もっと褒めていいぞ

 夕方、詩織の部屋でひとりくつろいでいるとぼくの中から呼びかける声があった。

「そろそろこちらに体を渡してもらいたいのだが」

 体を渡す?

 何のことだか判らずにいると、体の中がかっと熱くなった。

 熱さが続いて、ぼくじゃないモノに気持ちをもっていかれるような感じになった。

「よし、うまくいったな」

 声はぼくの中と、口から飛び出した。

「ほら、これが今の姿だ」

 詩織の鏡に人間の姿が映る。

 髪の毛と目が銀色の、詩織と同じくらいの年のオス、いや、人間は男か。服の色と模様がぼくの毛の模様と似ている。

「シャツとズボンがこれか。まぁまだ許せる範囲かな」

 ぼくの毛の模様を許さないとかないだろう。

「さて、契約通り魑魅魍魎を祓いに行くぞ」

 ちょっとまって。どういうことかさっぱりわからないよ!

 強く言うと男は「そうか」とつぶやいた。

 とりあえずここに詩織が帰ってくると話がややこしくなるから、と窓を開けてひらりと家の裏に降りて塀を超える。

「さすが猫の肉体だな。身が軽い」

 男が感心している。ふふん、もっと褒めていいぞ。

「さて、今おまえと俺がどうなっているかだが」

 路地裏で、男が説明を始めた。

 はじまりは、あの時聞こえた謎の声が言っていたとおりだった。

 ぼくは車にはねられて死にかけたところを、あの声の主、神が助けたのだ。その時に交わした契約っていうのがこの男の意識と力をぼくに入れることだった。

 神はこの世界のことをみていて、最近はチミモウリョウやアクリョウっていわれるような、化け物がふえているんだって気づいた。

 昔からそういうのを退治するオンミョウジっていう人間がいるんだけど、今はショウシカっていって産まれる子供が減ってきている。オンミョウジになる人間もかなり少ないらしい。そこで、力の強かったオンミョウジを転生させているのだけれど、産まれる子が少なくなって魂と肉体がよくなじむっていうのも減ってきたんだって。

 転生は知ってるぞ。詩織がよくそういう物語を見たりして楽しそうにしている。

 で、昼間はこの男の魂はぼく、にゃんたの体の中でじっとしているけれど、夕方になったらぼくの魂がこの男の体の中で待つ番になる。

 待つのはいいけど、あんまり夜遅くになると詩織たちがぼくを探し始めちゃうよ。

 男――セイマって名前らしい――に伝えてみた。

「それはやっかいだな。それじゃ、活動は夕方と、皆が寝静まった後からの二回にするか」

 セイマは早足で路地を出て化け物を探し始めた。

「逢魔が時と言ってな。夕方から夜に変わっていく時間に魔物に遭遇すると言われている」

 実際は夜が多いらしい。やはり闇に棲むモノは暗いのが好きなんだってさ。

 だけど夕方にも出るから、二回に分けた方がいいって。

 なんて話をしていると、公園の隅っこに黒いモヤモヤが見えた。

「悪霊になりかけている、成仏できない霊だな」

 セイマが近づいていくと、モヤモヤが大きくなった。

 怖い気配がびしびし伝わってくる。

「そう、こいつは放っておいたらいずれ人に害を加える」

 セイマは手に力をためて、モヤモヤに突き出した。

 あたった。

 モヤモヤの動きが弱くなった。

 セイマは服のポケットから細長い紙をとりだして、モヤモヤに投げた。

 モヤモヤも紙も、すぅっと消えていった。

 嫌な怖い気配もなくなってった。

「除霊完了。次にいこう」

 満足そうにセイマは言って、また歩き出した。


 ぼくらは何体かの悪霊や化け物を祓って回った。

 すっかり陽が落ちて暗くなった道を家へと帰る。

 さてここからがもう一つ大きな問題だね。

「窓もドアも閉まっているな」

 セイマがつぶやいた。

 それなら、ぼくに戻って入れてもらうしかないよね。

 セイマもぼくの意見にうなずいて、体がするすると本当のぼくの姿に戻っていく。

 この時間だと多分詩織は部屋にいるな。

 屋根に上って、詩織の部屋の窓を軽くてしてしと叩いてみる。

「あれ、にゃんた、見ないと思ったら外にいたんだ?」

 詩織が驚き顔で窓を開けて迎え入れてくれた。

 わーい、詩織ー。

 床に降りて詩織の足に体をすりつけると、詩織はしゃがんで嬉しそうに目を細めてぼくをたくさんなでてくれた。

 ふぅぅ、最高。

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