第2話 ハラハラさせる休日

 翌日。俺たちは街に出ていた。


「ねぇ、まずは何から買おうかしら?」


 エピカはとても上機嫌だった。


「そうだな……」


 俺は辺りをキョロキョロと見回す。

 ……それにしても、人が多いな……。まぁ、休日だし当然か。俺はそんなことを思いながら、エピカの後をついて歩いた。


「ねぇ、これどうかしら?……あっ、これもいいわねぇ……」


 ……しかし、エピカのやつ、いつにも増してテンションが高いな……。まぁ、たまにはこういう日があっても良いか……。


「ねぇ、聞いているの?」


「あ、ああ……」


 やべぇ……全然話を聞いていなかった……。俺は慌てて答える。


「ねぇ、これどう思う?」


 エピカはそう言うと、手に持った服を俺に見せてきた。


「そうだな……。良いんじゃないか?」


「そうよね!やっぱりそうよね!」


 エピカは嬉しそうに笑っている。良かった……。


 その後、エピカは何着か服を選び、会計に向かった。そして戻って来ると、「次は靴を買いに行くわよ!」と言って歩き出したので、俺は後を追った。



 俺たちは靴屋に入り、しばらく店内を見て回った。

 ……お、これなんか良さそうだな。俺は一つのブーツを手に取った。


「なあ、エピカ。これ……」


 そこまで言いかけて、俺はエピカが不自然に固まっていることに気がついた。


「どうしたんだ……?」


「あ……ス、ストノス……!えっと……あそこに……」


 エピカは何かを指差して言った。その方向を見ると、そこには二人組の男女がいた。


「げっ……あいつらは……!」


 俺は彼らに見覚えがあった。紺色の髪の青年に、すみれ色の髪の少女──探偵アクシオと助手のレイアだ。俺たち『怪盗スクリーム』と『怪盗ガーネット』の宿敵だ。


「ここは、離れた方が良さそうだな……」


「そうね……」


 小声で会話を交わすと、俺とエピカは店を出ようとした。だが、その時、突然背後から声をかけられた。


「あれ?君は、この前の……。こんなところで会うなんて奇遇だね」


 振り返ると、そこにはアクシオの姿があった。アクシオはエピカに視線を向けると、笑みを浮かべた。


「君も買い物かい?」


「え、えぇ……。そんなところよ……」


 エピカはぎこちない笑みを浮かべている。


「そうか……。……ん?」


 すると、今度は俺の方を見てきた。


「そちらの男性は……?」


「ああ、彼は私の知り合いで……今日は一緒に買い物をしているの」


「そうなのか……?どこかで見たような気がするんだが……」


 アクシオは、いぶかしむような顔で俺の顔を見た。


「あ、あはは……き、きっと他人の空似ですよ!」


 俺は苦笑いしながら答えたが、内心穏やかではなかった。いくらカラコンを着けていないとしても、アクシオは探偵だ。……やばいな……このままだとバレるかもしれん……


「そうか……ならいいんだが……」

「じゃあ、私たちはこれで……」


 そうしてこの場を離れようとしたエピカに、再び声がかけられた。


「あら……?そこにいるのは、エピカさんですかっ?」


 見ると、レイアがこちらに駆け寄ってきた。エピカはビクリと肩を震わせると、恐る恐る振り向いた。


「委員ちょ……レ、レイア……!」


「やはり、エピカさんですよねっ!?どうしてここに……?」


「え、えーと……それは……」


 エピカは口ごもると、助けを求めるようにチラリとこちらを見てきた。

 え、俺が答えんの!?……仕方ねぇな……


「あー……。なんだ……俺は、付き添いみたいなもんだ。ほら、エピカはお嬢様だからな……。一人で出かけるのは危ないだろう?」


 俺は適当な理由をでっち上げた。半分は本当だが……。すると、レイアは納得したようにうなずいた。


「なるほど!そういうことだったんですねっ!」


「ええ、そうなのよ!」


 エピカはホッとした様子で言った。

 すると、レイアは俺に話しかけた。


「あなたは、エピカさんのご友人なんですねっ!私は、レイアと言います!よろしくお願いしますっ!」


「あ、ああ……俺はストノスだ。こちらこそ、よろしくな」


 俺は軽く頭を下げた。初めましてではないがな……なんてことは言わずにおく。


「それでは、私達は失礼するわね……」


 エピカはそそくさと立ち去ろうとしたが、またしても邪魔が入った。


「待ってくれ!せっかく会ったんだから、少し話をしないか?」


「そうですっ!エピカさんとも、もっと仲良くなりたいと思っていましたので!」


 二人はエピカを引き止めた。……これは困ったことになったぞ……!俺は焦りを感じていた。……どうするべきか……。


「そ、そうね……。でも、私たち買い物の途中だし……。」


 エピカがそう言うと、レイアはハッとして申し訳なさそうに謝った。


「す、すみませんっ……!引き止めてしまって……」


「いいのよ……。気にしないで」


 エピカは優しく微笑んだ。


「……それより、レイアに聞きたかったことがあるのだけど、いいかしら?」

「私に、ですかっ?」


 レイアは首をかしげている。


「そう。学校では眼鏡をかけているのに、どうして今はコンタクトなのかしら……?」


 エピカの質問に、レイアは「あぁ!」と手を打った。


「それは、アクシオさんの助手に見合った格好をするべきだと、思ったからですっ!」


 レイアは目を輝かせて言った。


「そうだったのか……?」


 アクシオは驚いたような顔をしている。これは彼も知らなかったようだ。


「はいっ!助手の私がしっかりしないと、アクシオさんの評判にも関わりかねませんから!」


「そうか……。そこまで考えてくれていたとは……。ありがとうな」


 アクシオは嬉しそうに笑っている。


「いえ!当然のことですから!」


 ……へぇ……。なかなか良いコンビじゃないか……。俺がそんなことを思いながら二人の様子を眺めていると、エピカから袖を引かれた。


「ねぇ、そろそろ行きましょ……!」


「あぁ、そうだな……」


 俺たちは二人だけで話し合うと、彼らに向き直った。


「それじゃあ、俺たちはこれで……」


「失礼させて頂くわ……」


 二人でそう言うと、俺はエピカの手を引いてその場を離れた。

 アクシオたちは、「機会があれば、また会おう」と言って俺たちを見送った。

 正直に言うと、そんな機会は訪れて欲しくはないが……


***

「ふぅ……。なんとかなったわね……」


 エピカは大きく息を吐くと言った。


「そうだな……」


 俺は同意すると辺りを見回した。どうやら、気付かれずに済んだらしい。……しかし、まさかこんなところで会うなんてな……。


「気づかれないとわかっていても、心臓に悪いわね……」


 エピカは疲れたような表情を浮かべた。


「ああ……。そうだな……」


 俺は苦笑した。


「そういや、あいつらも案外良いコンビだったな」


 俺は先程の光景を思い出しながら言うと、エピカは不満そうな顔をした。


「なによ、私達だって良い相棒バディでしょう?」


「そうだな……」


 俺は思わず笑みを浮かべた。


「……な、なによ!ニヤニヤして!……まったく……」


 エピカはそう言いながらも、どこか嬉しそうだ。


「……さあ!買い物を続けるわよ!次は靴屋に行くんだから!……あ、ストノス!早く来なさいよ!置いていくわよ!」


「ああ、今行くよ……」


 エピカは俺を呼ぶと、楽しげに歩き出した。俺はその後を追う。

 結局、この日は夕方まで買い物をしたのだった。

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