推しには生きているうちに金を使え!

せんと

推しには生きているうちに金を使え!

 『大好きなあのアニメキャラとセックスしたい』


 二次元オタクであれば、誰でもそんなこと一度は思ったことがあるだろう。


 俺なんか一度どころか、推しキャラが現れる度に思ってるし、何だったら毎晩そのキャラと自分がやっているシーンを妄想しながら行為におよんでいる。


 いたって健全な二次オタ社会人男子だ。


 ――彼女も最初は、そんな推しキャラの一人だと思われていた。


 俺と彼女の出会いは、去年の4月。


 私生活や仕事でいろいろと辛いことが重なり、精神的に不安定になっていた時期。


 正確に言えば彼女・作品の存在自体は以前よりテレビCM等で知っていたのだが、アニメ化されると聞いて、何気なくアニメ第一話を見たのがきっかけ。


 ライトノベル原作のこの作品は、簡単に説明すると、冴えないサラリーマンがひょんなことから家出中の女子高生と同居生活を始めるという話。


 これだけ聞くと創作物では決して珍しくない話に思えるが、内容の深さが俺の想像を遥かに超えていた。


 まずヒロインの女子高生は、主人公のサラリーマンに出会う前まで、生きるために幾多の男と肉体関係の行為におよんできて、当然主人公にも出会ってすぐに迫った。


 だが真面目で、どこか昭和のおじさん気質な主人公はそれを頑なに断り、住んでいい代わりに家事をしろと提案する。


 一般作品でヒロインが最初からこのような状態から始まるのは、普通はありえない。


 何故なら二次オタは、今も昔もヒロインに清廉潔白性を求めているから。


 実際アニメの初回放送時には、一部のクレーマーたちの影響で、ちょっとした炎上騒ぎも起きた。


 原作者の方がツイッターで『これはあくまでフィクションなので、このように本当に見知らぬ・面識のない女子高生を家に招き入れて生活をするのは犯罪です』と注意喚起をするまでに。


 そんな危険だけど、どこかほのぼのとした雰囲気の二人の同居生活に、俺はどんどん惹かれていった。


 ヒロインが主人公に対して心を開いたアニメ第三話を見終わった段階で、原作とコミカライズ全巻、更にはグッズも購入して完全に沼にハマっているのが自分でも気持ち良かっ

た。

 

 アニメをどこよりも早くリアルタイムで見るために衛星放送と契約し、原作を知っているにも関わらず、毎週の放送を一番の楽しみとしていた。


 そう、この作品は俺にとって生きるためのかてといっても過言ではない。


 物語の重要なターニングポイントの一つでもあるアニメ第6話。

 ヒロインは過去、肉体関係を持った男性とアルバイト先で偶然再会してしまい、また昔のようにしてくれなければ警察にバラすと脅しを仕掛けてきた。


 警察にバラされては自分だけでなく、自分に居場所を提供してくれた主人公にまで迷惑がかかってしまうと思ったヒロインは、泣きながら、その男性にまた体を許そうとする......。


 ――が、間一髪! アルバイト仲間で同じ女子高生でもある友人の機転により、主人公が割って入ることができ、無事ヒロインは犯されずにすんだ。


 この時の主人公が、震えるヒロインに言ったセリフ。


『頼むから、自分をもっと大事にしてくれ。でなきゃ、守れるものも守れないだろう...

...』


 ヒロインが主人公にとってどれだけ大事な存在であるかを表しているセリフで、見ているこちら側もとても胸が熱くなり、同時に今までヒロインを利用してきた悪い大人たち

に怒りがこみ上げてきた。


 彼女がもっと早い段階で主人公と出会っていれば、ここまでボロボロにならずにすんだのに......。

 

 その後、ヒロインを助けてくれた友人が、傷ついた彼女のために自身のお気に入りの場所へ連れ出したシーンでは、胸だけでなく目まで熱くなる展開が待っていた。


『しんどい歴史だったとしても、絶対、意味はあるよ』


 今まで自分がどれだけバカなことをしてきたのかを、改めて理解し後悔する彼女に対し友人が言ったこのセリフは、間違いなく彼女の心を救い、同時に俺のことも救ってくれた気がした。

 

 俺はお世辞にもまっとうに生きてきたとは言えない。


 時には汚い手を使って他者を苦しめ、時には怖くて逃げだしてしまったことのある、どうしようもなくダメな人間だ。


 因果応報いんがおうほうか、一時期あまりに人生が上手くいかなさすぎて、自殺しようとしたことだってあった。


 ――それでもなんとか前を向いて、ここまで歩いてきた。


 第6話を見終えた頃には、俺の目には自然と涙が溢れていた。


 このような経験はいつ以来だっただろうか?


 主人公と友人のケアのおかげで元の明るさが戻ったヒロインは、やがて主人公に対し恋心的なものを抱くようになる。


 生まれて初めて自分を一人の人間として見てくれた主人公を、彼女が好きになるのは当初から予想はしていた。


 主人公もそんなヒロインのことを、子供ではなく、一人の女性として彼女を見ていることに気がつき始めた。


 ......しかし、そこへ事態の終わりを告げるタイムリミットの知らせが、遂にやってきた。


 ヒロインの兄と名乗る男性が二人の住む家に突如現れ、彼女を連れて帰ろうとした。

 興奮して言い合う兄妹をなだめ、主人公は話し合いの場に持ち込み、なんとか一週間の期限をもらうことに成功する。


 そこで主人公は、彼女本人の口から家出をした理由をようやく初めて知り、想像以上の過酷な出来事があったことに、ただ言葉を失った。


 実家に帰ってしまう彼女に何かできることはないか............悩んだ末、主人公が出した結論は『彼女を家まで無事に送り届ける』こと。


 会社の同僚や親友からのアドバイスもあって辿りたいた答えがそれだった。


 その過程で彼女が家出をする原因の発端ほったんが起きた場所へ二人で行き、苦しみながらもなんとか彼女は前を向き、乗り切ることができた。 


 そして主人公の自宅から遠く離れた彼女の実家に向かい、家出をする最終的な原因を作った張本人でもある彼女の母親と対峙。

 主人公と彼女の兄の説得等もあって、彼女はようやく無事家に帰ることができた。


 最後、彼女と空港での別れ際。


 主人公は彼女から愛の告白をされた。


 ――だが、主人公はそれを断った。


 『俺のことは忘れろ』と言う主人公に、彼女は『大人になったらまた会いに行くよ』と約束し、こうして冴えないサラリーマンと家出女子高生との疑似家族、同居生活は終わった......。 


 家に一人帰り、彼女がもういないという事実を上手く受け入れられず泣き叫ぶ主人公に、見ているこちらも胸が痛いほど共感できた。


 一人暮らしを始めてもうすぐ10年......その中で一時でも誰か好きな相手と共同生活をしてしまうと、いなくなった時に初めて『家で誰かが待ってくれている』ことのありがたさを思い知らされる。


 俺もこの作品の主人公同様、寂しいおっさんなのだ。 


 ――彼女との別れの数年後、高校を卒業した彼女は、主人公と初めて出会った場所で再び出会う。


 今度は偶然ではなく必然として..........ここで物語本編は終わる。

 

 結末を知った時は、はっきりとしない終わり方に俺は正直モヤっとした気持ちでいっぱいだった。


 なので毎晩主人公と彼女が結ばれて行為におよぶ姿を妄想し、一人布団の中でエキサイトもした。


 いつも推しキャラの相手は主人公ではなく自分の姿なのに――こんなこと生まれて初めての経験だ。


 それほどまでに、俺は彼女に幸せになってもらいたいのかも知れない......。


 何度も原作のラノベ最終巻やアニメ最終回を見るうち、こういう終わり方だからこそ、この作品が他とは違う輝きを放っているのではないか! という結論にようやく達することができた。


 仮にこの物語の続きが作られるとしても、まだまだ何年か先のことだろうな......なんて俺は思っていたし、他のファンの方も当然そう思っていただろう。


 ――しかし、それは思いのほか、早くやってきた!


 この作品のスピンオフ小説の最終巻に、なんと物語の真の結末が描かれることとなった!


 メインヒロイン不在のはずの今作、それがまさかの登場に俺の心は大いに踊った。


 同時に、これで本当に終わってしまうと思うと寂しい思いもあるが......最後まで見届けたいと思う。


 この作品に俺は全力で恋をしている――なんて誰かに言ったらドン引きされそうだが、そんなもん知るか。


 好きになったものは好きなんだし、その気持ちは作品が完全に完結したとしても絶対に変わることはない。迷わず断言できる。


 ――推したい作品・キャラは、できるだけ息のしているうちに推せ。


 どこのどなたがおっしゃった言葉かは存じ上げないが、これほどオタクにとっての名言はない。


 いざ作品が終わってから推しても、作品にとってあまり良い効果は得られづらい。


 本気で好きな作品に続いてほしいと思うなら、とにかく自分のできる範囲で作品が元気なうちにお金を落としてあげるべき。


 だから俺は、アニメ二期と一刻も早いスピンオフ小説の最終巻の発売を願いながら、今日も全力で活きている。


 大好きな作品かのじょを養うために......。



         ◇

 この物語がフィクションだと思うかどうかは、読んでいただいたあなた様次第です。


 レビュー、お待ちしておりますm(_ _)m

 

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