幕間1

夢の中のドラゴンと龍騎士さん

 これは過去の記憶。もう7年も昔の記憶だ。


 9歳のわたしは、学校にある時計台のてっぺんで寝そべり、空を眺めていた。

 わたしが住む町で最も高い建物である時計台は、わたしが住む町でもっとも空に近い場所。

 だから、わたしはいつも時計台のてっぺんで寝そべり、空を眺めていた。


 教室では授業をやっているみたいだけど、知ったことじゃない。

 授業よりも空を眺めることが、わたしにとっては大事なことだった。


 わたしの視界に映るのは、どこまでも青い空と、自由に流れる雲。


「空、飛んでみたいな~」


 いつもと同じ思いを口にし、わたしは大きなため息をついた。


 けれども、今日の空はいつもと違う。

 透き通った真っ青な空を、3体のドラゴンが横切った。


 珍しい光景にわたしは勢いよく立ち上がり、ドラゴンを目で追う。

 ドラゴンの背中には、手綱を握った人が乗っていた。


「おお~! 龍騎士団のドラゴンだ~!」


 この町でドラゴンを見るのは久しぶりのこと。

 もしかしたら、3年前の魔戦争以来かも。


 じっと3体のドラゴンたちを見つめていれば、ドラゴンたちは町の中へ。


「ドラゴン、広場に降りた!」


 これはチャンスかもしれない。

 わたしは時計台の階段を一気に下り、学校の中庭を走った。

 校門はすぐ目の前。


 もうすぐで学校を出られる、というところで、わたしはちょっと太り気味の先生に見つかっちゃう。


「クーノ君!? こんなとこに――おい! どこに行くんだ!?」


「広場にドラゴンが降りたの!」


「だからなんだ!? まだ授業中なんだぞ!」


「授業なんてどうせ受けてないもん! それより、空を飛ぶ!」


「何を言っているんだ君は!?」


 分からないなら放っておいて! わたしは急いでるの!


 先生の言葉を完全に無視して、わたしは校門をよじ登り、校門の外に出た。

 これで先生も諦める――と思えば、先生も校門をよじ登り、わたしを追ってくる。


「待ちなさい!」


 ちょっと太り気味の先生だからって油断した。

 校門を軽々と乗り越えた先生は、まあまあに足も早い。


 だからこそ、わたしも走る速度を上げる。


 学校を飛び出たわたしは、先生に追われながら、町の広場へ向かって走り続けた。


 丘を下り目抜き通りまでやってくれば、背の高い大人たちがいっぱい。


「ごめんなさい! どいて! ごめん!」


 次々と大人たちを押しのけ、小さな隙間を縫いながら、わたしは一目散に走り続ける。

 ここまで逃げれば――と思ったのに、先生の声はまだ聞こえてきた。


「誰か! その子を捕まえろ!」


「むう……しつこいよ!」


 仕方がない。

 わたしは小道に飛び込み、隠れられるような場所を探すため、辺りを見渡した。

 長く緩やかな階段、ひしめくレンガの壁、ちょこんと飾られたお花、風にそよぐ洗濯物。


 そして見つけたのは、建物の2階にあるバルコニーだ。


 先生はまだ来てない。

 2階のバルコニーに飛び乗るため、わたしは近くにあった箱の上に。


「えい!」


 勢いよくジャンプすれば、ぎりぎりでバルコニーに飛び込めた。


 顔を上げると、寄り添うように並ぶ建物の隙間からのぞく青い空。

 バルコニーから少しだけ顔を出せば、小道でキョロキョロする先生が見える。


 先生が去っていくのをじっと待っていると、わたしの肩にもふもふした感触が。


「にゃ~ん」


「ネコちゃん!? シー! 静かに!」


 こんな場所で先生に見つかるわけにはいかない。


 だから静かにしてくれるよう必死でネコちゃんに頼み込むと、ネコちゃんは耳をピクッとさせ、大あくびをした。

 そうしているうち、先生はようやく小道を去っていく。


 ほっとため息をつけば、ネコちゃんは尻尾をゆらゆらさせる。


「にゃ~」


「じゃあね、ばいばい」


 のんきなネコちゃんに手を振り、わたしはバルコニーから飛び降りた。

 大通りを走ると先生に見つかっちゃいそうだから、小道を走ろう。


 狭い空を見上げながら小道を駆け抜けると、一気に空が広がる。

 ついにわたしは広場に到着したみたいだ。


 教会と市庁舎に囲まれた広場には、いつもの市場ではなく、3体のドラゴンが翼をたたんで休んでいる。


「あ! ドラゴン、いた! すごいすごい! 本物だ~!」


 こんなに近くでドラゴンを見るのははじめてだよ。


 せっかくなんだから、もっと近くまで行ってみよう。

 わたしは広場の真ん中まで駆けていく。


 ところが、紳士服を着たおじさんたちがわたしの行く手を阻んだ。


「なんだね君は?」


「まだ学校の時間のはずだが……」


 まるで先生みたいなことを言うおじさんたち。

 それどころか、わたしの背後から先生の声が聞こえてきた。


「申し訳ありません! 我が校の問題児が授業を抜け出してしまいまして……きっとドラゴンを間近で見たかったのでしょう」


 半ば息を切らした先生は、わたしの後ろ頭を掴み、わたしごと頭を下げる。


「この問題児は、我々があとでキツく叱っておきますので――」


「別に気にしないから。それより、この町には面白い子がいるのね」


 先生の謝罪を軽くあしらったのは、龍騎士の一人だった。

 片手を腰に当て、シルバー色の長い髪をなびかせながら、ニタっと笑う美人な龍騎士さん。

 どこか退屈そうな表情で、でも楽しそうな瞳でわたしを見つめる龍騎士さんに、わたしのテンションは上がる一方だ。

 

    *    *    *


 体が揺れている。

 耳には誰かのクールな声が入り込んできた。


「起きて、クーノ」


「んん……んん? チトセ? どうしてチトセが?」


「いや、ここ、ライラだし。クーノ、ライラのクルーになったの忘れた?」


「あ! そうだった!」


 わたし、今は龍騎士団じゃなくて航宙軍に配属されてるんだった。

 いつもと同じユリィのもふもふに埋もれて眠ってたから、つい忘れちゃってたよ。


 ともかく、わたしはユリィのもふもふから飛び出し、勢いよく立ち上がる。


「チトセ! おはよう!」


「うん、おはよう。朝食、食べに行こ」


「おお~! ライラではじめての朝食だ~!」


 夜ご飯があんなに美味しかったんだから、朝ごはんも美味しいに決まってるよね。

 ライラで過ごす新しい日常、楽しみだよ。

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