第15話 涼風さんから見た彼は

***<涼風>***



 冴無良平。

 私と同じ学園に通うその男子と私が初めて出会ったのは、私が中学三年生の頃だった。

 当時から魔法少女として魔物と戦う日々を過ごしていた私は、その日も夜の公園で魔物に襲われようとしている一人の男の子を魔物から守った。

 その男の子こそ冴無君だった。


『助けてくれなくてよかったのに』


 「大丈夫?」そう問いかける私に彼は生気のない目でそう言った。


『死んだ方が楽だった』


 そう言って、左右にゆらゆらと揺れながらその場を立ち去る彼に、私は何も声をかけることが出来なかった。

 だから、学園で再会し、一年生の頃に同じクラスになった時は直ぐに彼に話しかけた。幸い、彼と私の名字は五十音順では近く、席も近かった。


『私は涼風星羅よ。あなたの名前は?』

『……冴無良平です』

『これからよろしくね、冴無君』

『は、はい』


 彼の目は初めて出会った時より、幾分かマシになっていたが、それでも彼はいつもぼんやりとした表情で、一人で過ごしていた。

 だから、毎日話しかけた。

 魔物が蔓延るこの世界では苦しいことがたくさんある。それでも、少しでも笑顔で生きていて欲しい。

 それが私の我儘であり、押し付けであることは理解していたけれど、この世界にも救いがあると思って欲しかった。


 相変わらず彼はクラスの皆と馴染もうとはしなかったけれど、ふとした時に笑顔を見せるようにはなった。

 少しずつだけれど、口調も明るくなった。タメ口で喋ってくれるようにもなった。

 それが嬉しかった。

 高校一年の終わり際には、彼の目には生気が宿っていた。


 二年生に上がる時に、クラスは別々になったけれど、もう不安はなかった。

 そんな矢先、彼に呼び出されたのだから驚いた。しかも、呼び出しの手紙はまるで脅迫状のようだった。


 まさか、本当に脅迫されるとは思っていなかったけれど……。


 その日からだ。彼――冴無良平が変わったのは。

 以前の様なタメ口ではなく敬語に。仲のいい同級生というよりは、崇拝する相手のように彼は私と接するようになった。


 その時の彼の目は私が知る彼よりもずっと生気に満ち溢れていて、何か大きな決意を感じさせるものだった。

 それがいい変化なのかは私には分からなかった。

 ただ、少しだけ寂しさと不安を感じた。


「あの、それで涼風さん話ってなんですか?」


 右からの声に顔を向けると、そこにはどこか緊張した様子の冴無君がいた。

 

「冴無君って変わったわよね」


 遠回しに聞くのもややこしくなりそうだったから、単刀直入に話を切り出す。

 冴無君は一瞬キョトンとした顔を浮かべた後、直ぐに納得したように手を叩いた。

 どうやら、彼自身も自分が変わったという心あたりがあるらしい。


「まあ、そうですね。やるべきことが決まったって言うか、大きな目標が出来たからですかね」


 そう言う冴無君の表情に陰りはない。

 つまり、冴無君は今の自分の状況にある程度満足しているのだろう。


「そう、それならいいわ」

「はい! え、話って終わりですか?」

「ええ。それじゃ、私は帰るわね。冴無君も汗をかいているのだし、早めに帰ってシャワー浴びた方がいいわよ」

「帰って直ぐに浴びます!」


 ビシッと敬礼する彼を横目に、ベンチから立ち上がり公園の外へ歩き出す。


 本当は、もっと聞こうと思っていた。

 どうして私への接し方が変わったのか、亀田君との件を私に何も言わずに行動した理由は何故か、今、生きることにどんな思いを抱いているのか。


 けれど、今の彼の強い意志を宿した瞳を見ていると、気が引けた。

 冴無君は「私が支えないといけない」と私が思っていた頃の彼とはもう違う。

 一人で何かを決め、行動に移すだけの理由を彼は手にしたのだ。

 なら、私が彼に干渉するのはこれからの彼の行く道を邪魔してしまうかもしれない。


 寂しさはある。

 去年一年を共にした冴無君のことを私は友人だと思っているから。

 でも、友人だからこそ冴無君の変化を私も受け止め、彼を応援しようと思った。

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