石化の謎

「王宮警備隊隊長のエドガーだ。アーサー王子直々の秘匿任務のために参上した!」



「え、エ、エ、エドガー様! ど、どうぞ、お入り下さい!!」



 エドガー隊長は堂々と王子の名前を騙って事件現場であるオールドリッチ家に入って行ってしまった。シレッと嘘をつくなぁ。



 でも憲兵さんも嫌とは言えないだろうなぁ。隊長はその気になればこの豪邸を--現状保存のために--囲んでいる魔法障壁なんて一刀両断で中の家ごと消し飛ばしちゃうだろうからなぁ。人類はなぜこの人を野放しにしているんだろう?



「お前でもさすがに王子あのアホの悪癖は知っているだろう?」



 長身でしかも大股で歩くエドガー隊長は、その後ろを必死で追いかけるボクに訊いてきた。



 王子の悪癖って何だろう?



 足の爪裏に擦り付けた人差し指の臭いを嗅ぐ、とかかな?



 とか考えていたのに、エドガー隊長はそんなボクを無視して勝手に語り始めた。せっかちな人だなぁ。



王子ヤツはあの変身能力を悪用し、事件関係者に化ける。あろうことか容疑者の中の1人に化けることすらあった。さすがに犯人には化けないようだがな」



 あー、そっちかぁ。



「じゃあ今回も?」



「ああ、最前線で事件を楽しむためには手段を選ばんヤツだからな」



「でも、それでも事件を解決に導いちゃうんでしょう? それを楽しみにしている王国民を多いみたいですし」



 ドンッ!!



 と大きな音が響いた。エドガー隊長の足元からだ。



「そんなことは憲兵に任せておけばいい! 一国の王子が直々に出向いてまですることか! そんな隙があるなら国の仕事をしろ! 国の!!」


 おぉ、ムッチャ怒ってる。でも大理石の床を踏み砕かなかった程度の力加減は出来たらしい。偉いぞ、隊長。よく耐えた。



「じ、事件関係者は全員この先の広間に集めてあります」



 震えながらもビシッと敬礼した憲兵さんに隊長は軽く手をあげて応え、歩を先に進めた。



 ◇ ◇ ◇



『おぉっとぉ。ここで、神獣殺しバチあたりエドガーの登場ダァーーッ!』



 解呪現場の広間に足を踏み入れると、マイクを持った速報隊のお姉さんがボクたちに気づいた。一応公務員なのにこのノリ。いいじゃないか。嫌いじゃない。



 二つ名あだ名を呼ばれたエドガー隊長はピクリと片眉を跳ね上げたが、その内心はどうあれ、カメラに向かって僅かに微笑んだ。全国放送中だからだろう。家でエラリィボクのお姉ちゃんが見てるかも知れないしな。



 エドガー隊長とボクのお姉ちゃんは両思いなのだ。本人たちは誰にも気付かれていないと信じてるみたいだけど。



 ちなみにこの二つ名は王国内はもちろん広く国外にも知れ渡っている。



 言うことを聞かない悪い子には母親が「バチあたりが来るよ!」と脅すらしい。



 みんなに愛されているようで名付けたボクも鼻が高い。



『お茶の間の皆さん! エドガー隊長がここにいるということは--』速報隊のお姉さんがマイクを持っていない左拳を高々と掲げて叫んだ。



『探偵王子、アーサー様が既にこの現場にいらっしゃるということダァーーーーッ!!』



 この声に現場が湧いた。憲兵さんたちや容疑者と思われる人たちの何人かも。王子、大人気だなぁ。



 この直後、速報隊のお姉さんが事件のあらましを語り出した。その内容はこうだ。



 今朝5時ごろ、メイドドロシーさんエルフの女性ハリエットさんが隣のベッドで石化されているのを発見。すぐに執事ウォーレンさんに報告。



 ちなみに石化すると相当重たくなるようで、ベッドが縦に真っ二つに折れて、石像が床まで沈み込んでいたそうだ。



 執事はドワーフの庭師ゴードンさんに命じて『離れ』に住んでいるご主人マーカスさんと客人として泊まりに来ていた魔獣使いノエルさんを執事室に連れて来させ、二人を問いただした。



 だけど二人とも「身に覚えがない」と犯行を否定しただけでなく「石像が1体盗まれた」と騒ぐので、憲兵に通報。



 その後、この邸の奥様ブリアナさんが秘書のエルフの男性カーティスさんが自室で石化されているのを発見。



 奥様は一緒に朝食を摂るために、毎朝エルフの男性を起こしに行っているそうだ。



 奥様は慌てて執事を呼んで解呪の出来る人を探させた。



 そうして大金に目が眩んだ大賢者シンディおばあちゃんがやってきて現在に至るってわけだ。



「クソがぁッ! なんで石化が解けねぇーんだよおッ! この程度の魔法で大金貨100枚(異世界のとある国だと約1億円の価値)貰えるチョロい依頼だと思ったからわざわざこんな所まで来てやったのによおッ!!」



 と、シンディおばあちゃんは全国放送中にも関わらず叫んだ。魂の叫びだ。正直な人だなぁ。



 いやいや、今はおばあちゃんはどうでもいい。ボクは先ほどの説明でいくつかの疑問が湧いたので、それを訊くためにメイドのドロシーさんに近づいた。



 詳しい話を訊きたい、と伝えるとドロシーさんはキラキラと目を輝かせた。



「え? え? ひょっとしてして貴方が王子--」



 ボクはそんなドロシーさんの言葉を遮るべく、自分の唇に立てた人差し指を当てた。「今は、クリスで」と言葉も添えて。



「は、はい!」



 うんうん。どうやら勝手にボクのことを王子と思い込んでいるらしい。これは都合がいい。



「おい、何をやっている?」



 エドガー隊長がボクを訝しげに睨んだ。



「王子捜索の糸口が掴めそうです。ついでに王子よりも先に犯人を当てちゃいます?」



「出来るのか?!」



「多分」



 そう言うとエドガー隊長はクククと笑った。悪い顔してるなぁ。



「いいだろう。存分にやれ!」



 よし、お墨付きも貰ったし、早速ドロシーさんに訊いてみよう。



 Q1. 隣で寝ていたのにベッドが壊れる音に気づかなかったのか?


「最近、寝付けないのでハリエットさんに眠りスリープの魔法をかけてもらっています。お陰で朝までぐっすり眠れています。奥様にも時々かけているって言ってました」



 Q2. 何の石像が盗まれた?


「ペガサスです。正確には石像じゃなくてモンスターを石化したものなんです。ご主人様は魔獣使いのノエルさんが連れてきたモンスターを、飼っているメデゥーサの首に石化させて、それを『離れ』に飾るのが趣味なんです」



 Q3. あの重いエルフの石像をどうやって広間まで運んだ?


「あれは庭師のゴードンさんが一人で運んでくれました。ゴードンさんはドワーフだけあって凄い力持ちで、前も庭で大きな石柱を2本も肩に担いで平然と歩いてましたから」



 Q4. なぜ奥様が秘書を起こしに行っているのか?


「あー、その、それは……カーティスさんが奥様のお気に入りだからです。以前、旅行に行ったときに付いたガイドがカーティスさんだったんです。一目惚れした奥様はカーティスさんには奥さんがいるのに強引に連れて来てしまって……それに腹を立てたのが執事のウォーレンさんです。それまではウォーレンさんが奥様のお気に入りだったんですから。あと……奥様はカーティスさんの部屋の合鍵を持っています。ですがその鍵は誰も見たことがなくてどんな形をしているのかも知りません」



 Q5. カーティスさんはご主人のマーカスさんの『離れ』に行ったことはある?


「あります。と言うかよく行ってますよ。『お陰でポーズのやり直しが出来た』て、ご主人様が大喜びしてました。え? ご主人様はカーティスさんを恨んでないか、ですか? あー、それは無いかも、です。ご主人様は石像の趣味さえ許してくれれば奥様が何をしていてもどうでもいいって人ですから」



 Q6. 他に気になったことは?


「……実はですね。アタシ、見ちゃったんです。ハリエットさんとカーティスさんが柱の影で抱き合っているところを。しかも、ハリエットさんがこの邸に来て早々に、ですよ。あ、ハリエットさんはここに来てまだ1ヶ月なんです。しかしカーティスさんも手が早いって言うかモテるって言うか。これを知ったらウォーレン様が怒るんじゃないかなぁ。え? なぜって? だってハリエットさんを連れてきたのはウォーレンさんなんですから。奥様への腹いせに美人の彼女を作ったと思ったら、そちらもカーティスさんに盗られちゃったなんて。こんなこと絶対にウォーレンさんには言えません」



「なるほどね」



 大体分かってきた。あと、あのドワーフ。ボクの記憶違いじゃなければ……。



「ひょっとしてゴードンさんは以前は他の仕事に就いていたんじゃ?」



「さあ? それは本人かウォーレンさんに訊いたほうが早いかもしれません。あの二人は幼馴染だそうですから」



「ああ、そうするよ」ボクはドロシーさんにお礼を言ってその場を離れようとしたが--。



「あ、ウチの家系は子沢山で、しかもみんな元気に育っています。ですからアタシも丈夫な子をバンバン産む自信が有ります!」



 と、顔を赤らめながら言った。そうなんだ。どうでもいい情報をありがとう。



 それはさておき、ボクはゴードンさんのところに挨拶をしに行った。



「はじめまして『ユリシーズ』さん」



 * * *



 さて、パズルのピースはほとんど揃った。



 解く謎は5つ。



 ①犯人は誰か?


 ②解けない石化の理由。


 ③密室だったカーティスさんの部屋にどうやって入ったか?


 ④ペガサスの像はどこに消えたか?


 ⑤そして、王子は誰か?



 以下、解決編に続く!

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