第6話 クラルヴァイン侯爵家

「……ここが、クラルヴァイン侯爵家」


 それから十日後。私は無事クラルヴァイン侯爵家のお屋敷にたどり着くことが出来た。お屋敷の外観は白と青を基調としており、とても煌びやかで権力を表しているようだった。ラングヤール伯爵家のお屋敷よりも数段ランクが上なのは当り前だけれど、クローヴ侯爵家のお屋敷よりも上なのよね……。同じ侯爵家なのに。まぁ、こっちは辺境っていうのも関係しているだろうけれど。


 そんなことを考えながら、私はゆっくりと歩を進める。華やかなお庭を眺めながら歩いていれば、庭師の人と目が合った。それに慌てて私が会釈をすれば、その庭師の人も会釈を返してくれる。……どうやら、嫌悪感は持たれていないらしい。


「エレノア・ラングヤール様、ですね」


 そして、クラルヴァイン侯爵家のお屋敷の玄関にたどり着いた時。不意に真横からそんな声が聞こえてきた。なので、私が驚いてそちらに視線を向ければ、そこには侍女服に身を包んだ一人の女性が立っていて。その女性は美しい金色の髪をお団子にしており、その目の色は茶色。目の形からおっとりとした印象を与えてくる女性だった。


「……はい」


 私が彼女の問いかけに静かに頷けば、その女性はにっこりと笑って「お待ちしておりました」という。その後、静かに一礼をしてくれた。


「私はエレノア様がこちらに滞在する間の世話役を務めます、二コラと申します。以後、よろしくお願いいたします」

「あっ、エレノア・ラングヤールです」


 彼女――二コラの自己紹介に、私も自己紹介で返す。そうすれば、二コラは明るく笑ってくれた。それにホッと一安心していれば、二コラは「旦那様の元に、案内させていただきます」と声をかけてきて、玄関の扉を開けた。


 クラルヴァイン侯爵家のお屋敷は、外観も大層綺麗だったけれど、内装もとても綺麗だった。全体的に白と青を基調としていることは一緒だけれど、内装はどちらかと言えば白の割合が多い。物珍しそうにきょろきょろとする私に、二コラは「皆様、こちらにいらっしゃったら驚かれますよ」というだけだった。特に、咎めてはこない。


「旦那様は、応接間にてお待ちになっております」

「……そう、なのですね」


 二コラの言葉に端的に言葉を返し、私はゆっくりと深呼吸をする。カーティス・クラルヴァイン様。年齢は三十歳。辺境貴族はどちらかと言えば冷酷なお方が多い。多分、カーティス様も例に漏れない感じなのだろうな。そんなことを考えながら、私は二コラに案内されて一つのお部屋の前にやってきた。


「旦那様、二コラです。エレノア様をお連れしました」


 応接間の中には、一人の男性がいらっしゃった。長い脚を組まれ、私のことをまっすぐ見つめてこられるその男性。青色の短い髪と、鋭い黒色の目を持つその男性は、私のことを見てそんなことを呟かれた。そのため、私は静かに頷いて「エレノア・ラングヤールでございます」と自己紹介をする。


「俺はカーティス・クラルヴァインだ。とりあえず、話をしよう」

「……はい」

「二コラは、エレノアの分の茶を持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 男性――カーティス様のお言葉に逆らうことなく、私はゆっくりと指定された位置に腰を下ろした。そうすれば、カーティス様は私のことを吟味されるかのように、頭の上からつま先までじっくりと見つめてこられる。それに、私は思わず息を呑んでしまった。


「……離縁された出戻り娘だと聞いていたが、容姿はそこまで悪くないな」


 私のことを吟味し終えたカーティス様は、そう呟かれた。……何だろうか。かなり、失礼だ。そう思って私が怒りを抑えるのに必死になっていれば、カーティス様は「姿絵のままだな」なんておっしゃって、紅茶の入ったカップを口に運ばれる。


「……そりゃあ、私の姿絵ならば、そのままだと思いますが」

「姿絵は美化して描かれるものだ。あてになどならない」


 ……確かに、それは一理ある。絶世の美女として描かれた令嬢が、平均以下ということも多々あると聞くわけだし。そう考えれば、カーティス様のおっしゃっているお言葉もある意味正解なのかも。……まぁ、失礼なことに間違いはないのだけれど。


「どうぞ、紅茶でございます」


 そんなことを考えていれば、二コラが私の分の紅茶を出してくれる。その紅茶はまだ湯気の上がる温かいものであり、私は一旦落ち着くためにその紅茶を一口飲んでみる。……すごく、高級感のある味がした。


「……さて、エレノア。俺はお前と婚約がしたいと思っている」

「それは、存じております」

「そうだな。それは、手紙で書いたからな。ただし、一つだけ言っていないことがある」


 カーティス様はそこで一旦お言葉を区切られると、「この話が嫌ならば、さっさと帰ってくれ」とおっしゃった。……どうやら、私がダメならばまた別のお方を探すらしい。まぁ、それが妥当よね。


「はい、承知いたしました」


 その条件を受け入れられるかは分からないとはいえ、聞かないとお話は始まらない。そう考え、私はゆっくりとそう返事をした。そうすれば、カーティス様は脚を組みなおされて、私のことを感情のこもっていない目でまっすぐに見つめてこられると――


「――俺は、お前と婚姻をするつもりはない」


 そう、続けられた。

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