馬鹿と思われるのは俺だけで良い
「伊表君?」
「んな?」
「何よその声、ってそうじゃなくてちょっと顔赤くない?」
「そうかぁ? 別に普通だと思うけど」
それは昼休みのことだった。
適当にボーっとしていたら委員長がそう声を掛けてきたのだが、確かに体が少し熱いような気がしないでもない。
実は今日、朝起きてから微妙に怠いなとは思っていたものの、こうしてあまり普段と変わらない様子で昼まで来たので特におかしいなとは思わなかった。
「熱とかあるんじゃない?」
「……いや、ないと思うけどな」
咳も鼻水も出ないし、頭痛や腹痛といった風邪特有の症状もないから大丈夫だろうとは思う。
それに放課後にはいつも通りツッキーとしてのバイトもあるし、本格的にしんどくなったら途中で抜け出しても良いだろうし、取り敢えず今は大丈夫なので委員長には心配しないでと伝えておく。
「むぅ……それなら良いんだけど」
「すまんな。でも本当に大丈夫だぞ?」
別に強がっているわけでもないので、委員長には安心してもらう他ない。
それから放課後まで特に何事もなく、デパートの手前で由香と舞の二人と合流してバイトの時間だ。
「咲夜君?」
「……………」
ちなみに、二人にも少し心配されてしまった。
委員長や理人も気付いていたようだが、本当に若干の怠さを感じる程度でピンピンしているので気にしないでくれと変わらず伝える。
「これは離れられないわね」
「そうだね。あたしたちが注意深く見ておかないと!」
……本当に大丈夫なんだけどなぁ。
っと、油断していたのが仇になったのか、ツッキーの着ぐるみを身に付けてバイトを初めて三十分ほどが経過した時だった。
「……こほっ!」
普通に咳が出るようになり、体が更に熱くなってきた。
まさか本当に風邪の症状が出てくるとは思わなかったので、流石にこれ以上続けて何かあった場合に色んな人に迷惑が掛かると思い、俺はおっちゃんに声を掛けて帰ることにした。
「由香、舞も」
二人にも事情を説明すると、彼女たちはすぐに心配をしてくれて早く帰った方が良いと言ってくれた。
もちろん、心配した通りじゃないかと小言も言われてしまったが。
それから俺はデパートの中に戻り、着ぐるみを脱いでから一応二人に誰か付いてほしいとおっちゃんに伝えて外に出る。
「……?」
最後にまた二人に挨拶をしてから帰ろうと思ったその時だった。
日傘を差した女性が由香と舞の二人の前に立っているのだが、どうにも二人から伝わる雰囲気に暗い何かを俺は感じた。
女性は黒髪を一つに纏めており、上品な所作もそうだがどことなく……由香に見た目が似ている気がする。
「……行ってみるか」
傍で遊んでいる子供たちも離れているし、やはり子供は敏感なのかあの空気の悪さを明確に感じ取っているようだ。
ゆっくり、少しずつ近づいていくとその話し声が聞こえてきた。
「全く、こんなところで何をしているかと思えば……バイトは別に良いでしょう。けれど外でまでそんな子と一緒なんて」
「母さんには関係ないわ」
「関係あるわ。女の子が好きだなんて言い出した時から私がどれだけ心を痛めたかあなたは分かっているの? どこで育て方を間違えたのか、どこであなたを変えてしまったのかとずっと考えているのよ?」
「だからそれが余計なお世話って言ってるのよ!」
あ~、どうやらあの人は由香のお母さんのようだ。
由香は言い返しているものの、やはり恋人の母親ということもあって舞は悔しそうに唇を噛むだけだ。
(……まあ、世間の反応ってああなんだよなきっと。同性愛というのは最近になって受け入れられてきた側面はあるけどやっぱり……)
俺が百合を好きだから別に良いじゃないかと思うと同時に、受け入れられないのもまた文句を言えることでもない。
だから俺があの人に文句を言う資格も、口を出すなと庇う資格もないんだよな悔しいことに。
「……けど、男としてあんな顔を見ちゃったら行かざる得ないよなぁ」
少しだけボーっとしてきた頭に喝を入れて、俺は二人の元に向かうのだった。
「二人とも、すまねえな残すことになって」
「あ……」
「……咲夜君」
由香と舞の表情は今までに見たことがないものだった。
ただ、悲しそうな表情の中に今の俺を見て心配そうにしてくれる様子も垣間見え、どれだけ優しいんだよと俺は苦笑した。
「あなたは?」
「あ、初めまして。自分、二人のクラスメイトっす」
「そう。じゃあ邪魔を――」
取り敢えず拙者、暴走します。
「ちょっと話が聞こえたんですけど、由香のお母さんなんですね。実は俺、お母さんに会ってちょっと言いたかったことがあるんですよ。娘さん、凄く良い人で最近知り合ったばかりの俺にも凄く優しいんですよ」
「……はぁ」
突然の長い言葉に母親は呆気に取られていた。
まあ俺としてもいくらクラスメイトとはいえ、いきなりこんな風に矢継ぎ早に言葉を口にする奴が目の前に現れたらこうなるよなと思いつつ、さり気なく二人の前に立って言葉を続けた。
「もちろん由香もそうなんですけど、その友達の舞も凄く良い子なんですよね。こうして二人と知り合って俺自身凄く良い出会いをしたなと思いますし、何より綺麗な女の子二人が仲良くしている姿は眼福ですし!」
「っ……あなた、二人の関係を知ってるの?」
俺ははいと頷いた。
「知ってますよ? その上で俺は二人のことを祝福していますし、こうして友人として付き合っています。別に二人の関係を知ったからと言って見方は変わらないし、何より大事な友人であることに変わりはないですから」
「……咲夜君」
「あ……」
それから俺はどれだけ言葉を重ねただろうか。
何度も口を挟もうとした母親がもう黙りなさいと怒鳴るくらいだったので、きっとウザいガキに思われたことだろう。
その端正な顔を歪めて舌打ちをした後、彼女はもう良いと言わんばかりに踵を返して歩いて行った。
「……その、すまん二人とも。余計なお世話だったら――」
その瞬間、ドンと二人が抱き着いてきた。
「そんなことないわ。ありがとう咲夜君」
「あたし……何も言えなくて、でも咲夜君が来てくれて……っ」
うっほ!
こいつは役得だぜぇ! なんてことを思ったが、やはり少しボーっとしているおかげで俺はまるで賢者のような心地で二人を受け止めていた。
「正直キモいかなと思ったけど、今は良いかなと思ったんだよ。ちょうどいい具合に頭がボーっとしてたし、何より二人のあの表情が見たくなかったから」
「……そんな風に見えたの?」
「あはは、確かに凄く悔しかったけど」
見えた見えたと、俺は苦笑しながら頷いた。
しばらく離れてくれそうにない二人、そんな二人を落ち着かせるようにポンポンと優しく背中を撫でながら、俺はこう言葉を続ける。
「やっぱり色々あるとは思うんだ。でもこれだけは言っておく――さっき言った言葉に嘘はないってこと。俺はどこまでも二人の味方で居るから」
「っ……」
「……うん」
「百合の園を守る騎士だからな!」
そうおどけると二人はやっと笑ってくれるのだった。
それから二人に離れてもらってすぐ、少しばかり体がよろけてしまい倒れそうになったのだが、ハッとした様子の二人に抱き留められてしまう。
「す、すまね」
「それは良いよ。でも顔が真っ赤だし」
「そうね。えっと……」
すぐにおばちゃんも駆け付けてくれ、二人が頭を下げながら俺を家に連れて帰ると説明し、俺が何を言うまでもなくおばちゃんが頷いたことで二人はすぐに帰り支度を纏めることに。
「……本当に帰るくらいは大丈夫だぞ?」
「ダメよ。絶対にダメ、送り届けないと安心できないわ」
「そうだよ。絶対にこれだけは譲れないから」
ということで、ひょんなことから二人に送り届けてもらうことになりました。
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