10. 蜂蜜レモン ~🐜6匹

 四日目。片貝かたかい寧夢ねむは姉が行方知れずになった事を知った。


 それでも意気消沈する暇もなく、幻影虫としての本能が”仕事”を優先した。


 午後に宇丈うじょうが前脚に光る液体の雫を持ってきて、寧夢に飲ませた。


「少しは気持ちが落ち着くと良いが……」


 それは甘やかで、しかししつこくない爽やかな後味だった。

 現実世界にある蜂蜜と近いようで全く違う。


 人間だった頃、初夏の中庭で勉強に励む寧夢のため、姉がよく手ずから作ってくれた蜂蜜レモンを思い出した。


 バースプーンが硝子コップに弾かれ、氷が涼しい音色を奏でていた。ライトイエローのジュースがふわりと香った。


 いつも当たり前のようにあった思い出の景色が、懐かしく尊く寧夢の胸を焦がした。


 宇丈は”仕事”の合間を縫って寧夢に金色の雫を与えた。


 違和感を覚えたのはじょうには一滴も与えようとしない事だ。


「宇丈さん、わたしはもう充分。丈君にも分けて下さる?」


 そう申し出ても「いや、今一番大変なのは寧夢ちゃんだから」と聞き入れなかった。


 丈はそのやり取りを遠目で見ていて、しまいにはそっと目を伏せた。






 五日目。丈の様子が奇怪おかしかった。


「もしかして丈君。からだの調子が悪いんじゃなくて……?」


「大丈夫。ちょっとふらついただけ」


 明らかに弱っていた。寧夢は、丈を飢餓感が襲っているのだと悟った。


「丈君、飲んで。少しでも元気をつけて……」


 そう言って宇丈から貰った雫を差し出そうとすると、即座に宇丈から取り上げられた。


「駄目だ、これは寧夢ちゃんが全部飲む物だから」


 丈は自身の兄のそんな姿を一瞥して、背を向けた。


 寧夢は気分が悪くなった。

 飲み過ぎた蜜の甘さが喉の奥に絡んでえた心地が沸き起こっていた。





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