君の焦った顔を

U朔

探偵さん、私…

「きょうの放課後、理科準備室に来てください。大事な話なので、必ず一人で。待っています」

 俺は、下駄箱に入っていた手紙を、小さな声で読み上げる。なぜかって?そんなのは簡単だ。頭の整理が追いつかないのだ。こんなこと、初めてだからな。そんなことより、手紙を渡すときには、自分の名前を書いて渡すのが当然なのではないだろうか。まぁいい。放課後になれば分かることだ。


 放課後になった。俺は、理科準備室へ向かう。おかしい。いつもなら、十人には声をかけられるのに、今日は、声をかけられるどころか、人影ひとつも見えない。やはりおかしい。だがしかし、きょうの俺にとっては好都合だ。誰にも邪魔されずに理科準備室に行くことができる。

 理科準備室に着いた。俺は深呼吸をしてドアに手をかける。ガラガラ。開いたドアの先には、夕焼けに照らされ、輪郭が曖昧になった人影がひとつ。

「待っていましたよ。探偵さん」

彼女は口を開き、俺を”探偵さん“と呼んだ。

「いいだろう。君の話を聞こう」

俺は、彼女の声に耳を傾けた。


 ―事の発端は一週間ほど前。俺が、この高校に転入してきた日だ。どうやら彼女は、入学時からいじめられていたらしい。しかし、五日前からいじめが無くなったという。その後彼女は、いじめの当事者に聞いたそうだ。「なぜ、いじめなくなったのか」と。当事者は、こう答えたそうだ。「探偵とかいうやつが、私たちがお前をいじめている現場の写真を広められたくなければ、今すぐいじめをやめろ」と。その後当事者たちは、彼女に近づく事は無くなり、彼女はいじめられなくなった―


 「この話を聞いて、何か感じませんでしたか」

彼女は俺を睨みながら、口を開いた。

「ああ、感じたとも。だが、俺のおかげでお前はいじめから解放されたのだよ」

俺は、ドヤ顔をしながら彼女を見る。だがしかし、彼女は涙で眼を濡らしていた。

「あなたのせいで、私はいじめられなくなってしまった。あなたのせいで」

「なぜだ、なぜ怒る。俺はただ、当たり前のことを・・・・・」

言葉に詰まる。俺は、人として、探偵として当然のことをした・・・はずなのに。

「あれっ、おかしいなぁ。瞼が熱い。どうして。こんな感覚は初めてだ」

俺は、その場にしゃがみ込む。みっともないなぁ。そう思いながら。

「顔を上げてください、探偵さん。あなたは何も悪くありません。私も少し遊びすぎました」

頭上から、優しい声が降り注ぐ。なんだか心地いい。気づくと涙は引き、顔が前を向いていた。

「俺は、悪くない?」

思わず声を発した。

「ええ。あなたは悪くありません。悪いのは、私。あなたが転校してきてから、あなたの焦った顔が見たかったの」

彼女は、顔を紅らめながら、俺の方を見ながら言った。

「お前…、もしかして俺のことー」

彼女は、開きかけた俺の口に手を当て、もう片方の手で顔を隠しながら言った。

「待って、私から言わせてください。あなたが、探偵さんのことが、好きです。私と、付き合ってくれませんか」

「ああ、いいだろう」

彼女の好意を伝えられ、思考が停止する。思わず口から出た「いいだろう」。この言葉に、俺は感謝する。沈黙の間に見た彼女の顔は、笑っていた。

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