第12話 FILE01 女学園バラバラ死体事件-4
教員に被害者のルームメイトである倉井明花里を呼び出してもらおうとしたが、理事長の待ったが入った。
倉井を呼び出すのは、休み時間にして欲しいという。
次の休み時間は、1時間後の昼休みだ。
理事長は白髪の男性で、一度決めたことは意地でも曲げないタイプだった。
「生徒が些末なことにとらわれることなく、勉学に励めるよう、できる限り悟らせないようにしてほしい」というのが彼の言い分だ。
マスコミも一切騒いでいないところを見ると、かなりの圧力を各所にかけたのだろう。
組織としても、事件が表沙汰にならない方が動きやすいため、見過ごしているというところか。
寮で事件が発覚した際、騒ぎにならなかったのだろうか。
倉井が悲鳴の一つもあげていれば、近くの部屋から生徒達が野次馬に来て、彼女達から情報が漏れるなんてことになりそうなものだが。
しかし、少しでも時間が惜しい。
待てば待つほど、関係者の記憶が薄れていく。
というわけで、俺は倉井明花里が授業を受けているという1年3組を訪れた。
ここに来るまでの間に、ミカはまいてきた。
ほら、俺の独断先行ってことにしとかないと、彼女に迷惑がかかるからな。
幸い、この学校は廊下と教室の間はガラス窓になっており、廊下から中を見ることができる。
今はプログラミングの授業中らしい。
この学園は、全国でもいち早く授業にプログラミングを取り入れたとか。
そのために、教師――北川という名前だったか――をわざわざ雇ったほどだ。
なんでも、『この学園を卒業するということは、人を使う立場になるはず。今後必要になるIT技術の中身を知らないのでは、指示も出せないだろう』ということだ。
生徒たち自身がプログラマーになるということをメインとしていないあたり、学校の教育方針がよくわかる。
さて、倉井はちゃんと出席しているようだ。
多少顔色は悪いものの、授業は上の空というほどでもない。
『あの現場』の第一発見者だと言うから、もっと正気を失っていても良さそうなものだが。
俺が教室の中を観察していると、一人の生徒が手を挙げた。
「先生、廊下に不審者がいます」
その生徒は起立して、必要十分な内容を発言すると、着席した。
同年代で制服を着た男子を不審者呼ばわりはどうかと思うが、そんなときでも挙手しての発言とは恐れ入る。
他の生徒も、視線こそ黒板から外して俺を見ているものの、誰も席を立たない。
見事な教育だ。
これを教育と呼んで良いのならだが。
外からの観察は十分済んだし、直接対話と行こう。
俺は教室に向けて、ひょいと肩をすくめてみせると、さも自分の教室かのように、前のドアから入室した。
「ちょっと! あなた誰ですか!」
ぎりぎりお姉さんと呼べなくもない年齢の女教師は、ヒステリック一歩手前に制御された声で、俺を威嚇してくる。
「北川先生ですよね。
おかしいな、聞いてませんか?」
俺は努めて平静に、しれっとした顔で言う。
「あなた、他校の生徒よね?
本校は男子の侵入を許可していません」
侵入て。
男を敵視しすぎじゃないですかね。
気持ちはわかるが、もう少しソフトな表現しようぜ。
「理事長に聞いてみてください。
俺が敷地を歩いても警備員達が文句を言わなかったでしょう?
それが、証拠です」
「……わかりました。それは信じます。
だとしても、授業への乱入をあの理事長が許可するとは思えません。
出て行ってください」
理事長の方針は、しっかり現場まで徹底されているらしい。
方針の正しさはおいといて、なかなかデキる理事長だ。
「いやいや、それがあちゃんと許可してくれたんですよ。
というわけで、ちょっと倉井さんをお借りしたいんですが」
「どういうこと?
そもそも、何のために本校に来ているのかしら?」
倉井の名前を出してもピンと来ていない。
どうやらこの教師は、事件のことを知らされていないらしい。
しらばっくれている様子もない。
彼女が持っている情報は把握できた。
それならそれで、やりようはある。
「本当に連絡を受けていないんですね……。
僕は理事長の親戚で、生徒会副会長をしています。
本日は聖アズ女子の、伝統を守りながらも進んだ学校運営について学ばせて頂くために参りました。
理事長も交えてのお話なのですが、あの方も多忙でして、日頃の方針を曲げてまで、この時間での対応となった次第です。
これから確認に行って頂いてもよいのですが、それではせっかくの授業時間もつぶれてしまうかと。
倉井さんが選ばれた理由もご説明できるのですが、これ以上お時間を取らせるのは……」
教師は『理事長の親戚』というワードにぴくりと反応した。
思った通り、組織での序列に弱いタイプだ。
もちろん、それは悪いことではないが、つけこませてもらう。
「そうですか……。
わかりました。
倉井さん、彼について行って」
「わかりました」
教師に指示された倉井は、特に疑問の声を上げるでもなく、立ち上がった。
…………
……
軽く自己紹介をしながら倉井を連れて屋上へ向かう。
屋上へ続くドアには鍵がかかっていた。
立ち入り禁止なのだろう。
ここであれば、探しに来るのは一番最後。時間は稼げるはずだ。
「なぜ屋上に? 立ち入り禁止のはずですが」
「ゆっくり話をしたかったので。ちゃんと許可も頂いていますから」
俺はこっそり魔法でドアの鍵を開け、ほらねと倉井を招く。
「事件のこと、ですよね……。
学校運営の話で、明花里が呼ばれるはずありません」
倉井は俺から視線を外し、ぽそりとつぶやいた。
部屋にあった写真から受ける活発な印象より、かなり消沈してる。
ルームメイトがあんな殺され方をしたのだから当然か。
しかし、見た目にかなり気を遣ってる割に、自己評価の低い娘だ。
見た目にこういった気の使い方をするタイプの人間が根っこで持つ、どこか「自分はイケてる」という感覚を彼女は持ち合わせていない。
それでいて、自分のことを名前で呼ぶというのは、なんともチグハグだ。
「そういうことだ。
俺はこれでも警察関係者でね。
事件の調査だと思ってくれていい」
正確には警察組織に属してはいないが、広くみれば関係者と名乗って問題ないだろう。
組織の説明をするのは、話がややこしくなりすぎるし、何より口止めされている。
「第一発見者なんだよね?」
「そうです……」
歯切れの悪い答え方だ。
凄惨な現場を思い出して、恐怖に震えているというわけでもない……。
「発見した時の様子をもう一度話せる?」
「それが……あまり覚えていないんです……」
「ショックで記憶が飛ぶということはよくあるよ」
「そうなんでしょうか。
なんだか、彼女とのことが昔の思い出みたいにぼんやりしてるんです。
今日も普通に授業を受けられたし。
明花里って薄情なのかな……」
記憶消去の影響がすでに出始めているのか。
「無理のない範囲でかまわないから答えてほしい。
現場で何か気付いたことはあった?」
「…………なにも。
血の臭いが、ひどくて……う……」
彼女は目に涙を浮かべ、口を押さえる。
しかたない。
この質問へのまともな回答は期待してない。
「ごめんね。ひどいことを聞いた。
じゃあ、質問を変えるよ。
被害者の柳さんは、ゲームが上手かったの?」
「明花里はゲームのことはわからいけど、かなり上手だったみたいです。
よく夜は、ボイスチャットをしながら、格闘ゲームで対戦していましたから」
「なるほどね……」
そこまで聞いたところで、屋上のドアが勢いよく開かれた。
「愁斗! 勝手なことしないでよ!
私が主任に怒られるでしょ!」
まなじりをつり上げながら現れたのはミカだ。
「おお、早かったな」
「教室から倉井さんを連れ出したと聞いて、真っ先にここに来たわよ!
あなたのとりそうな行動なんてお見通しなんだから!」
「へぇ……悪くない読みだ。
どうせなら、時間を稼いでくれると嬉しかったんだが」
俺はミカの肩越しに、彼女の背後にいる北川教諭の顔を見る。
うっわー。怒ってるなあ。
「バカ言わないで!
あなたの代わりに叱られるのが私の役目じゃないんだからね!」
「ごめんごめん。
インタビューは終わったからさ。
そうそう、最後に一つ聞かせてくれ」
俺はいったん帰るフリをして倉井を油断させたあと、くるりと振り返った。
「柳さんと付き合ってたでしょ。
まわりに内緒で」
「な!? そ、そんなことありません!」
ウソだな。
意識して抑えているようだが、目がかすかに泳いだ。
「そう、ありがとう。これでインタビューはおしまいだ。授業に戻ってくれていいよ」
「はぁ……もう昼休みですけど……」
倉井が言うように、ちょうどチャイムが鳴り響いたところだった。
…………
……
校門に待たせておいた車へミカと一緒に向かいながら、俺は組織に被害者のボイスチャット記録を調べさせていた。
「なんでそんなことを?」
「被害者のゲームの話題になった時、倉井がウソをついたからさ。
彼女は無意味にウソをつくタイプじゃない。
きっと何か出てくる」
「んー……あなたがそう言うなら……」
ミカはいまいち納得できない様子だが、文句を言うこともなかった。
「それより、さっきのお礼がほしいわね」
「というと?」
「あら、あなたにもわからなかったっていうのはちょっと気分いいわ。
少しは時間をかせいであげてたのよ。
私がちゃんとあなたの暴走を制御してるように見せておくっておまけ付きでね。
その方が、今後やりやすくなるでしょ。
本当は私だって、一緒に教室に乗り込みたかったんだから」
「おっと、これは思ってたより優秀だ。
本気で俺を怒ってるわけじゃないとは気付いてたけど、そこまで考えてくれてたとは。
ありがとう」
「なんかなめられてる気がするけど……。
これでも組織の中では先輩なんですからね!
少しは頼りにしなさいよ!」
口をとがらせる彼女がかわいくて、もうちょっとからかってみたくなるな。
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