第5話 獲物を狙う瞳の色は

「次のターゲットが決まったわよ!!」


 部屋に入って来るなり、エピカは大声で言った。

「はいはい……。」

 俺は適当に返事をする。

 エピカは、ドヤ顔で続ける。


「今回のターゲットはコレよ!」

 エピカはそう言いながら、パソコンを操作する。すると、画面に一人の男の姿が映し出された。


「コイツの名前は、カルマン・ストゥニス。年齢は26歳。職業は宝石商。まぁ、平たく言えば、金持ちね……。」

「へぇ……。金持ちか……。」

 俺は思わず感嘆の声を上げる。

 エピカは得意げに説明を続ける。


「彼は、かなりの数の原石を集めているみたいなの……。だから、一つくらい盗んでも、気づかれないだろうと思って。」

「なるほど……。それで、今回はどうやって盗むつもりなんだ……?」

 俺は疑問を投げかける。


「そうね……。まずは、彼が所有している倉庫に侵入するわ……。」

 エピカは自信満々に答える。

「……それなら、下見に行った方が良いんじゃないか?」

「いいえ……。彼は警戒心が強い人らしいの……。それに、彼が所有しているのは、大きな屋敷なの……。」

「屋敷か……。そりゃ、侵入するのは骨が折れそうだな……。」

「うん……。そこで、貴方の力を借りたいの……。」

「俺の……?」

 俺は驚いて聞き返す。


 エピカは真剣な眼差しで俺を見つめて、話を続けた。

 エピカの話によると、彼女が警備を引き付けている間に、俺が侵入する手はずになっているようだ。

 俺は少し不安になる。


「でも、そんなことできるのか?お前は一応女だし……。」

「大丈夫よ!ちゃんと作戦があるから……。」

 エピカは余裕そうな表情をしている。

「そうなのか……。」

「それで、協力してくれるかしら……?」

「ああ……。もちろんだ……。でも、危なくなったら逃げるんだぞ……。」

「わかっているわ……。じゃあ、また後でね……。」

 エピカはそう言って、部屋を出て行った。


(本当に大丈夫だろうか……。)

 俺は少し不安になった。

 だが、作戦は今夜だ。今更、悩んでいる暇はない。

(とりあえず、いつも通りに過ごそう……。)

 俺は気持ちを切り替えて、庭師の仕事をすることにした。


***

 そして、夜がきた。変装したエピカが扉を開ける。


「準備は良いかしら?」

「あぁ……。いつでも行ける……。」

「じゃあ、行くわよ……。」

 エピカはそう言うと、窓の方へ向かう。

 俺はその後を追う。

 エピカは窓から外に出ると、屋根の上を走る。

 ストノスもそれに続いて、屋根の上に登る。

 そして、二人は屋敷の裏手に回る。


(ここだな……。)

 ストノスは周りを確認する。

(よしっ……。誰もいないな……。)

「じゃあ、行くわよ……。」

 エピカは小声で呟く。

「ああ……。」

 ストノスが答えると、エピカは正面玄関に向かって走り出した。

 ストノスもそれに続く。


「ん……!?なんだお前たちは!!止まれ!!」

 警備員は叫ぶ。

 エピカは立ち止まる。

(やっぱり、止められるか……。)

 ストノスは心の中で呟く。

(まぁ、予想通りだけどな……。)


「何者なんだ!貴様らは!」

 警備員は怒鳴る。

「フフッ……。私たちは怪盗よ……。」

 エピカは不敵な笑みを浮かべる。


「怪盗だと……。ふざけるな!逮捕してやる!」

「残念だったわね……。私たちは逃げさせて貰うわ……。」

 エピカはそう言うと、再び駆け出す。ストノスもその後に続いた。

 エピカは、ポケットから催眠薬の入った瓶を取り出すと、それを警備員に向けて投げた。

「ぐあっ……。なんだ……。眠気が……。」

 警備員はフラつく。

 その隙に、二人は屋敷の中に入っていった。


***

「ふぅ~……。なんとか入れたな……。」

 俺は安堵の声を上げる。

「そうみたいね……。でも、油断しないで……。」

 エピカの言葉を聞きながら、俺は辺りを見回す。


「どうやら、大丈夫そうだな……。」

「えぇ……。今のところはね……。」

 エピカも警戒しながら言う。

 その時、後ろから足音が聞こえた。振り返ると、一人の男がいた。


(アイツ……。昼間どこかで見た顔だな……。)

 俺が思い出そうとしていると、エピカが小声で声をかけてきた。

「カルマン・ストゥニスだわ……。コレクションを見に来たのかしら……?」

「えっ……?そうなのか?」

 俺は驚きの声を上げる。


「ええ……。おそらくね……。でも、丁度良かったわ……。このまま隠れていればやり過ごせるかもしれない……。」

「そうだといいけどな……。」


 しかし、俺の願いは虚しく散った。

「ん……?誰かいるのか……?」

 カルマンは俺達の存在に気づいてしまった。

「チッ……。気づかれたか……。」

 俺は舌打ちをする。


「仕方ないわ……。強行突破するしかないようね……。」

 エピカは覚悟を決めたような表情で言う。

「そうだな……。行こう……。」

 俺達は、カルマンの方に近づいていく。


「誰だ!お前たち!」

「私は怪盗よ……。」

 エピカは堂々と答える。

「怪盗……?そんな馬鹿げた話があるわけないだろう!さっさと、ここから出ていけ!」

「あら……。信じてくれないのかしら……。」

 エピカは悲しそうな表情で呟く。


「当たり前だろ!いいから、早く帰れ!」

「そう……。わかったわ……。」

 エピカがそう言った瞬間、俺は飛び出して、麻酔銃を撃った。


「なっ……!?なんだ!?体が……。」

「ごめんなさいね……。」

 エピカはそう言うと、開いているケースから原石を一つ取る。


「おい……。それは、大事な物なんだ……。返してくれ……。」

「嫌よ……。これは私が貰ったんだもの……。」

「待ってくれ……。頼む……。」

「ウフフッ……!それでは、ごきげんよう……♪」

 エピカは笑顔で手を振る。そして、俺の手を掴んで、窓から飛び降りた。


「ちょっ……。う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

(まずい……。死ぬ……。)

 俺は死を覚悟した。だが、衝撃はなかった。


「なっ……。なんでだ?」

 俺は驚いて、目を開ける。すると、エピカが俺を抱きかかえて、空を飛んでいた。

「ちょっと……。危なかったわね……。もう少しで、落ちるところだったわよ……。」

 エピカは少し怒ったように言う。


「すまない……。助かった……。」

「もう……。この衣装には、パラグライダーが付いてるって、言ってたじゃない!あなた、重いから、自分で飛んで!」

「ああ……。忘れていた……。」

 エピカに言われて、俺は自分のパラグライダーを開く。


「しっかりしてよね……。」

 エピカはため息をつく。

(確かに言われれば、そうだったが……。まさか、急に飛び降りるとは思わなかったんだよな……。)


「ところで、あの男は大丈夫だったのか……?」

「えぇ……。大丈夫よ……。あなたが撃ったのは麻酔銃。それで眠らせただけだから……。」

「そうか……。なら、よかった……。」

「それより、早く帰りましょう!私も疲れちゃったわ……。」

 エピカはそう言うと、地面へ降りて屋敷の方へ向かう。

「あぁ……。そうだな……。それにしても、凄いな……。この服……。」

 俺は、エピカに話しかけた。


「フフッ……。でしょう?……それにしてもあなた、やるじゃない!流石私の選んだ相棒バディね……。」

 エピカは不敵な笑みを浮かべながら、俺を見る。

「はは……。そりゃどうも……。」

 俺は苦笑いをしながら答えた。


 エピカは俺の手を掴む。

 そして、俺の手に何かを落とした。見ると、拳大の原石があった。

 その原石は、綺麗な緑色をしていた。


「これ……。さっき盗んだやつか?」

「そうよ。名前は良く見えなかったけれど、多分エメラルドの原石だと思うわ。」

「おぉ……。」

「フフッ、あなたの瞳みたいな色ね!」

 エピカは嬉しそうに笑う。

「そうか?……あぁ、今はこんな色のカラコンをつけてるんだっけ……。」


 俺は、怪盗として行動する時は、エピカから貰ったカラコンをつけていた。これをつけると、俺が別人に見えるようになるらしい。現に、盗みを働いていても、犯人が俺だと気づかれていないのだから、その効果は確かだ。


(……でも、何でエメラルドグリーンなんだ?)

 気になった俺は、エピカに尋ねてみた。


「なぁ、そういえば、何でカラコンなんだ?別に色が付いてなくてもいいと思うが……。」

「そんなの、色が付いていた方が可愛いからに決まってるじゃない!私の瞳は、地味な赤茶色だから……。」

 エピカは不満げな表情で言う。


「はは……。そういうことか……。……俺は、そのままの色も綺麗だと思うけどな。瑪瑙めのうみたいで。」

 俺は、思ったことをそのまま口にした。すると、エピカは驚いたような顔でこちらを見てきた。


「え……。それ、本当?」

(ん?……これ、セクハラになるか!?)

「あ、いや、変な意味じゃなくてだな……。」

 俺は慌てて弁解する。


「へぇ……。そうなんだ……。ふーん……。」

 エピカはニヤニヤしながら答える。

(……なんか、嫌な予感がしてきたぞ……。)

 俺は冷や汗を流す。


「まあいいわ……。……あ、話している間に着いたわね。それじゃ、私は部屋に戻るわ。」

 そう言うと、彼女は俺を置いて先に行ってしまった。


「お、おい……!……何なんだよ……。」

 残された俺は、独り言を呟く。そして、自分の部屋に向かった。

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