第5話 願いが叶うダイヤモンド?(後編)

 ──「貴様!何をしている!」


 振り返ると、そこには紺色の髪の青年──アクシオの姿があった。

 チッ……よりによってこんな時に……!

 俺は内心舌打ちをする。


「今、トリプライトを盗んだだろう!それにその姿……『怪盗スクリーム』だな!」


 アクシオは鋭い視線でこちらを見る。


「あぁ、そうだよ……」


 俺はため息をつくと、肩をすくめて見せた。


「……どうしてこんなことをした?」


「……エピ…いや、ガーネットがちょっとな……」


「ガーネットが?……何だ、彼女に何があったんだ!?」


 アクシオは焦ったような声で尋ねてくる。


「あー……それはだな……」


 俺は言葉に詰まってしまった。

 まさか『ダイヤモンドに呪われている』とは言えない……。どうしたものか……。


「……言えないのか?だとしたら、尚更見逃す訳にはいかないな」


 アクシオは険しい表情で言うと、俺に向かって銃を構える。


「……はぁ。わかったよ……。言うから、とりあえず落ち着けって……」


 俺は両手を上げて降参の意を示した。……こうなったら、正直に話すしかない。


「……実は、ガーネットが『ホープダイヤモンド』を手に入れて、呪いにかかっちまったんだよ」


「なんだと!?」


 アクシオは驚いたように目を大きく開く。


「それで、俺はガーネットを助けたいと思った。トリプライトには『三つの願いを叶える』って言い伝えが有るらしいからな。だから、俺はこの宝石を使ってガーネットを助けようとしたんだよ」


 俺はそう言って、ハンカチに包まれたトリプライトを見せる。


「なるほど……。事情は理解できた……」


 アクシオは腕組みをしながら言った。


「だが、お前のやったことは犯罪だぞ」


「わかっている……。だが、どうしても助けたかったんだよ……」


 俺は俯きながら答える。


「それは……」


 アクシオは言葉を濁すと、黙り込んでしまう。

 ……コイツは、ガーネットのことが好きなんだったな……。救いたいのは同じなんだろうな……。


「頼む、この通りだ……!ガーネットの呪いを解いたら、俺を捕えても良い!だから、少しだけ時間をくれ……!」


 俺はそう言い、深く頭を下げた。


「……わかった。だが、一つ条件がある」


「……なんだ?なんでも言ってくれ!」


 俺は顔を上げると、アクシオの顔を見た。


に協力してくれ」


「協力?どういうことだ……?」


「……それは後で話す。今は、それを早くガーネットのところへ持っていくのが先決だ」


 は……?今、何て言った……?

 俺が何も反応しないのを見てか、アクシオは「今は!見逃してやると言っているんだ……!!」と怒鳴ってきた。


「あ……ああ!すまん、助かる!」


 俺はそう言い残すと、博物館から屋敷へと走り出した。


***

「エピカ!大丈夫なのか!?」


 俺は勢いよく部屋に入ると、エピカに駆け寄った。エピカの顔色は前に見た時より悪くなっている。


「エピカ……エピカ!しっかりしろ!」


 俺はエピカの身体を揺する。


「う……ストノス……?」


 エピカがぼんやりとした様子で尋ねる。


「良かった……。意識はあるみたいだな……」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。だが、油断はできない。早く、トリプライトに願いを叶えてもらわないと……!


「エピカ!これを持ってみてくれ!」


 俺はトリプライト原石を取り出し、エピカに手渡す。


「これは……?」


 エピカは不思議そうな顔をすると、トリプライトを握りしめた。

 だが、何も起こらない……。どうしてだ……!?


「おい、エピカ!何か変わったことはないか?」


「……特には……」


 エピカは首を傾げて答えた。


「そんなはずは……!」


 俺は頭を抱えてしまう。

 おかしい……。なぜ、変化がないんだ……?

 確かに情報では『三つの願いを叶える』って書いてあったはずだ……。なのに、呪いを解くどころか、効果すら現れていないなんて……。


「もしかしたら……原石のままじゃダメなのか……?」


 カットストーンに加工したものじゃないと、効果が発揮されないとか……。あり得る話だ……。


「くそっ……。仕方ない……。エピカ、一度トリプライトを置いてくれ……」


「えぇ……。わかったわ……」


 俺はトリプライトを受け取ると、「すぐに戻るからな……!」と声をかけて自室へ向かった。


***

 自室に着くと、早速俺は加工道具を使って、トリプライト原石を削り始めた。

 ……だが、これが難しかった。割れやすいという情報は知っていたが、これほどとは……。なかなか上手くいかない……。


「……よし!やっとできた……!」


 苦戦しながらも、ようやく原石をカットすることができた。カットされたトリプライトは、サーモンピンクの輝きを放っている。

 俺はそれをハンカチに包み込むと、急いでエピカの元へ戻った。


「待たせたな……。エピカ、今度は大丈夫だと思う……」


 俺はエピカにトリプライトを手渡す。


「ありがとう……」


 エピカはそう言うと、それを手に取った。

 俺は、エピカにかけられた呪いが解けることを祈る。


 ……すると、トリプライトから光のようなものが出て、エピカの身体を覆っていく。その光が消えると、彼女の顔色はすっかり良くなっていた。


「エピカ!良かった……!」


 ……本当に良かった……。俺は安堵のため息をつくと、エピカの頭を優しく撫でる。すると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。


「ありがとう、ストノス……。迷惑かけてごめんなさい……!」


「気にしなくていい……。無事だったんだからな……」


 俺は微笑んで見せる。……本当は、すごく心配だったんだ。でも、無事に済んだのなら、それで良い……。


「私、ダイヤモンドの呪いにかけられていたのね……。……それで、これが本物の『願いが叶う宝石』なの?」


 エピカはトリプライトに目を落として呟いた。


「ああ……。トリプライトは、『三つの願いを叶えてくれる宝石』と言われているんだ」


「三つ……?あと二つは何かに使ったの?」


「いや、まだ使ってない。エピカを救うのが、何よりも大事だと思ったからな……」


 俺はそう言って、苦笑した。


「そっか……。ありがとう……」


 エピカは照れ臭かったのか、視線を逸らすと小さく礼を言う。


「いいさ。……エピカの調子が戻ったら、トリプライトは元のところに戻すつもりだよ」


「……返しちゃうの?」


「ああ。盗んだものだしな……。ホープダイヤモンドも、返すのが良さそうだ」


 これ以上、呪いに振り回されるのはご御免だからな……。

 そんなことを思いながら、俺は答える。


「それもそうね……。残りの二つの願いを使い切るほど、私は強欲じゃないもの……」


 エピカはそう言って笑うと、トリプライトを眺めた。それは弱まることのない輝きを放っている。


「そうだな……」


 そんなエピカを見て、俺はそう言って笑い返したのだった。

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