第12話

 白鳥を形取るヘルメット、風美の顔面にぶつかる糸の塊。

 怪人の口から射出された蜘蛛の糸は、人間を壁に押し飛ばし貼り付ける代物だ。

 それを真正面から受けて――


「油断したっ!」


 ――モニターからの警告程度で済むのは、軍事技術の塊と言えるパワードスーツのおかげだ。

 ヘルメットにまとわりつく蜘蛛の糸も、急激に熱せられた外装に溶かされていく。

 白鳥なら氷属性だと昔見たアニメの影響で思い込む風美には、不釣り合いな熱による防御システム。

 この防御システムは、北海道を担当してる数人いてるヒーローの誰かの戦闘経験から実装されたらしい。

 風美達を戦隊とたらしめる情報共有のシステム。

 誰かの戦いは、次の誰かの戦いに受け継がれていく。

 駆けつけることは出来ないが、仲間と共に戦っていると実感出来るありがたいシステムだ。


 風美はそんな誰かに礼を抱きながら、蜘蛛怪人へ反撃の一撃を振るう。

 そっちが顔面に来るなら、こっちも遠慮なく顔面に行く。

 八本ある腕をちまちまと殴り潰していく作戦を取り止め、ロングバトンを上段に構える。


 怪人になったとはいえ、頭部を容赦無く破壊してしまえば死んでしまうことになる。

 面倒なのはここで、特撮番組よろしく怪人を倒して爆発というわけにはいかない。

 なので上段に構えたロングバトンも破壊するためのものではない。

 風美はロングバトンに備わった機能、電気ショックをオンにする。

 長いスタンガンとなったバトンで、蜘蛛怪人の頭部を打ちつける。

 強烈なショックが蜘蛛怪人を襲い、怪人の身体が小刻みに震える。

 少しばかり光ってるように見えた。



 蜘蛛怪人から風美が糸を顔面にぶつけられた瞬間、勇樹は息を止めていた。

 風美のこと、国の技術、戦隊ヒーローというものを信じてはいるものの、いつだって風美が危機に陥りそうになると気が気で無くなるのが本音だ。

 風美ぃ!、と呼べたら少しは気が楽になる気もするが、それは風美の邪魔でしかないので我慢している。


 一瞬の危機をすぐさま脱却すると風美は蜘蛛怪人を反撃の一発で仕留めた。

 脳天に電気ショックを受けた蜘蛛怪人が膝から崩れ落ち、地面に倒れる。

 意識を失った怪人の変異が、徐々に人間態へと戻っていく。

 薬物による遺伝子の変異は、変異主の意識の昂りにより行われるのだそうだ。

 変異主が意識を失ったことで、生成された蜘蛛の糸も涎となり流れていき、壁に張り付けられていた人々も解放されていく。

 安堵に呆けて見ていた勇樹は、頭を振り気を取り戻し、解放された人々の安全確認と誘導に動き出す。

 駆けつけていた警察も機を窺いながら誘導活動を始めたので、それの手助けを始める。


「怪我はありませんか? すぐに救急車も駆けつけますから、怪我のある方は遠慮なく申し出てください」


 言い慣れたセリフを言いながら、勇樹は誘導を続けていく。

 案内された人が、警察でもないコイツは誰だ?、と表情を浮かべながら見てくるが、すっかりその対応になれた勇樹はさも警察関係者のように澄ました顔で処理する。

 とにかく指示を聞いて自分の安全を確保しろ、その一心でいると堂々と出来るものだ。


「怪我はありませんか? すぐに救急車も駆けつけますから、怪我のある方は遠慮なく――」


 言い慣れたセリフを再び口にしながら、張り付けられた壁から解放された一人の少年の前に立った勇樹。

 屈みこむ少年のその顔に、見覚えがあると気づく。

 何処だったか?、そう頭の引っ掛かりに勇樹が気を逸らした瞬間、少年は立ち上がり勇樹にもたれかかるように倒れた。


 ドスッ。


 倒れた際に肩がぶつかった、そんな感触とは全く異なる痛みが腹部に刺さる。

 冷たく硬く、そして次第に生温くなっていく痛み。


「……へ?」


 腹部の痛みを感じる度に、顔から血の気が引いていくのがわかる。

 ゆっくり、ゆっくりと自分の腹部へと視線を落とす勇樹。


 身体を離していく少年、足元がふらつき後ずさる勇樹。


 自分の腹部にホームセンターで買えそうな安っぽいナイフが突き刺さってることに気づいた時、勇樹の耳に悲鳴が届いた。

 周りにいる解放された人々の誰かが事態に気づき、ビジネス街に鳴り響く悲鳴を上げる。


 ナイフから少年に視線を動かし、勇樹は自分を刺したのが昨日助けた少年だと気づく。


 悲鳴は周りにいた警察を動かし、返り血で腕を血で染める少年の取り押さえが行われ――


「アンタみたいなヒーロー気取りがいるから、それを真似してさ、ヒーロー野郎達がボクを殴るんだ! アンタみたいなヒーロー気取りがいるから、変な夢見ちゃうんだよ、あのヒーロー野郎達!! アンタみたいなヒーロー気取りがいるからっ!!!」


 喚く少年、駆ける警官、耐えれず後ろに倒れそうになる勇樹。

 勇樹は腹部の痛みに意識を持っていかれそうになりながら、どうにか声を振り絞った。


「やめろっ……風美ぃ!!」


 制止の声は宙を舞う、遠のく意識が風美の姿を捉えることを許さない。


 ――警察の取り押さえが行われるより先、誰にも捉えきれない速度で風美が少年に飛びかかり、その顔面を全力で殴った。

 パワードスーツを着ている、そんなことを完全に失念した、ただただ怒りによる一撃。


 ヒーローということを完全に失念した、一撃。

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