羽田で積荷を護衛して数日、みどりの元には影鬼かげおにから通常の仕事が来ていた。

 あまり人に出入りされたい場所でも無いので打合せは駅近くにある半個室の喫茶店きっさてんだ。

 翠は朱夏あやかともなって駅前でスーツ姿の依頼人と合流し店に入る。


 翠20代中盤男性、朱夏10代後半女性、影鬼スタッフ40代中盤男性。

 なんの集まりか分からないが蒲田の駅前はビジネス街であり学生街でもある。

 珍しくはあるが時々見かける組み合わせではある。

 怪しまれる事も無く喫茶店の半個室に入り席に着いた。


「では、事前にお伝えしていた通り仕事の話をしましょうか」


 席に着いて早々に男は仕事の話を切り出した。


「ああ、お嬢さんは先にメニューを見ていてください。おごりますよ」

「影鬼って割とフランクなんですね」

「若いお嬢さんと話すのは貴重ですから。少しは良い顔をしたいのですよ」


 整った容貌ようぼうなのだが妙に胡散臭うさんくさい男だ。

 スーツ姿と細身で長身の体躯たいくからもモデルでも違和感の無い男なのだが、笑みや所作が妙に作り物めいている。


 朱夏は疑わしそうに視線を向けるが気にした様子も無い。

 翠はそんな男に慣れているのかメニューを見て直ぐに閉じて朱夏に渡す。


「はや」

「さて、仕事って何をすれば良いんだ?」

「ふふ、話の早い方は有難いですね」

「そんなに早いか?」

「影鬼本家の仕事をしている私に取り入ろうとする輩はそれなりに多いのですよ」

「命知らず過ぎるだろ」

「ふふ、危機感が足りないのは確かでしょうね。ではコチラを」


 男が机に置いたスマホにはQRコードが表示されていた。

 この男が出す電子情報を無警戒に読み込んで良いのか不安は有るが話が進まないので翠はスマホでQRコードを読み込んだ。

 表示されたデータは文章で仕事の内容が書かれていた。


「へぇ」

「失礼します。ご注文はお決まりでしょうか?」


 朱夏あやかが半個室から顔を出して店員を呼んでいるのは見ていたのでみどりも男も仕事の話を口でする事はしていない。

 店員に3人がコーヒーやケーキを注文し、遠ざかっていくのを確認してから具体的な話を再開する。


「何でわざわざ俺にこの仕事を? 他で充分というか、目立たない仕事じゃないか?」

「事情はお話できません」

「……了解した。データはどうする?」

「これだけでは意味不明でしょうからお好きに」

「了解。朱夏は関わらせて良いのかな?」

「構いません。巻き添えになっても危険手当は出ないので悪しからず」

「ああ。ま、それ込みでの報酬だろうしな」

「そういう事です」


 仕事の話が済んだところで注文していたメニューが運ばれてきた。

 適当に映画や漫画の話をしてコーヒーやケーキを楽しみ20分ほどで店を出る。


「ではお願いしますね」

「ああ。終わったら連絡するよ」


 最後まで朱夏は翠の連れという態度を崩さず大人の会話に割り込まなかった。


「大人しかったな」

「子供に茶々入れられたら面倒だったでしょう?」

「よくお分かりで」

「今回は『らしい』仕事なの?」

「ああ、道すがら話そう。仕事はどうせ週末だ」

「じゃあ数日は準備?」

「まぁな。さっき言った通りかなり地味な仕事だ。何なら俺だと目立ち過ぎて向いてないくらいかもしれない」

「わざわざ翠に依頼が来るって事は、何か不安が有るって事?」

「多分な」


 警官が周囲に居ない事を確認して歩きながらスマホを取り出し朱夏に依頼人からの資料を送る。

 喫茶店でも翠が直ぐに内容を把握していた事を考えると内容は複雑では無いのだろう。

 スマホを取り出し文章データを開いて見れば確かに仕事の内容はシンプルだった。


「品川の地下で荷物の受け渡し、運び屋に預ける。うっわ、不安になるくらいシンプル」

「都心の駅地下は迷路だからな、トランク1つでも探すのは結構面倒だ」


 一応、受け渡し場所の情報は記載きさいされているが2人が知っている限り品川の駅地下の地点を文章で指定されても単純に辿たどけるものではない。

 都心の駅地下はダンジョンとはよく言ったもので品川も例にれず迷宮と化している。


 そして妖魔に関わる者にとっては単に道が複雑というだけでなく、別の意味も持っている。

 妖魔の発生し易い条件が駅の地下には揃っている。


 人気が無い。

 負の感情が溜まる。


 駅の地下で構造が複雑ならば人気が無い場所も成立し易い。

 そして日々の激務の中でストレスを抱えた者が多く集まる。

 その為に駅の地下には四鬼しきが定期的に巡回し大小様々な妖魔を駆逐くちくする通路が設置されている程だ。

 そんな影鬼にとって鬼門とも言える地点が今回の荷物の受け渡し場所に指定されていた。


「この地点は一般には進入禁止エリアで四鬼が巡回する地点なんだ」

「……え?」

「警察の組織構造には詳しく無いが、都心の四鬼くらいしか知らないらしい」

「都心の四鬼って、街中で妖魔の反応が有れば急行するって事?」

「そうそう。漫画っぽいけどダンジョンクローラーなんて呼ばれる事もあるらしい」

「ダンジョンクローラー?」

「他にも迷宮探索班、地下防衛戦隊、探索者、等々だ」

「本当にゲームか漫画みたいな呼び名なのね」

「公的な呼び名は警察のホームページに載っていたはずだけどね」

「そんな漫画みたいな呼び名なのに隠された部署とかじゃないんだ」

「まあ、逆に妖魔が居るって広く知らせた方が阿呆あほが近付かないだろ」

「あ~、一定の抑止力よくしりょくにはなっているのね」


 朱夏が自分の考えを反芻はんすうするように小さく何度かうなずいている。

 特別な情報ではないが丁寧ていねいに説明される事も無いので民衆の中でも浸透率が悪い情報だ。自分に必要の無い情報は見聞きする機会が有っても実感がともなわない為に記憶として定着し辛い。

 地下迷宮の情報はその代表例とも言える。


「四鬼の中でも都心、特に中心地に居ないと関係無い話だからな」

「あ~、だから私は知らなかったのか」

「長いと面倒だから探索班って言うが、探索班に成るのは何か他とは違う条件や適性が有るのかもな」

「あ~、普通の四鬼になるのに必要な情報とは思えないものね」

「な。そんな風に知っている人員が限られる場所だから秘密の取引には丁度良いって訳だ」

「へ~」

「まあ、定期的に四鬼が巡回しているし妖魔も徘徊はいかいしているから超危険地帯なんだけどね」

「何で人の密集地にそんな危険地帯が有るのよ」

「人の密集地だから危険地帯になるんだよ」

「……成程」


 再度の納得を得た朱夏あやかは自分の腰に手をやった。

 まるで侍が刀を確かめるような手の動きだ。

 焼土鬼しょうどき業炎鬼ごうえんきの一派だ。朱夏が鬼としての訓練したのは刀だ。

 自分が戦うかもしれないと考えれば自然と得物えものに手が伸びる。

 みどりはその手を見て少し考える。


「武器居る?」

「……は?」

「いや、地下に来る気だろ?」

「うん」

「妖魔が居るんだよ」

「うん」

「じゃあ武器必要じゃん」

「……はい」


 同行する気だった朱夏はやっと状況が飲み込めたが、次に別の問題が起きる。


「いや、どこで武器買うの? そして持ってても怪しまれない方法は?」

「買わないよ。持ってても焼土鬼だから平気じゃん」

「話が通じてない!?」

「いや、普通に焼土鬼としての刀持って来いよ。あと焼土鬼の訓練生だって言えば良いだけでしょ」

「出来るか!」

「え?」

「は?」


 共同生活を始めていくらか時間は経ったが、2人はまだまだ自分の状況を共有出来ていなかった。


▽▽▽


 事務所の来客机にコンビニ飯を並べ2人は睨み合う。


「で、焼土鬼としての力は使えないと?」

「当たり前でしょ。私は国家機密の情報を持ってる家出娘よ」

「マジか」

「そりゃ黒子くろこみたいな呪符じゅふは作れるし、身に着けた鬼技きぎなら使えるけど魔装まそうも召喚武装も実家に置きっ放しよ」

「魔装が有れば扱えるのか?」

「訓練を完了してないから純粋な四鬼の魔装を扱える自信は無いけどね」

「あ~、日本式の魔装は訓練と資質がモノを言うからな」

「影鬼は四鬼と同様に日本式を使用すると思ってたんだけど?」

「影鬼所属の実働部隊全員が日本式魔装を使っている訳じゃない。影鬼には歴史上ついえた日本式魔装の使い手が多いってだけだ」

「多いって事は全部じゃないって事?」

「そうそう。俺の魔装は魔動駆関まどうくかんは積んでないから正確には日本式魔装ではないよ。ちょっと出鱈目でたらめしてるから騎士型魔装相手でも2対1なら立ち回れるけどね」

「へぇ。面白そうね」

「使えるかどうかは四鬼より更に資質に左右されるけどな」

「じゃあ四鬼の代わりって訳にはいかないのね」

「まあな」


 中々上手くいかないものだと朱夏が上を見て溜息を吐く。

 別に魔装が欲しいとは思わないが、翠の使う翡翠の魔装の性能は魅力的だ。

 じかに見たのは1度、豪華客船の中だけだが平均的な魔装よりも高性能なのは確かだ。

 あの性能なら現役へんえきの四鬼とも渡り合えるだろう。

 もし四鬼と敵対するなら非常に有効な手札になる。


「私はただ四鬼に成りたくないから家出した馬鹿な子供よ。だから鬼みたいな仕事は無理」

「じゃあ何で今回は着いて来る気になってんだ? 俺は君を家政婦としてしか扱う気は無い。方便ほうべんじゃなく、本心から切った張ったは求めてない」

「自分の身の安全を、他人にゆだねるような生き方は不安なのよ」

「だから自分の生活圏内の妖魔を自分で討伐したいって?」

「そうよ」

「え~、足手纏あしでまとらないんだけど」

「まあ、そうよね」

「空港の時と同じだ。魔装が無いなら外部からのサポートなら素直に礼も言えるが、足手纏いが現場に出たいってんなら断る」

「……了解。近所の喫茶店からサポートする」

「良い自制心だ。あ、漫画やアニメみたいにコッソリ着いて来るなよ。変に情報量を増やされるくらいならミュートにして見捨てるからな」


 嘘ではない。

 翠はハードボイルドを気取る気は無いし、朱夏と会う前から反社会組織に所属しているのだから今更彼女の安全を考慮する気も無い。

 言葉通り仕事中に余分な情報を増やされても困るので釘を刺しているだけだ。


「本当に人で無しね」

「犯罪者らしいだろ」

「確かに」


 グラタンを冷まして食べる朱夏あやか、麻婆豆腐丼を掻き込むみどり

 互いにジュースと炭酸水でのどうるおして仕切り直した。


「品川駅の喫茶店からマップを見てサポートしてもらうか」

「分かった。迷宮内のマップは有るの?」

「ああ。えっと、あ~、後で探して送るわ」

「ん。そういえば」

「あん?」

「靴下、生地きじ薄くなってたわ。買い替えないと次くらい穴開くわよ」

「マジか。ちゃんと家政婦してる」

「そりゃ本職ですから」

「飯は?」

「今日は面倒だからパス」

「おい本職」


 都合の良い事を言う朱夏に呆れつつ何度か食した朱夏の手料理を思い出す。

 ハッキリ言えば可も無く不可も無い普通の家庭料理だ。

 彼女の好みなのか少し味付けが濃いが翠も別に薄味派ではない。野菜は多めで満足感は牛丼等にはおとるが健康を考えれば有難いメニューだ。

 ただ、料理するか買ってくるかは後片付けが面倒な事もあってか彼女の気分次第だ。


「そういえば、家政婦なのに別に料理しなくても文句を言わないのは何で?」

「あん? ああ、別に元々が適当に済ませてたからな、用意されるだけ有難いんだよ。予算も庶民感覚を分かってて変に食費が高いって事も無さそうだったしな」

「本当にただズボラ生活する為だけにやとわれてたのね」

「他に何だと思ってたん?」

「いや、アレは方便で実際には性奴隷にされたり、なし崩しに鬼みたいな仕事に付き合わされるのかと」

「いや~、お前さんが俺好みの歳と見た目だったら性奴隷はあったかもしれねえけど、ガキだしな。仕事は言った通り俺1人で充分ってか、勝手が分からねえ相手との仕事はどれだけ有能ゆうのうでもやり辛いからお断りなんだよ」

「好みなら有り得たの!?」

「男に連れてけなんて言っておいて今更過ぎだろ」


 自分の身体を隠すように抱いて腰の引けた朱夏に呆れた翠だが直ぐに興味を無くして麻婆豆腐丼にさじを伸ばす。

 本当に自分に興味が無い事を再確認しつつ朱夏も食事に戻る。


「でも、このテナントって他にも部屋が空いてるわよね?」

「ん? まあ何なら空テナントビルって勘違いされてるくらいだしな」

「小説とか探偵ドラマだと段々人が増えるわよね」

「そうでもなきゃ話が面白くならないしな」

ふたも無いわ」

「当たり前じゃん」

「1階が食事できるお店だったり」

「空テナントだな」

「近所に行き着けのバーが有ったり」

「蒲田は飲屋有りすぎて特定の店無いな」

利害りがいが合う時だけ協力する情報屋が居たり!」

「影鬼側から必要な情報は来てるから要らないな」

「……これが、反社会個人事務所?」

「てか君が言ってるの探偵小説じゃん」


 身も蓋も無い翠の指摘にとうとう朱夏は項垂うなだれてしまった。


「客船から出た時はもっとヒリつくような逃亡生活になる覚悟を決めてたのに」

「実際は?」

「3食昼寝付きの平穏な生活」

「超楽じゃん」

「ダメ人間に成るわ!」

「そんなダメ?」

むしろ何でこんな楽な生活が出来てるのか知りたいくらいよ。社会ってもっとストレスにあふれてるんじゃないの?」

「まあ会社勤めだったり仕事取るのに苦労している探偵ならそうだろうな」

「ここは?」

「まあ重い仕事はたまに有るが基本は緊急用に待機だな」

「……これが、反社会組織の末端まったん?」

「夢見過ぎだろ」


 現実を知らない子供へ向ける呆れた視線を向ける翠だが朱夏としては納得がいかない。

 ニュースやドラマで紹介される社会人とは日々短納期の仕事や理不尽りふじんな要求に頭痛や胃痛を抱えているものだと思っていた。


 しかしストレスの最前線とも教えられてきたフリーランスの翠がこの有様ありさまだ。

 社会の常識を知る程の経験は無いが翠の事務所が常識から外れた状況なのは確信が有る。


 ただ朱夏には翠の非常識を証明し彼に突き付ける術も無い。

 納得のいかないまま言いくるめられてしまう事への嫌悪けんおを覚えるが、よく見れば翠は朱夏に納得は求めていないようだ。


「はぁ。ま、社会の常識は置いといてこの事務所がそうだって覚えておくわ」

「おっと、大人の対応だ」


 茶化す翠を無視して朱夏はグラタンを食べ切りビニール袋に器を放り込む。


「ゴミは明日捨ててくるから食べ終わったらビニールに入れておいて」

「はいよ~」


 珍しく家政婦らしい言動をしつつゴミ回収の日程を再確認し、朱夏は自室に戻って行った。

 今夜も翠は深夜に外出するのだろう。

 それが夜遊びなのか影鬼に頼らない情報収集なのか朱夏は知らない。

 恐らく翠を尾行しても簡単に気付かれてしまうだろう。

 それが分かるから朱夏は翠の深夜外出を意識的に無視して夜を過ごす事にしている。

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