第13話 FILE01 女学園バラバラ死体事件-5

 被害者である柳優南のボイスチャットに関する調査結果は、ものの数分で俺とミカのスマホに届いた。

 本来であれば面倒な手続きが必要なはずだが、このあたりにもしっかり予算をかけているのだろう。

 組織がいかに社会の奥深くまで根を張っているかがわかる。


 同時に俺たちは、柳のPCの中身を見ていた。

 俺たちが現場を訪れてすぐPCは押収されたのだが、それから間もなく、俺とミカの端末で柳のPCを直接触れるようになったのだ。

 リモートデスクトップ自体は珍しくないのだが、『専用回線』でというところがポイントだ。


 短時間でチェックできることは限られるため、デスクトップに並ぶアイコンをざっと眺めてみる。

 整理されたデスクトップには、いくつか気になるアイコンもあったが、特に目を引いたのは『勝率表 VS AMATU』というファイルだ。

 どうやら、柳がプレイしていた格闘ゲームの勝率表らしい。

 相手をアマツというプレイヤーに絞って、使用キャラから勝敗の状況まで事細かに記録されている。

 日常的に対戦をしていたようだ。


 また、ボイスチャットの記録には、相手のユーザー名も記載されている。

 特に頻繁にやりとりしている相手の中に、『AMATU』の文字があった。

 勝敗表の人物とみて間違いないだろう。


 しかし気になるのは、被害者のPCが犯人に漁られた形跡がなかったということだが。

 犯人が欲しかった『何か』が、被害者の体だけに隠されていると知っていたのだろうか。

 PCというプライベート情報の宝庫であるはずの箱に、目的の物が何もないと、事前に知っていたと?

 もしくは、その『何か』だけを盗ってくるよう頼まれた、プロの犯行という可能性もあるか……。


…………

……


 組織は通信からAMATUの住所を特定してくれた。

 というわけで、俺とミカは、AMATUこと、天ヶ崎数也(あまがさきかずや)の住むタワーマンションに来ていた。

 俺とミカの住むマンションに勝るとも劣らない高級マンションだ。

 資料によると、20歳の一人暮らしとある。


 門前払いを受けるかとも思ったが、YUNAの友人だと言ったら部屋に入れてもらえた。

 『YUNA』とは、柳優南がAMATUとの対戦で使っていたハンドルネームだ。


 天ヶ崎はさわやかなイケメンだった。

 身長も180センチはあるだろうか。

 芸能事務所からスカウトされてもおかしくないような容姿だ。


「YUNAさんとはどういったお知り合いで?」


 天ヶ崎はメイドが淹れたお茶を俺たちに勧めながら、ソファで優雅に脚を組んだ。

 自宅にメイドて!


「実は私達、高校の制服を着てはいるのですが、警察関係者なんです」


 ミカはそう言うと、警察バッジを取り出してみせた。


 そんなんあるんなら、最初から使ってくれよ!


 あやうく口から出かけた文句を飲み込む。


 それを察したのか、ミカは、


「高校への潜入捜査ばかりだったから……」


 と目を逸らした。

 額から、一筋の汗が垂れる。


 今の今まで忘れてやがったな……。

 というより、バッジを使うのは今回が初めてなのだろう。


「本当に高校生に見えますが……」


 天ヶ崎の疑問ももっともだ。

 本当に高校生だからな。


「若く見てもらえるのは嬉しいですが……」


「これは失礼。女性に年齢の話題を振るべきではありませんでしたね」


 ミカの返しは、紳士ぶっている天ヶ崎の性格を察したものだ。

 なかなか上手い。

 向こうが勝手に勘違いしてくれる。


「というわけで、先ほどの質問をこちらからさせてください。

 YUNAさんとはどういった関係だったのですか?」


「僕はとある格闘ゲームをプレイしていましてね。

 これでもランキング上位をキープしているんです。

 ランキングと言って通じますか?」


 ミカの質問に、天ヶ崎はにこやかに答える。

 ゲーマー以外への配慮も忘れない。

 中身もイケメンである。


「インターネットを通じて対戦した勝敗によって、ユーザーにランキングがつくのでしょう?

 タイトルによって基準は違うようだけど」


「そうなんです。これは話が早い。

 女性でそのあたりの話が通じる人はまれでしてね。

 僕の女性ファンも、理解しないまま視てくれている人が殆どです」


「女性ファン?」


 首を傾げたミカを見た天ヶ崎は、少し残念そうにほほえんだ。


「僕は格闘ゲーム以外にも色々なゲームの配信をやっていましてね。

 それこそ、アナログゲームからソーシャルゲームまで色々です。

 これでも、動画一本あたり最低100万再生は行くんですよ」


 下手な芸能人よりもよほどすごい数字だ。

 いわゆる、ユー○ューバーというヤツだろう。

 俺は格闘ゲームは嗜む程度にしかプレイしないし、どうが配信も殆ど見ない。

 だから気付かなかったが、そういえばAMATUという有名配信者がいると聞いたことがある。

 整った顔立ちと軽妙な語り口で、やたらと女性ファンの多い配信者だ。

 コイツのことか!

 そりゃあ、こんな高級マンションにも住めるというものである。


「すごいわね。それとYUNAさんとどういった関係が?」


「僕が配信中に、たまたま彼女とマッチングしたんです。

 とてもいい対戦でした。

 どうやら彼女、あとから僕の配信に自分との対戦が流れていたことを知ったようで、SNSを通じて連絡があったんです。

 それをきっかけに、定期的に対戦していたというわけです」


「毎日?」


「そうですね。ここのところは……あれ? どうだったかな。

 ほぼ毎日だったと思います。

 ごめんなさい、記憶がはっきりしなくて。

 対戦のリプレイ履歴を見れば、彼女とどれくらい対戦していたかわかりますよ。

 おかしいですね。僕はゲームに関しては、物忘れなんてしないのですが……」


 彼にも記憶消去の影響が出始めているようだ。


「最近、彼女とのやりとりでかわったことはありませんでしたか?

 ボイスチャットもしていたのでしょう?」


「いえ……なかったと思います。

 あの……先ほどからYUNAさんのことばかり聞いてきますが、これはいったい何の事情聴取なんですか?」


「彼女、殺されたんです」


「え!?」


 天ヶ崎は本当に驚いたようで、少しの間、言葉を失った。


「彼女と直接の面識はありますか?」


「いえ、彼女とは格闘ゲームを通じてのやりとりだけでしたので」


 完全にウソというわけではないが、何か隠している。

 なんだ? 何を隠している?


「それにしても残念だ。

 彼女ほど聡明なプレイをするプレイヤーは貴重なのに」


「格闘ゲームに『聡明』なんていう表現をする人、初めて見ました」


「格闘ゲームは反射神経でやると思われがちですが、FPSなんかより反射神経の占める割合は小さいんです。

 彼女は分析力に長けていた。

 数学的思考と言い換えてもいい。

 瞬時に相手のクセなどを解析し、行動に移すことで最後には勝ってしまうんです。

 傾向と対策というヤツですね。

 彼女と対戦していると、自分の弱点がどんどん暴かれていくので、とても良い練習になっていたんです」


「へぇ……それは知りませんでした」


 ミカは素直に感心している。


「もしかして僕、容疑者なんですか?」


 不安そうな表情をしてみせる天ヶ崎だが、これは演技だな。

 自分は絶対に大丈夫という自信が見え隠れしている。

 やっていないからか、それとも絶対にバレないと思っているか。

 現状では特に手がかりはないので、なんとも言えないが。


「まだ容疑者かどうか、情報を集めている段階です」


 ミカはフラットな声音と態度で答える。


「早く犯人を逮捕してください。

 彼女はとても良い人だった……」


「もちろん、そのつもりです」


 おきまりのやりとりから得られる情報はこんなところだろう。

 俺は部屋を見回す。


 本人の性格なのか、メイドが優秀なのか、室内はショールームのように整頓されている。

 特に目立つのは、様々な格闘ゲーム大会のトロフィーだ。

 必ず視界に入るが、部屋の中心からは少し外した絶妙な位置に置かれている。


「すごい数のトロフィーですね」


「ええ、ちょっとした自慢です」


 ここで無駄な謙遜をしないあたりもイケメンである。


「ちょっと対戦してもらえませんか?」


「おお? あなたもイケるクチですか?」


「嗜む程度ですが」


「ちょっと愁斗、仕事中よ」


 俺を止めようとするミカだが、天ヶ崎はすでにモニターの電源を入れ、準備を始めている。


「アケコンもいくつかありますがどうします?」


「俺はパット派なんで」


 アケコンは高くて買えなかったんだ。

 なんとかゲーム機は手に入れたのだが、アケコンまでは手が出せなかった。

 最近のゲームはパッドでもプレイできるるように設計されてるものが多いしな。

 世界大会上位にも、パッド使いはたくさんいる。


「ちょっと二人とも! 人が死んでるのよ」


「だからですよ」


 意外と言うべきか、彼らしいと言うべきか。

 ミカの制止に、天ヶ崎がはっきりと意見した。


「格闘ゲーマーを偲ぶなら、格闘ゲームで。

 でしょ?」


「そういうことです。

 あなたとは仲良くなれそうだ」


 天ヶ崎はさわやかスマイルで俺のセリフに応えた。

 そう思われるように誘導したとはいえ、彼とは波長が合いそうだ。


 俺と天ヶ崎は、柳がプレイしていた格闘ゲームを、10試合ほどプレイした。

 その間、二人は無言である。

 グチや歓声、時には罵声で煽り合うのが格闘ゲーマーの正しい姿だが、彼の中にも何か思うところがあったのだろう。


 最初の数試合はボコボコにされた俺だが、後半5試合は勝ち越した。

 全体でみれば俺の4勝6敗。


「実力を隠していた、というわけではなさそうですね。

 この短時間に、高速で学習された感じだ」


 天ヶ崎の見立ては正しい。

 もともと、俺はネット対戦のランキングで、有名プレイヤーとたまにマッチングする程度には上位にいた。

 しかし、あくまでエンジョイ勢であり、大会で上位に入れるようなプレイヤーではない。


 だが、魔王を経験した今、相手の動きに慣れることなど造作もなかった。

 後半は全勝することも可能だったが、あえてギリギリ負け越しで終わらせた。

 内容も「俺はミスをしていないのに、読み負けた」ように見せている。

 これなら……。


「またぜひ対戦してください!

 彼女以来の逸材だ。

 なぜ今まで表に出ていないのですか!?」


 こうくるね。

 狙い通りだ。


「人前に出るのは得意じゃなくて。

 よかったらアカウント交換しませんか?」


 俺の誘いに、天ヶ崎は快く頷いたのだった。


 ミカの方に視線をちらりと送ると、「これが狙いだったのね」と目を丸くしているのだった。

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