる!」


《師匠って、たしか龍騎士団の混沌ルミールさんのことだったかしら》


「そうだよ! リディアお姉ちゃんの言う通り!」


《ふむふむ。じゃあ、もう一人の龍騎士は誰かしら?》


「あっちはね――」


 師匠と一緒に飛ぶのは、シルバーの立派な炎龍だった。

 あのドラゴン、どこかで見たことがある気がするけど、どこで見たんだっけ?

 記憶を探っていると、フィユがはしゃいだような口調で答えを口にした。 


《え、ええ、え、エヴァレットさんだぁ!》


「エヴァレットさん――ああ! あの英雄のエヴァレットさん!」


《あのシルバーのドラゴンはぁ、間違いないよぉ》


 まさかまさかの人の登場に、フィユはそわそわしている。

 一方のチトセとリディアお姉ちゃんは、ぽかんとした様子だ。


《ねえ、そのエヴァレットさんって誰なの?》


《英雄とは聞いているけど、詳しいことは知らないわね》


 正直な二人の疑問に、フィユははしゃいだ口調のまま答える。


《英雄エヴァレットさんはねぇ、10年前の戦争で大活躍した世界最強の龍騎士さんだよぉ。ある戦いではぁ、一人で1000匹の魔物を狩ったぁ、すごくすごい人なんだぁ。魔泉封鎖作戦の助っ人に来てるとは聞いてたけどぉ、まさか一緒に飛ぶことになるなんてぇ》


 エヴァレットさんは龍騎士団の英雄というよりも、世界の英雄。

 彼女と一緒に飛ぶことは、龍騎士さんにとっては名誉あることらしい。


 まあ、わたしはチトセと一緒に飛ぶことの方が楽しいんだけどね。


 ちなみに、師匠はエヴァレットさんの戦友だったりする。


 さて、2匹のドラゴンに近づけば、師匠とエヴァレットさんの声が耳に届いた。


《こんにちは、第108戦闘飛行隊のみんな》


《はじめまして、だな》


 挨拶の直後、エヴァレットさんはわたしに話しかけてくる。


《君がクーノ、か。君は優秀な龍騎士、だと、ルミールから聞いている》


「え? あ、はい! はじめまして! わたしも、師匠からエヴァレットさんのお話は聞いてます!」


《そうかしこまる必要は、ない》


「分かった! じゃあかしこまらない!」


《思っていたよりも、かしこまらなのだな。それより、だ。ルミールからは一体、どんな話を、聞いた?》


「エヴァレットさんの『呪いの絵』伝説のお話だよ! すごく面白かった!」


《…………》


 じっと黙り込むエヴァレットさん。

 師匠は楽しそうに言い放った。


《あなたについての面白い話って、それだけでしょ?》


 意地悪な返答に、エヴァレットさんはため息をつきながら話し相手を変えた。

 きっとエヴァレットさんのドラゴンにも無線機が取り付けられているのだろう。

 エヴァレットさんは無線機を通して、今度はチトセとリディアお姉ちゃんに話しかけた。


《異世界から来た乗り物、戦闘機、と言ったか。ともに飛べて光栄、だ》


《こちらこそ、英雄とともに空を飛べて光栄です》


 礼儀正しいリディアお姉ちゃんの返答が無線機を通る頃には、2匹のドラゴンはわたしたちのそばまでやってきていた。

 これで航宙軍と龍騎士団の合流は終わりだ。


 航宙軍と龍騎士団の合流が終わると同時、地上の騎士から遠話魔法が届けられた。


《シルバーのドラゴン!? 英雄エヴァレットか! あなたが護衛とは心強い!》


《空は、任せろ。騎士団は騎士団の仕事、を》


《了解致しました! ところで、轟音を鳴らす見慣れないドラゴンがいるようですが?》


《異世界からやってきた者たち、だ》


《あれがウワサの異世界人ですか! いやはや、本当に心強い!》


 エヴァレットさんと話をする騎士さんは、心の底から楽しそうに会話している。

 英雄と話をするのって、どのくらい楽しいことなんだろ?

 入道雲の周りを飛ぶくらいの楽しさかな?


 なんにせよ、今日の空はすごい空だ。


「えへへ~、チトセだけじゃなくて、フィユにリディアお姉ちゃん、エヴァレットさんと師匠まで一緒なんて、豪華メンバーだよ!」


「がう!」


 こんなに豪華な空、楽しまないと損だよね。

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