学校でも近くに
「……まさか、二人とバイトすることになるとはなぁ」
由香と舞がバイトに加わった翌日のこと、俺は改めて思い返していた。
別に二人が何をしようが口出しをする権利はないものの、流石に最近になって話をするようになった女子二人がとなると……ねえ?
「でも……なんか、良いよな」
二人に気があるわけではないのだが、傍に仲の良い同級生であり友人が居る中でのバイトというのはまた違った気分だった。
少しばかり気分はフワフワしてしまうものの、それでもいつも以上にバイトを楽しめているような気がしたのである。
「ま、楽しいに越したことは……おっと」
考え事をしていたからか、廊下の突き当りで他の生徒に軽くぶつかってしまった。
しかもその相手というのが少し因縁のある相手で、以前に由香と舞に対して色々と言っていたあの女子生徒だった。
「アンタ……ちっ」
ぶつかった相手が俺だと分かるや否や彼女は舌打ちをした。
これは大層嫌われたものだなと苦笑したものの、特にそのことに対して思うことはなかった。
「すまね」
まあでも、ぶつかってしまったことは悪いので謝っておく。
彼女はキッと睨んだ後、そのまま何も言わずに歩いて行った。
「……感じ悪いなぁ」
何も思わない、なんてことはなかった。
しばらく離れて行く背中を見送った後、俺はため息を一つ吐いて教室に戻るのだった。
「どうした? なんかあったか?」
「良く分かったな。ちょっとなんかあった」
教室に戻ると頼仁がそう声を掛けてきたので、俺は苦笑しながらそう返す。
本当に付き合いが長いこともあってか、僅かな表情や雰囲気の変化さえ察してくれる頼仁には頭が上がらない。
「最近やけに楽しそうにしてるじゃないか。あの美人二人と仲が良いってもっぱらの噂だぞ?」
「あ~、まあクラスでそこそこ話すようになったしそうなるよな」
美人と関わるとこういう弊害が起こるんだなとしみじみ思う。
とはいえ何度も言うが彼女たちの関係性を知っているのもあるし、周りの声に配慮をして距離を取ろうとも俺自身は思わなかった。
『初めてなのよ』
『そうなの。咲夜君が初めてなの』
言葉自体は少しばかり誤解してしまいそうになるが、そう言ってくれた彼女たちの言葉は素直に嬉しかった。
彼女たちの境遇なども色々と聞いているし、そんな彼女たちが苦手なはずの男子である俺に心を開いてくれている……そんな事実がある中で、最近周りの目が鬱陶しいから声を掛けないでくれと言えるわけもない。
(そもそも、俺が望んでないしな)
美少女と話が出来る、そんな機会をみすみす逃してたまるかいなって感じだ。
「その、周りに優越感とかそういうのは全くないぞ?」
「分かってるよ。そもそも咲夜がそんなことで喜ぶような奴じゃないのも分かってるしな。妹の為なら学校を飛び出すくらいのお前だし?」
「っ……それを言うんじゃない」
あれは……完全にシスコンが覚醒してしまった事件だった。
以前に話したことがあるのだが、その事件が珊瑚と理人が喧嘩をしてしまった時の出来事で……まあ妹からお兄ちゃん助けてなんてメッセージが来たらそりゃ授業なんて放り出すに決まってる。
「……うん?」
なんてことを話していたからかスマホが震えた。
どうやらタイミングが良く珊瑚からのメッセージが届いたようで、俺はどうしんだろうと内容を確認した。
『兄さん! 理人がなんか凄くかっこいいの。なんかこう……賢者タイムっていうか良く分かんないんだけど。どうもプレイしたゲームがあまりに素敵すぎて、その余韻が抜けないんだって!』
……それはかっこいいと言えるのか?
「お前の妹大丈夫か?」
「じゃないかもしれん」
まあ基本的に珊瑚は理人のことになるとフィルターが掛かるからなぁ。
「何の話してるの?」
「えっと、妹の……え?」
ふと後ろから聞こえた声に俺は振り返った。
そこに居たのはニコニコと微笑みを浮かべる舞の姿があり、由香が居ないのはおそらくトイレにでも行ってるんだろう。
「舞か」
「舞かとは失礼だなぁ。咲夜君とお話したくて来たんだぞぉ!」
「……だからそういうことをだな」
「そういうことってどういうこと?」
「……………」
いかん、本当に彼女たちと話すとペースを乱されてしまう。
相変わらず憎たらしくもなんともない綺麗な微笑みを浮かべながら、舞とはそっと俺の肩に手を置いた。
「その、いきなり来て良かった? 話の邪魔をしたんならすぐに退散するけど」
「いやそんなことはないよ」
「あぁ。って、なんだかんだ話すのは初めてか。よろしく藍沢さん」
「うん。よろしくね草壁君」
それで、どうやら舞は俺たちが顔を突き合わせて話をしていた内容が気になるらしく聞きたそうだった。
俺と頼仁は顔を見合わせた後、別に良いかと思って教えることにした。
「別に内緒話でも何でもないよ。俺がシスコンってだけのことさ」
「自分で言うのかよ」
「いやいや、その言葉だけなら気になるんだけど!?」
詳細を話すわけではないが、ちょっと前に妹のことで教室を飛び出ることがあったという旨と、それで同時に俺が妹を大切にしていることも伝えた。
「咲夜君の妹さんかぁ。話を聞いたのは初めてじゃないけどちょっと気になるかも。草壁君は会ったことがあるの?」
「あるぜ? 何回か咲夜の家に遊びに行ったこともあるし、去年とか夏祭りも一緒に行ったし」
「へぇ……良いなぁ」
俺はスマホを操作し、妹と一緒に撮った写真を舞に見せた。
「ほれ、これが妹」
「……きゃわっ!!」
きゃわて……舞は凄い勢いで俺からスマホをひったくり、穴が空きそうなほどに画面を見つめだした。
「話には聞いてたけど小さいんだね。でも可愛い……可愛いよ凄く!」
「ははっ、俺の妹は本当に可愛いからなぁ!!」
いやぁ、仲の良い人に妹のことを褒められるのは嬉しいものだ。
気分が良くなった俺はそれはもう素晴らしい笑顔を浮かべていただろうが、それでも彼女に一つ言っておかなければならないことがある。
「舞、この先もし妹に会うことがあったら絶対に小さいねなんて言うんじゃないぞ」
「もしかして背が低いこととか気にしてるの?」
「いや、背はそこまでだ……えっと」
「??」
あ、これってもしかして俺ってば墓穴を掘ったか?
珊瑚は少し小さいことを気にしている……とはいえ、背はそこまでだが問題は女性が持つアレの成長についてである。
「……その……えっと」
単純に、胸の大きな舞が小さくて可愛いだなんて無意識にでも言うと……っていう意味なんだけど、これを素直に伝えるのはレベルが高かった。
俺の狼狽える様子を頼仁は面白そうに見てきやがるし……ちくしょ、味方は居ないのかあああああああ!!
「……あ、そういうことか」
しかし、そこで何か分かったのか舞はポンと手を叩く。
彼女は自分の体に付いている豊満な二つの膨らみに手を添えながら、これかなと可愛く首を傾げるのだった。
「……………」
「あはは、なるほどねぇ。了解! 気を付けますね隊長!」
わ、分かれば良いんだよ分かれば!!
その後、俺だけでなく頼仁も今のことに顔を赤くしてしまい、そこに由香も戻ってきてどうしたのよと不思議そうな顔をしていた。
「どうせ、舞が何か困るようなことをしたんでしょう?」
「ちょっと由香!? どうしてそんなことを言うの!?」
「何年あなたと一緒に居ると思ってるの? それくらい分からないであなたのパートナーが務まりますかっていうのよ」
「っ……由香♪」
あ~、非常に眼福なんですけど是非ともそのイチャイチャは俺の前でだけ見せてくれると嬉しいんですが……頼仁は今のパートナーって言葉に首傾げてるし。
「それにしても本当に仲良くなったよな咲夜と二人は」
「だなぁ……本当に感慨深いよ」
なんて言葉を交わしていると、ふと由香と舞がこんなことを口にするのだった。
「だって咲夜君は凄く素敵な人だもの」
「うん♪ 逆に咲夜君と知り合ってこうならない理由はないよね?」
「……………」
だから二人ともそういうところだぞ?
ちなみに今の俺、めっちゃ顔が赤かったらしい。
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