拾肆

薙刀で岩骸鬼の首へ向けた斬撃は防がれる事は前提だった。

左腕が切り飛ばせた時点で岩骸鬼を仕留める方向性は決まった。

光刃で兜付近を狙って防がれる事で光を溢れさせて岩骸鬼の視界を潰す。

彼のカウンターを前提とした防御力なら傷口を庇いながら防御を固めるだろう。

だが、どうしても硬度を上げきれない部分が有る。

関節とカメラ部分だ。

視界を奪いつつ、左指のナイフを展開して指2本で岩骸鬼の目を突き刺す。

カメラアイを突破したナイフは兜の直下に居る護慈を捉え、後は抵抗も無く眼球から脳を突き刺す事が出来た。

力が抜けて倒れそうになる岩骸鬼からナイフを抜き、翡翠騎士は右足で岩骸鬼を押し退ける。

左腕を庇っていた右腕からも力が抜け、頭部のカメラ部分からナイフを引き抜いた勢いで血が軽く噴き出していた。ナイフは眼球を通り過ぎて護慈の脳を切り付けている。翡翠騎士の感触でも眼球の奥まで刃を届かせる事は出来た手応えが有る。

魔装を装着したままヘリポートの中央で倒れる岩骸鬼を跨いで通り抜け、ヘリポートの階段を降りる所で魔装を解除した。

緊張を解す様に息を吐きながら召喚器の手袋を外してポケットに仕舞い、金属網で出来た階段をゆっくりと降りる。

スマートフォンを取り出してみれば玲奈と依頼人からそれぞれ連絡が来ている。

状況確認を考え玲奈のメッセージを開いて見れば、廊下に残った血痕から複数人のボーイが動いているとの事だった。特に警察に連絡している訳でも無ければ部屋の住民に声を掛けている訳でも無いらしい。またドローンは玲奈が操作して回収したらしい。


……良い判断してるな。


素直に心の中で賞賛して玲奈に感謝の返信をして直ぐに依頼人からのメッセージを開いた。

標的の排除を確認した事、岩骸鬼を排除した事が書かれており依頼達成という事で報酬が明日には振り込まれるそうだ。ホテルからの脱出には手を貸せないらしく今後の騒ぎは自力で突破する様にと書かれている。

短く了承のメッセージを送りスマートフォンをジャケットの内ポケットに仕舞う。

階段を降り切って短い通路を歩いてエレベータの有る小部屋に入るとエレベータが全て屋上に向けて動いているのが分かった。

小部屋の隅に緊急避難の表示が付いた扉が有ったので翠は躊躇い無く扉を開き、足音等は聞こえないので下り始める。

高層ビルなので実際に客室の階層まで下るのは大変だ。

なので4階ほど降りてエレベーターホールから下の階を指定し、まずはパーティ会場の有る階で降りた。時刻は0時近くパーティは既に終わって職員がパーティの片付けを行いつつ、数人の参加者がまだ話し込んでいる。

職員が気にしていない事を見るに参加者の中でも主催者側の人物なのだろう。

適当にボーイを捕まえて肉料理のルームサービスを頼み、エレベータで自室の階に向かう。

エレベータを降りれば確かに壁に多少の血痕が見られ、絨毯を見れば血痕によって汚れ、血が固まった事で黒く固まっている部分が有る。ボーイ達が慌ただしく走り回っているのは客への説明なのか状況を確認する為の調査活動なのかは不明だ。

ボーイ達に何が有ったのかと不審な目を向ける演技をしつつ、関わる事はせずに自室に戻った。

扉を開けて室内を観察しながら部屋の中心に向けて歩けばソファで玲奈が目を閉じて静かに呼吸を繰り返している。別に寝ている訳では無い様で額に汗を浮かばせながら意識的に自分を落ち着かせる様に深呼吸をしているらしい。

部屋の扉が開閉された事は察知していた様で深呼吸を終えたタイミングで立ち上がり翠を出迎えた。


「お帰りなさい」

「ああ。ドローンの回収とか情報とかありがとね」


仕事の後に要らぬ戦闘まで発生して不要な緊張に晒された為だろう、翠は大きく溜息を吐きながらソファに腰を下ろした。

定位置の様に左隣に腰を下ろした玲奈が手振りでミネラルウォーター、炭酸水、ワインを示してくる。

翠も指でワインを示すと玲奈がグラスにワインを注ぎ翠の前に静かにサーブした。

有難く受け取りつつ翠はワインを口に含んで玲奈に疑問の視線を向けた。


「この辺も昔の仕事で覚えたの?」

「はい。バーで働いていた事が有るので」

「また問題の起きそうな職場だ」

「あはは。その、酔ったお客さんに仕事後に個人的に飲みに行こうと何度も誘われました」

「店長とかが助けてくれた?」

「はい。『ウチはキャバクラじゃないんだ。アフターがしたいならそっちの店に行け』って」

「良い店長だ」


……多分、影鬼のスタッフなんだろうな。


そもそも玲奈の勤め先は基本的に影鬼のスタッフが居る場所に誘導されていた可能性も有る。玲奈の職場が決まってから人を派遣していては間に合わない事も考えられるので玲奈が行く方向を誘導した方が楽だろう。

サンドウィッチを頬張りつつ、翠は部屋に戻る前の話をするのを忘れていた事に気付いた。


「そうそう、ちょっと物足りないから肉料理を頼んできちゃった。ローストビーフが用意出来るらしいから後で運ばれて来るよ」

「私が出ましょうか?」

「いや、さっきと同じでボーイに見えない位置に居て」

「分かりました」


程無くしてインターフォンが鳴り、玲奈は扉から見えない位置に移動し翠がドアスコープから外を覗いて料理が運ばれて来た事を確認した。

サンドウィッチの時と同様にボーイに入室は許さず皿を受け取り扉を閉じた。机に皿を置いて備え付けのフォークで切り分けられたローストビーフを頬張る。

直ぐに玲奈もソファの隣に座り自身も一切れ口にした。


「あ、美味しい」

「時間が経つと味が落ちちゃうしさっさと食べちゃうか」


サンドウィッチ以上に物持ちしない料理だ、翠は仕事で失われた体力を取り戻す様に肉とチーズを食べワインで流し込む。

0時30分、ローストビーフを食べ切って満足したらしい翠は大きく息を吐いてソファに身体を預けた。掛けたままだったスマートグラスを外して折り畳み胸ポケットに押し込む。

酒よりも飯だったのでワインは瓶の半分程しか飲まれていない。

玲奈は自分の分のワインを注ぎ、手振りで翠に居るかを問うが翠は首を振って断った。

元々今回のパーティに合わせた薄化粧は目元だけ。その為、玲奈は化粧が崩れる心配も無くワイングラスを煽る。


「大変でしたね。まさか鬼との戦闘まで有るなんて」

「時々有るんだ。影鬼の中でも派閥争いみたいなものだよ」

「でも、戦うのは翠さんみたいな方たちですよね?」

「ま、その辺は適材適所かな。俺は腹芸するくらいなら身体動かしてた方が好きだし」

「それでも心配です」

「あはは、ありがと。俺も死にたくは無いから気を付けないとねぇ」


余程の妖魔で無ければ問題無く討滅出来る。

しかし、それは他の鬼とて同じ条件だ。鬼との戦闘と成ればそれだけの相手との戦闘を想定する事に成る。

翠は今までの仕事で鬼との戦闘経験も、影鬼に所属する異端鬼の情報も多く持っているが、それでも正面から戦うのは緊張する。

再び蒸しタオルを用意したり甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる玲奈は有難いが、非常に疲れたのは確かだ。


「悪い、流石に疲れた」


それだけ呟いて翠はソファに倒れる様に力を抜いて倒れた。ベッドまで歩いたりスーツから部屋に備え付けの寝巻に着替える程度の体力は残っているが単純に面倒臭かった。


「ふふ、スーツが皺に成ってしまいますよ」

「どうせ依頼人持ちだ」

「着替えさせてあげますね」

「は?」

「以前、着物の着付けの仕事をしていた事も有るので」

「いや、流石にしないで」

「まあまあ、遠慮なさらずに」


ソファに倒れた翠に馬乗りに成った玲奈が丁寧にジャケットやジレを外していく。

翠も抵抗しているのだが、何故か翠の方が明らかに腕が太く筋肉も有るのに玲奈に抑え付けられてしまう。

玲奈もスーツが破れたり皺が大きく成らない様にゆっくりと1枚1枚を剥いでいく。

Yシャツのボタンは外されインナーに使っていた加圧Tシャツを見て玲奈の表情から理性が蒸発したのが翠には分かった。

彼女の右手人差し指の爪がカッターの様に鋭く伸び、翠の肌を傷付けない様に縦に薄い切り込みを入れる。

元々加圧Tシャツはゴム素材で素肌に張り付く様に作られている。切り込みが入れば本来の大きさに戻る為にゴムが縮み、一気に翠の上半身が顕わに成る。

普段から街中を走り回ったり戦闘の為に身体を鍛えている翠の身体はボクサーに近く余分な脂肪が少ない。

玲奈の呼吸が荒く成りいつの間にか肩を大きく上下させている。彼女もまだドレスのままだが、黒い羽織は室内では脱いでいた。その為、肩は見えているし翠に跨っているのでワンピースは捲れて太股が顕わに成っている。


「れ、玲奈さん?」

「ふぅー、ふぅー」


発情期の猫の様な荒い息を吐いて翠の言葉は耳に入っていない様だ。

今日はこれ以上何かに抵抗する事に力を使う気にならず、翠は玲奈の頭に手を伸ばして後頭部を掴んで引き寄せ唇を重ねた。


「シャワーでも浴びるか」


口を離して小さく呟き、廊下で動き回るボーイ達の事も思考から追い出して翠は貪る様に玲奈に吸い付いた。

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