糸にひかれて

砂漠の使徒

第1話

「なんか稼げそうな依頼ねーかなー?」


 俺はカーター。

 しがない冒険者だ。

 日々魔物を倒し、そこで得た金でなんとか食いつないで暮らしている。

 そんな俺だから、もちろんパートナーなんているはずもない。

 巷で噂の勇者様と違って一般人の人生なんてこんなもんさ。


「ちっ、ろくなもんがねぇな」


 スライム倒したくらいじゃ、じゃがいも一個も買えやしねぇ。

 昨日だってなんにも食ってねぇんだぞ。

 その日の食い物をなんとか確保するために血眼になって依頼を探す。


「おっ、なんだこれ?」


 初めて見る依頼だ。

 まだ貼られたばかりのピカピカの紙には見知らぬモンスターの名前が書かれていた。


「アラ……クネ?」


 なんじゃそら。

 姿や能力の検討もつかない。

 だが、報酬が馬鹿みたいに高い。


「やるしかねぇな」


 俺は晩飯に肉が食えることを想像し、ニヤリと笑った。


―――――――――


「え〜とっ?」


 たしか情報ではこの森に出るらしい。

 幸いにもここは俺の庭みたいなもんだ。

 スライムやオオカミ、運が良ければ魔物化した熊を狩ったこともある。

 とはいえ、ここで新種の魔物を見つけることはあまりない。

 せいぜい既存の動物や魔物の亜種くらいしか見ないな。

 そんなわけで、アラクネがどこにいるかは不明だ。


「おーい!」


 噂によるとアラクネは上半身が人間の女で、下半身がクモの魔物らしい。

 俺は虫が嫌いってわけじゃないが、少し不気味だな。

 下半身も女なら大歓迎なんだが……。

 いや、女は嫌いだ。

 みんな俺のことをばかにするんだ。

 まあ、性格の悪さは自分が一番わかってる。

 勇者様みたいに社交的だったら……。

 おっと、脱線しすぎた。

 アラクネ捜索を続けるか。


「ここか?」


 クモなら木の根元にいたりしないか?

 しゃがみ込んで、木のうろを覗き込む。

 が、そこに普通のクモやダンゴムシはいても魔物の影はない。


「ったくどこに……って、ん?」


 木の幹に白い紐が巻き付けられている。

 何週か巻いて、その先は森の奥へと伸びている。

 不思議に思った俺はそれに触ってみる。


「うげ……ベタベタしてやがる」


 力を込めないと手が糸から離れない。

 まるでクモの糸のよう。


「待てよ」


 これこそが探し求めているアラクネの巣じゃないのか?

 ここまで太い糸は見たことがない。

 目的の魔物じゃなくとも、巨大クモの素材なら珍しくて高く売れそうだ。

 俺は糸をたどっていき、本体に会うことにした。


―――――――――


 しばらく歩くと、糸の本数が増えてきた。

 最初に見つけたものの他にも木や岩に巻き付く糸が周りに何本か見える。

 そしてそれらはすべてある一点へと向かっている。

 いくら馬鹿な俺でもわかるぜ。

 行き着く先は。


「巣の中心だな」


 クモの巣ってのはそんなもんだ。

 問題はそこにアラクネがいるかどうか。

 いるなら食われないように警戒しとかないとな。

 俺は腰の長剣に手を添える。

 相手がクモってことは相当素早いはずだ。

 それに、糸で攻撃してくる可能性もある。

 しかし、糸はこの剣で斬れる……はず、だから問題はない。

 あれ、そういや糸で思い出したんだがここまで見てきたが縦糸しかないな。


「横糸もあるよな……?」


 クモの巣って縦と横の糸が組み合わさってできているはずだ。

 ここまですんなり来れたのはいいが、本来は行く手を阻むように横糸が……。


「あら、よく気づいたわね」


 どこからともなく妖しいゆったりとした女の声がした。

 危険を感じ反射的に振り向きかけたが、体がガッチリと固められて動けなくなった。

 かろうじて動く首を下に向けると、クモの糸が巻き付いている。


「勇敢な冒険者が多くて嬉しいわぁ」


 スルスルと目の前から糸を引きながら降りてきたのは、探していたアラクネだ。

 まんまとクモの巣に捕まってしまったようだ。


「さぁ、あなたも私の糧になるのよ」


 木の上へと逆さに吊り上げられる。

 為すすべもなく。

 周りには繭がいくつか浮かんでいる。

 彼らも被害者だろうな。

 俺みたいな底辺冒険者が挑むには荷が重かったわけだ。


「……俺らしい最後だな」


 魔物を倒すことで生き、魔物に倒される。

 これでよ……。


「ちょっと待ちなさい!」


 ……ん?


「それ、私が目を付けてたのよ! 勝手に手を出さないで!」


「は? 先に仕留めたほうのものでしょぅ?」


「でもほら見なさい! 私の糸が付いてるでしょ!? 予約済みよ!」


 なんだ、仲間割れか?


「もぅ〜、しょうがないわね。あんな貧弱そうな餌、上げるわ」


「ぐわっ!」


 俺を吊っていた糸が切れて、地面に叩きつけられる。

 助かったのか?


「さ、来なさい」


 ズルズルと別のアラクネに引きづられていく。

 これは助かったとは言えないな。

 どうせこいつに食われてオワリだ。

 ちょっとばかし寿命が伸びただけ。


「はぁ……」


 神様がくれたこのわずかな時間。

 両親への感謝でもしておくか?

 あまり親孝行はできなかったが、産んでくれて感謝している。

 ありがとよ。


「もうここなら大丈夫ね」


 どうやら巣に着いたらしい。

 目の前には切り株でできたテーブルがあり、その近くに俺は投げられる。

 早速食事の時間だ。


「さぁ、早く食ってくれよ」


 無駄に長生きなんてしたくない。

 死ぬなら一思いにやってほしい。

 俺はアラクネがそうしてくれることを願った。


「あら、だめよ」


 だめ、だと?

 ともすれば、最悪な結末か。


「あなたには長生きしてもらわないと」


「……」


 どういう魂胆だ。

 もしかすると、こいつは今空腹ではないのかもしれない。

 俺が食われるのは、次の飯のときか?

 だが、長生きしてもらうとはどういうことだ?


「いろいろあって疲れたでしょ? ほら、これ食べて」


 アラクネが頭上にぶら下がっている餌の中からウサギを取り、テーブルに放り投げた。

 そして、それを器用な手さばきで食べやすいサイズに切り分ける。


「うぅ……」


 もう何週間も肉を食っていない俺はよだれが出た。

 食べてと言ったからにはもらっていいのだろう。

 最後の晩餐だ。

 肉を食って死ねるなら満足。


「だが……どうやって食うんだ?」


 未だに体には糸が巻き付いている。

 文字通り手も足も出ない。

 アラクネは天然なのか知らないが、気づいていなかったようで。


「あ、いけない! 手が縛られていたのね!」


 などと言い出した。

 それくらいの配慮はあるようで一安心。

 けれども、鋭い足先は俺を縛る糸ではなく肉に向かう。


「それじゃあ……あーん」


 これは想定外だ。

 糸をほどくわけではないのか。

 いや、ほどいたら逃げるかもしれないからそりゃそうか。

 俺はアラクネが口に運んできた肉を食うことにする。

 まさか人生最初で最後の「あーん」が、アラクネからとはな。

 こりゃあ、いい冥途の土産になるぞ。

 それに、アラクネってのは近くで見るとうら若き乙女のような顔立ちでなかなかかわいい。


「んっ」


 余計なことを考えている間に肉が入ってきた。


「どう?」


 小首をかしげて、俺の様子を伺ってくる。


「おう、うまいぜ」


 味付けや調理はこの際仕方ない。

 食えただけでも十分だ。

 そっけない肉を、これが最後だとかみしめる。


「あの、食べながらでいいので私のお話聞いていただけませんか?」


「ん? あぁ、おう」


 やけに改まってやがるな。

 お仲間さんと話していた時のアラクネっぽさが抜けてきている。

 普通餌である俺に対してこんな態度とるか?


「私、あなたのことが好きなんです」


「へー……って、ええ!?」


 今聞き間違いじゃなければ、好きって言ったよな!?


「ど、どういうことだよ!」


 アラクネと人間で種族も違うし、しかも初対面の俺に好きって意味が分からない。


「驚きますよね……。私みたいな気味の悪い魔物が告白なんてしてきたら……」


 しょんぼりとうつむくアラクネ。


「いや、そんなことは思ってねー。なぜ俺が好きなのかを聞かせてくれ」


「はっ、はい! わかりました!」


 少し考え込んでから、アラクネはゆっくりと話し始める。


「アラクネの寿命は長く、私はこの森でもう何十年も暮らしています」


「そうなのか」


 見た目は乙女だが、歳はおばさんくらいってことか。

 ……それを言うと殺されそうだから黙っておこう。


「ある日、私は森で魔物を狩るあなたを見つけました」


「ふむ」


「あのときの私は空腹ではなかったので、退屈しのぎに観察していたんです、人間を」


 逆にお腹が減っていたら俺は殺されていたってことか。

 背筋がぞっとする。


「数日間人間を見て来たのですが、その中でもあなたが最も素晴らしく……一目ぼれしました」


 一目ぼれ……ね。

 紅く染まった頬に手を置くアラクネの言動からは、嘘偽りは感じられない。

 しかし、聞かずにはいられなかった。


「こんな俺のどこに魅力を感じたんだよ、お嬢ちゃん? 俺はもういい年したおっさんだぜ? 勇者のように強さもなく、性格だっていいわけじゃねぇ。日銭を稼ぐだけの姿があんたにどう映ったんだよ?」


 俺は本音をぶちまけた。

 周りと比べて優れたところなんて一つもねぇ、つまらない人生だという思いはいつも心の奥底で渦巻いている。

 目前に迫る死の影が変な勇気を俺に与えやがったんだ。

 もちろんこの返答で死ぬことも覚悟している。


「私、あなたのそういう謙虚さが好きなんです」


「……謙虚」


「人間はとても醜い生き物です。富や名声のために必要以上のことを働きます。しかし、あなたは違うように見えました。だからこそ、惹かれたんです」


 言い分はわかった。

 俺の生き様も、いいように捉えればそう映るらしい。

 異種族の考えも悪くねぇと思い始めた。


「けどよぉ、俺の全てを認めてくれているのは嬉しいが、異種族の俺達がうまくやっていけるのか?」


 さっきだって、仲間のアラクネは俺を食おうとしていた。

 こいつだって、俺を食いたくなるときが来るかもしれない。


「うぅ……、それはわかりません。でも! 愛があれば!!」


「……ふふっ」


 面白い奴だぜ。

 目を輝かせ、身を乗り出して主張する姿は俺の心を動かすのに十分な情熱だった。


「わかったよ、これからよろしくな」


「え! それってつまり!!」


「ここで断るなんて俺にはできねぇよ」


「あ、ありがとうございます!!」


 ペコペコと何度も頭を下げてくる。

 なんて健気な子なんだ、このアラクネは。

 

「私、人間が好きだなんて誰にも言えなくて……! 告白する勇気もなくて、いつも陰から見守っていたんですけど……!」


 涙混じりに語るアラクネを見ていると、こっちも泣けてくる。


「あなたが食べられそうになっているのを見て、居ても立っても居られなくなったんです……!」


「そうか、ありがとな」


 命拾いしたからではなく、純粋に俺を想ってくれているアラクネに心を動かされて笑顔になる。


「誰にも言えない恋を守るために頑張るなんて、最高じゃねぇか」


「えへへ……」


 照れ笑いを浮かべるその姿。

 これから俺達のドタバタ新婚生活が始まるのはもうちょい後の話だ。

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