11. 殼回り ~🦋5頭


 五百旗頭いおりべの翅がしゃぼん玉のしっとり風景を映す透明から、細い葉脈のような筋が見える柔らかな透明の――ウスバカゲロウのような翅に変化した。

 まるで淡いステンドグラスを見ているような清廉な翅色だった。






 五百旗頭は人間だった頃、自分の死体を想うと胸の内に空回りを感じた。


 空想の中にはよく業務用冷凍庫があった。


 鈍い銀の長方形が五百旗頭の全身を冷たく湾曲させて映し出す。

 仰々しい扉を開ければ、カチカチに凍った死体。

 冷気が床に流れ落ちてくる。


 そこに五百旗頭の死体があった。


 瞼は捲れ上がって、緑と白に縁取られた半眼が覗く。

 目元が陥没しているので眼球の形が皮膚の上からでも見て取れる。

 頬骨の下がこけて皮膚だけが弛んでいる。


 首や手首足首の血管が集中する箇所には静脈が浮き出ていて、丁度その上と、腰元を銀の金具で留めて、身体を立たせていた。

 指先が不自然に曲がっていたり、頭がうつ伏せ加減なのはご愛嬌だ。


 炎に溶かされた蠟が垂れて膜を張ったようにぬらぬらした裸体。

 完璧に冷凍されていて死臭がしないことが少々寂しい。


 ……そんな幻想が一瞬の内に脳裏を支配し、しびれさせ、消える。


 そうやって自身の死体を想う時、甘美な夢が伴う。

 それは希死念慮の対極にある気がしてならない。


 そこには背骨を直接、氷が滑り落ちていくようなおぞましい心地が付き纏う。

 身体は火照り出すが、思考は上滑りして乾いていく。


 思考の有り様は例えれば風見鶏だ。

 風に当たれば向きを変える。どんな風も柔軟に受け流すが、決して空に飛び立つことはできない。


 カラカラカラ、カラカラカラ、カラカラカラ……。






 五百旗頭が慣れ親しんだ死を呼び覚ます気配が、今夜、土中から聴こえた。


 カラカラカラ、カラカラカラ、カラカラカラ……。





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