第11話

 白鳥をモチーフにとカスタマイズされたその白のパワードスーツを、風美は気に入っていた。

 あとは氷属性の攻撃とかガジェットがあれば申し分ないのだけど、そこまで科学技術は発達していない。

 瞬間冷却にと冷凍銃を渡されたが、それは何か違うと風美はあまり使用せずにいた。

 ファンの間では、冷凍銃を使用するとレアシーンとして盛り上がるらしいので、副産物としてありなのだろう。

 白鳥といえば白鳥の湖、バレエを連想する人が多いらしく一時期はバレエ習得を強要されていたが、ダンスを得意としない風美のあまりの素質のなさに断念された。

 あの強要はテレビ的な盛り上がりの為なのか、国防としての広報的な盛り上がりの為なのか、未だにハッキリと聞いていなかった。


 通りへと現れた蜘蛛怪人。

 対峙する風美。

 その状況下で逃げ惑う人々。

 そして、それを先導する勇樹の姿。


 なんでこんな所に居るんだ、と風美は声をかけたくもなるもグッと我慢して蜘蛛怪人の注意を引き付ける為に突っ込んだ。

 こんな時に間抜けにも知り合いですとアピールしてしまえば、怪人の手に陥るのは目に見えている。

 正々堂々戦ってくれる武人のような怪人なんて皆無だ。

 元よりアッパー系の薬物に混入されたのが始まりなので、怪人は理性など保たず暴れる為なら何だってやるというのが常だった。

 素面の時にはクールを売りにしてた売人グループリーダーが、メンバーが引くほどアゲアゲになって暴れだし、その身ごと変貌させたこともあった。

 朝のお茶の間にお届けできない敵の登場に当時はテレビクルー共々困ったものだった。


 徒手空拳で戦うのは理想だったが、ヒーローになったとはいえ風美の身体が変化したわけではない。

 格闘技経験はテレビ的な訓練として教えられた数年分しかないので、実戦で使うにはまだ心許ないのが正直なところだ。

 パワードスーツがあるけれど、街のチンピラ相手ぐらいなら圧倒できても、実はどこぞの国のよく訓練された軍隊にならまったく歯が立たないんじゃないかと風美は思ってる。

 そんなわけで、風美が頼るのは支給された装備、伸縮機能付きのロングバトンだ。

 パワードスーツ同様、特撮好きが興奮する技術力を注ぎ込んだロングバトンは、何か長ったらしい名前の合金で作られているらしくとんでもなく硬い。


 防弾処理が施されたマントに隠れた腰部に装着したロングバトンを手に取ると、風美は伸縮ボタンを押しながら構えた。

 一メートル弱ある長い警棒。

 すっかり徒手空拳から離れ、剣が決め技になりがちな最近の特撮に通ずるものがある。


 右に四本、左に四本。

 阿修羅像より一組多い腕の動きは、実際目の当たりにすると気持ち悪い。

 蜘蛛怪人の腕達は忙しなく上下左右にと動き、規則性などなくまるで一本一本が別の意思で動いてるようだ。

 口から吐かれる糸の玉を避けながら、風美はその腕を一本破壊しにロングバトンを振るう。


 軽く一振りすれば、そこらに止まる車を一撃で粉砕できる程の威力。

 パワードスーツとの併用で可能となった破壊力を、怪人へと容赦なく振りかざす。

 右腕上から三段目、他の腕の邪魔を掻い潜り二の腕から破壊する。


 ガ行のどれかを吠えた蜘蛛怪人。

 最早人の言葉としては聞き取れない音を、苦痛の声として鳴らす。

 抗うように暴れ、ぶつけてくるのは三つのラリアット。

 風美の身体を後ろに押し返す。


 パワードスーツが衝撃を吸収し、身体を支える為に後方へと放出する。

 瞬時の処理は目視できないほどの一瞬で、端から見れば風美が体幹で倒れるのを耐えたように見える。


 放出された衝撃に乗って、二撃目へと繰り出す風美。

 牽制として、胸に当てる前蹴り。

 蜘蛛怪人の身体を押し込んで体勢を崩させて、ロングバトンの二撃目へと繋げる。

 今度は左腕。


 白鳥をモチーフにしたパワードスーツの頭部、白いフルフェイスの黒いバイザーの中、風美の視線は蜘蛛怪人から少し外れる。

 避難活動を先導する勇樹の姿。

 先に駆けつけていた警察と協力して、逃げ損なった人達を助けている。

 初めこそ部外者であったが何度とそうやって誘導作業を手伝ったことで、今では立派な協力者だ。

 表立って評されることはないが、勇樹はそのことに不満を持ったことはないという。


 赤いマフラーが垂れて揺れる。

 朝晩はまだ肌寒いのでいいが、夕方には暑いぐらいじゃないかなと風美は場違いな感想を抱いていた。


 ああ、集中しなきゃ。

 そんな反省はバイザーの内側に映るモニターに、警告メッセージが表示されてからやっと抱いたものだった。


 蜘蛛の糸の大きな塊が、眼前に迫ってきていた。

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