砲弾の降る街 1

 始まってしまった。

 二発、三発と、砲弾が着弾して爆発音が響いてくる。それは教室の中の空気すら震わせた。

「みんな落ち着いて。やられたのは遠く。ここは攻撃されていないから」

 動揺が広がりそうな中で、私は子供達をなだめる。なだめながら、私は窓に目を向けた。街の遠くに、黒煙が上がっている。

 もし子供達の前でなければ、砲撃を命じた者への憎悪を吐き散らしていたかもしれない。

 ――始まった。あの人は始めてしまった。

 いつかはと思っていた。でも前触れもなく始めるなんて。

「やられてるの、壁の中だよな。いつかここも」

 子供の一人が教室の窓を見ながら言う。

 子供達の不安を煽るように、またしても砲弾が着弾する音が響く。教室の窓ガラスが震え、子供達は教科書や鉛筆が床に落ちるのも気にせずに頭をかばい、悲鳴を上げている。

「死なせない」

 爆音に負けぬよう、私は声を張り上げた。子供達の悲鳴がやみ、視線が再び私に集まってくる。

「この先何があっても、あなた達を守る」

 こんな、罪などない子供達も傷つけるのなら、私は許さない。一方的な悪意を振るってくるのなら、それに負けたくなんて、ない。

 教室の扉が開かれた。

「エリス、入るぞ」

 現れたのは、アルザスだった。クランクハイトの研究施設に所属している、ナオトの研究仲間だ。

「アルザス、外はどうなってるの?」

「砲撃されているのは西部地区だ。全部の砲弾があの辺りに着弾している」

 西部地区、不穏な噂が絶えない一帯だ。学校からは距離があるが、日頃からあの一帯には近づかないように、私やムーテルはきつく子供達に指導してきた。

「どうすればいい?」

「ここにいるだけでも危ない。今は離れたところがやられているが、いつ攻撃範囲が広がるかわからないからな。子供達を連れて逃げるんだ」

「移動するの?」

 この学校や孤児院には砲撃をしのげるような地下室はない。もし砲弾が飛んでくれば、みんなが危ない。

「近くの山に向かえばいい。あそこには雨風をしのげる建物があるし」

 隔離街第一区の近くにある山には、クランクハイトが蔓延する前までホテルとして使われていた建物がある。当然、防疫壁が建てられてからはホテルとして使われなくなり、廃屋同然になったが、有事の際に逃げ込めるのではないか、と思っていた。実際、逃げ込めるように街の人が手入れをしているという噂もある。

「人がいない場所まで共和国軍が砲弾を撃ってくるなんて考えられないからな」

 それで、私の決心はついた。

 本当は火傷したミアを動かしたくはないけれど。

「みんな、アルザスの言うとおりにするわ。山に逃げるよ」

 子供達は怯えながらも、うなずいた。椅子から立ち上がり、教室から出ていく。

「私はナオトに声をかけてくる。後で追いつくから、みんなを誘導して」

「ああ。任せてくれ」

 私はアルザスと別れ、校庭を突っ切って孤児院のほうへと走った。孤児院の扉を開けて中に入り、ナオトやミア、ムーテルがいる寝室の方へと向かう。

 扉を開けると、三人がこちらを見てきた。

「子供達を連れて山に逃げるわ。ミア、動ける?」

「うん」

 ミアはベッドから降りた。

「逃げると思って、薬と最低限必要な食料は用意しておいたわ。私達も行ける」

 ムーテルは言う。見ると、ムーテルは膨れたリュックを足元に置いていた。

「ありがとう。私も持つから。ナオトは身軽でいて。いざという時には、子供達をお願い」

 ナオトは、腰に差している刀に手を添えた。

「ああ」

 今はただ、どこかの砲台から攻撃してきているだけだ。だが、どうもこれだけでは済まないような気がする。

 私はムーテルのそばに近づくと、リュックの一つを背負った。そしてミアの火傷していないほうの手を握る。

「他の子達は先に避難している。私達も急いで追いつくよ」

 わかった、とこの場にいる三人も応じ、私達は寝室を後にした。

 校門の外に出ていたアルザスと子供達に、すぐに追いつく。

「アルザス、待たせたね」

 私が声をかけた直後、また一発の砲弾が街に降り注いだ。子供達が足を止め、耳を塞ぐ。中には地面に伏せる子もいた。

「大丈夫よ。ここはやられていないから」

 ミアがすかさず声を飛ばす。子供達は立ち直った。止まった足を再び前に進め始める。

「ミアは本当に勇気があるね」

 私は褒めてあげる。ミアも、本当は砲弾の音が怖いはずだ。

「ここにいたら危ないし、急がないとだからね」

 ミアは私を見上げて、強がって笑みを浮かべてくる。ミアを安心させようと、私は親指でミアの手の甲を撫でてあげた。

 一方で、西部地区の方向に目を向ける。まだ、攻撃が集中しているのは西部地区のほうだ。あの辺りだけ、黒煙がいくつも空に向かって立ち上っている。

 私達はそのまま、広い通りに出た。隔離街第一区の中心を貫いている通りだ。通りの私達が今いる場所よりずっと先には、防疫壁の門がある。高さ二十メートルはあろうかという巨大な、壁の色に合わせた漆黒の金属の扉。四方十キロメートルにわたる巨大な檻の、唯一の入り口。そこから誰かが出て行くということは、まずありえない。

 そしてここは、すでに混乱した人達でいっぱいだった。

「すぐに逃げろ」

「共和国軍の攻撃だ! 何でいきなりきやがるんだ」

 逃げ惑う人達。中には、子供達にぶつかりそうになる者もいて、アルザスがとっさのところでかばっている。 

 ――どうか山に逃れるまでは、攻撃範囲が広がりませんように。

 私が祈った直後のことだった。

 砲弾が建物に直撃する音とは別の音が、隔離街第一区に響いた。巨大な機械が動作する音だ。何か重たい、金属でできたものが動いている。

「何だ?」

 私のすぐ前を行くナオトが、刀を握ったまま周囲を見やる。

「門が開いている?」

 アルザスも警戒していた。その目は、防疫壁のほうを向いていた。

 防疫壁の門が開くとすれば、クランクハイトの罹患者が新たに収容されるときだけだ。

 おかしい、と私は思った。

 ――こんな攻撃を加えている最中に、罹患者を収容するわけがない。

「エリス、妙だ。何かが起きる」

 ナオトも同じことを思ったようで、腰の刀に手を添えたまま門を見つめている。

 そして門は、完全に開いた。開いた先に見えるのは、人の群れ。しかも、大多数だ。百人、いや背後にもっと人がいる。

 彼らは全員、共和国軍の灰色の軍服をまとっている。それぞれが手に持っているのは、機関銃。

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瞬速の刀遣いと壁の向こうの呪術遣い 雄哉 @mizukihaizawa

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