主人公Aは狙われていた。

シューク

主人公Aは狙われていた。

 主人公Aは狙われていた。


 ▼▽


 四月九日(月)、今日は星高校の入学式。

 星高校は制服が可愛いことが特に女子に人気で、マンモス校になっている。アニメーション部の入りたさで入学を決めたAとは無縁の話だ。

 そのため、通学する駅のホームから大通りのずっと先まで、学生でごった返していた。


 入学式三十分前。

 Aは新品のブレザーに身を包み、駅の改札を出たところだった。日光の眩しさに目を細める。今日は快晴だ。Aは革製のパスケースに入った定期券を通学カバンにいれ、コーヒーの薫りが漂う喫茶店を横目に左折した。

 学校までのルートは調べたが、あまりに多い星高生を見て、Aは人の流れに身を任せることにした。多少蒸し暑いが、彼は何も考えず目的地まで辿り着けるだろうと安堵していた。


「…あれがAか」

 こんにゃくのような形をしたオブジェの隣に立つ男は、Aを見つけてほくそ笑んだ。

「俺様は気高き死神見習い。今日のターゲットはあいつだな…」

 小走りで追いかけようとすると、腕時計型の通信装置が鳴った。

『…見習いちゃん。ブラックリストの人は見つかった?』

 妖艶な声が聞こえる。

「は…はいっ、男子高校生に変装して後をつけ、すきを見て殺すつもり…です」

『そう。今日のノルマはまだ沢山あるの。貴方は見習いなんだから、早く済ませてこないとだめよ』

 通話が一方的に切られる。あの上司は嫌いだが給料は弾む。さて、今日はどうやって殺そうか。死神見習いはニヤリと笑い、Aのすぐ後ろを歩きはじめた。


「ターゲットに接近します、どうぞ」

「成功を祈る、どうぞ」

 リーダーがAを指差し、それに応えるように精鋭部隊五名はカプセルで飛んでいった。

 彼ら(または彼女ら)カプカプ星人は、地球に生態系調査に来ていた。当初は三日の滞在で終わる予定であったが、地球人をカプセルに吸いこもうとするとひどく抵抗されるため、調査は難航していた。

 本来はカプカプ星に連れて行くのが最善だが、髪の毛を採取してDNAを調べる方法に切り替えることになったのだ。

 因みにAが選ばれたのは、「彼はいかにも普通の遺伝子を持っていそうだ」というリーダーの偏見によってである。

「地球人のパワーは強大だ。少しでも油断したら命はないと思え」

 リーダーの言葉に、乗員たちは力強くうなずいた。


 Aはそんな事を知る由もなく、ただただ続く道に退屈していた。なんでも、駅からずーっと大通りが続くらしい。八時だからなのか、街の喧騒が聞こえる。

 周りには、キョロキョロしながら歩く人、早速友達をつくっている人、参考書を片手に歩く人…いずれも同じ制服だ。

(そうだ、僕にはこんなアイテムがあるんだった)

 Aはワイアレスイヤホンをポケットから取り出し、両耳に詰め込んだ。誕生日プレゼントにもらったAのお気に入りだ。

 これでしばらくの暇つぶしになるだろう。


「Aったら大丈夫かしら…」

 双眼鏡を片手に持った女性が、電柱の影から顔を出した。息子は今日から高校生だというのに心配性が抜けず、迷った挙げ句ついてきてしまったのだ。

 Aが100メートルほど先に見える。

「あ、Aったらイヤホンなんかして…!!あれほど危ないから禁止だって言ったのに!!!」

 そして彼女はルールに厳しいタイプであった。もう今朝たてた【息子の背中を優しく見守る☻】という目標さえ忘れている。

「追いかけて問いただしてやるわ…!!」

 言ったそばから彼女は人をかき分けかき分け、Aに向かって猛ダッシュを始めた。


「むむ、あのお方は……!」

 またAを見つめる人間がひとり。

「黒髪イケメン、茶色のローファー、デジタル腕時計、はねた寝癖…すべて一致してるぞ!!」

 この髭をはやした爺は怪しげな押し売りで有名な、自称占い師である。毎朝自分自身を占い押し売り相手を決める…という、俗に言うところの「やばいやつ」である。

 不運にも彼の占いに一致したのがAであった。

「こんな朝早くから会えるとは!散歩した甲斐があるわい」

 下駄を鳴らしながら、信号待ちをするAに足早に近づこうとした。


 ▼▽


 Aは呑気なものであった。

 星高校の先生だろうか、「左側二列で歩いてー」という指示の通り皆が進んでいく。

(暑いし早く教室で休みたい…でも、前を歩いてる人のスピードが微妙なんだよなあ)

 そんな事を考えながら、赤信号前で立ち止まる。

 …後ろで笑う死神見習い、近づくカプカプ星人、迫ってくる母親、前方からの爺さんには気が付かず。


(これは困ったぞ…こんなに人間がいたらナイフで首筋を切ったところですぐ騒動になっちまう)

 死神見習いは困っていた。

(あ)

 何か方法がないか視線を巡らせていると、信号を超えた先、道の真ん中に大きなマンホールがある事に気がついた。それなりに年季が入っていて、学生のだいたいがそこを踏んで歩いていく。

(Aが通る瞬間に魔力でフタを消しちまえば事故に見えるだろうな。よし、これであいつもお陀仏だ!)

 死神見習いは元気を取り戻し、青信号を渡り前を行くAの足元に注視していた。

「よし、あと一歩…今だ!」


「ターゲットの右肩に着陸!毛髪採取に入る、どうぞ」

「健闘を祈る、どうぞ」

 カプカプ星人らの計画は、実行寸前まで来ていた。ただ、この段階に来てから人間にカプセルを潰される事故が多いため、乗員全員が緊張で身を固めていた。

 チーム代表がカプセルの出口から彼等にとっては大きなハサミを出し、Aの襟足へと近づけた。

 チームの一人が撮っている地球人からの毛髪採取の中継を、カプカプ星の住民は期待を寄せて見ていた。

「到達までカウントダウン、五、四、三、ニ、一…!!」


「ぜぇ…はあ、はぁ…はぁ、青信号になっちゃったわ…」

 Aの母親はがっくり肩を落として烏龍茶を一口含み、また歩を進めていった。あたりには沢山の人、人、人…

 四十になったばかりの女性には、この人混みの中を走り続けるのは至難の業であった。

「せっかく追いつきそうだったのに…Aったらイヤホンしたまま歩いちゃって…!!」

 しかし彼女は駅伝部出身であった。

 隣を歩く女子高生にぎょっとされたことなどお構いなしに、お節介な母は行く。

「もうすぐ、追いつけそうだわ!」


 自称占い師の爺は、伸びた白髭をさすりながら歩いていた。

(高校生じゃから、ブレスレットよりもお守りのほうが売れるかのう。わしはただ皆に運気を上げて欲しいだけなんじゃけどな…皆してわしを胡散臭いと言う。)

 それは売り方と値段設定に問題がある、という声が聞こえてきそうだ。

「今日こそは売るぞ。子供相手の商売は久しぶりで腕がなるわい」

 爺さんはAの行く道の向こうで商品を取り出した。その目には、今日のターゲットであるAがしっかりと映りこんでいる。


 ▼▽


「Aーっおはよー!!」

 どーーん!!

「ぅわあ!?」

 Aは右後ろから押され、バランスを崩しかけた。

 見ると、満面の笑みを浮かべたS美がAを見上げている。小学生のときからの幼馴染だ。

 ワイアレスイアホンを外し、S美に顔を向ける。綺麗にセットされたショートカットが目に入る。

「お…おはよう」

「今日は入学式でしょ。新しい制服…今日から華のJKライフが始まるんだよ!」

 クルリと一回転。プリーツスカートひらりと舞う。Aが何とコメントすれば良いか分からずにいると、

「っていうか、こんなゆっくりじゃなくてさ…」

 S美はAの右肩に手を置き、少し躊躇ってから彼の手を掴んだ。

(今、何かがプチっと潰れる音がしたのは気のせいだろうか)

「飛ばしてこーよ!!」

「ちょ…うわあ!?」

 S美が爆速でAを引っ張っていく。

「は…速いって!!」

「いいからいいからー!」

 体が宙に浮く感覚がした。そういえばS美がリレー選常連であったことを思い出す。

 マンホールも一瞬で飛び超え、慣れないローファーで人の群れを越していく。校門までの坂も駆け上ってしまった。

 Aは坂の下を振り返り、不思議そうな顔をした。

「はあ、はあ…っ。なんか今、お爺さんの雄叫び?と母さんの声が聞こえた気がするんだけど…」

「え?気のせいだよきっと!」

「そ、そうかな…?」

 S美のその自信はどこから来るのか。そして彼女が息切れひとつしていないのが不思議だ。妖精か何かなのだろうか。

「さ、行こう」

 Aはリュックを背負い直し、木漏れ日のなか教室へ歩き出した。


「ねぇ、そういえば」

 S美がAの顔を覗き込む。

「うん」

「Aの後ろで歩いてた…ウルフカットの男子って友達なの?」

「え?そんな人いたっけ」

「だってその人、ずっとにやにやしながらAのこと見てたから…気味悪い感じだったよ」

「そうだったの?全然覚えてないや…」


(この様子を上空から見守っていた神は思った。Aはいつも何かしらから狙われているが、毎度のようにS美に救われている。あやつらの掛け合いを眺めるのがついに私の日課となってしまったが、本当にこれで良いのだろうか…と。)


 終

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