参拾伍

 影鬼かげおに図書館に到着した2人は仮眠を取って少し疲れが取れたので車から降りて大きく伸びをして図書館に入っていく。

 しゃべらない女も後に続き、図書館から出て来た別の職員が車に乗り込んで駐車場に向かって行った。

 状況が分からずにじゅんが喋らない女に視線を向けると手招てまねきしながら先導された。関係者以外立ち入り禁止の扉から図書館内でも最も奥まった位置の会議室に案内される。


 女は扉を開けて無言のまま入室をうながし扉の前にひかえた。

 相変わらず何も喋らない女に潤は溜息を吐き、麻琴まことは苦笑して会議室に入り潤が続く。

 女は2人の入室を確認すると共に入室して扉を閉め扉に背を預けて姿勢を崩した。


 麻琴も潤も室内で既に椅子に座って待っていた真打しんうちに気付いて女の事は意識から外した。

 老人にも関わらず異様に存在感と圧迫感の強い真打に釘付くぎづけに成ったと言った方が正しいが、麻琴は大きく呼吸をして姿勢を正した。


「こんばんわ、お爺様」

「ああ、2カ月ぶりか。息災そくさいで何よりだ」

「はい。今日は危なかったですが、潤に助けられました」

「ははは、そうか。影山の娘っ子だったな。孫が世話に成った。礼を言うよ」

勿体無もったいないお言葉ありがとうございます」

「妖魔の打撃を受けたと聞いている。後で恩赦おんしゃを出すから遊ぶと良い」

「ありがとうございます」

「あら、うらやましいわ。私も少しくらい前に出れば良かったかしら」

「お嬢様!?」

「くくく、お前は前線には向かんよ。わしが保証しよう」

「お爺様にそう言われては仕方有りませんね」


 祖父と孫はなごやかな会話を交わしているが、室内はそんな雰囲気ではない。

 真打の左右には体格の良いスーツの男が控えており、その男達の足元には3人の男女が転がされている。

 全員が口をふさがれて背中側で手錠てじょうを掛けられ、足もなわしばられている。


 影鬼鋼牙かげおに・こうが、影鬼龍牙りゅうが、影鬼白奈びゃくなの一家だ。

 車内で思い付きで話した内容が正解なのかは知らないが、真打が集めた時点で裏取りも完了しているのだろう。


「さて、今回は麻琴には迷惑を掛けた。龍牙はお前への恋慕れんぼから、鋼牙はお前への対抗心から、白奈はお前から龍牙を引き剥がす為に暗躍しておった」

「龍牙君がステルス妖魔誕生の情報をリークしたというのは聞いています。鋼牙さんと白奈さんは初めて聞きました」

「お前の予想が有れば聞きたいが、何か有るかえ?」

「鋼牙さんは私が影鬼幹部候補に成ったと聞いて、私を蹴落とし龍牙君を幹部候補にしたかったのではないでしょうか。いくら龍牙君でも鋼牙さんからデータを奪うのは難しいはずです。意図的いとてきに龍牙君がデータを引き出せる様にしていたのではないでしょうか?」


「正解じゃ。白奈については?」

「私が死ねば龍牙君は私への恋慕をあきらめるしかない。私を四鬼しきの近くに配置するように暗躍あんやくでもしましたか?」

「その通り。鋼牙と白奈については情報も無かったろうに、この場で想像したか?」

「お爺様、見え見えのヒントを聞いた後のクイズで正解してめられても困りますよ」

「おお、すまんすまん」


 2人の間で交わされるほがらかな笑みに潤も鋼牙一家も表情を硬くする。

 特に麻琴は口に手を当てて上品に微笑ほほえんでいるが縛られた3人を全く見ていない。


「さて、そろそろ答え合わせをしようと思うが、最後の妖魔の姿は見たな?」

「はい。多少形状は異なりますが、アレは灰燼鬼かいじんきでした。ただ、討滅とうめつしても魔装まそうは消滅しませんでしたから、妖魔が魔装を奪いまとっていたと考えています」

「そう。灰燼鬼はさくの祖父の代では独立した異端鬼いたんきで1人だけだった。ステルス妖魔と成った灰山桐香はいやま・きりか業炎鬼ごうえんき系の四鬼の女でな、当時は四鬼から異端鬼へとつぐ女が出たと裏表を騒がせたものだ」

「それはさぞめたでしょうね」

「くくく、今でも当時の騒ぎは覚えておる。四鬼も異端鬼もみっとも無く慌てて良い見世物みせものたっだわ」

「それは見れなくて残念です。しかし、よくそんな相手をヤクザが拉致らち出来ましたね」

「拉致等しておらぬよ。桐香は自ら妖魔の実験体に成ったんじゃ」

「……それは想像していませんでした」

「まだまだ幹部候補の域だ、これから影鬼内で上を目指すならば慣れていくと良い」


 真打の言葉に肩をすくめて特に向上心こうじょうしんが無い事を示した麻琴だが真打は笑みを深くした。

 麻琴に影鬼幹部を目指す向上心が無い事は真打も分かっているのだろうが、その姿勢しせいも含めて真打は麻琴を買っている様だ。


簡潔かんけつに言えば桐香は灰燼鬼の子を成す道具として灰燼鬼に拉致された様な物でな、自分で生んだ灰燼鬼の血筋を根絶ねだやしにする為に妖魔に成る事を選んだのだよ。妖魔に成ってからの細かい動向は把握はあくしておらんが、桐香を強奪ごうだつに近い形で奪われた業炎鬼が裂の祖父を粛清しゅくせいしてからも灰燼鬼の血筋を消し続けた。既に灰山の血筋で生きているのは裂を含めて4名に満たないだろう」


「確かに5体目の妖魔は裂に固執こしつしている様でした。しかし、あの魔装はどうしたのです? まさか業炎鬼が粛清した灰燼鬼から魔装を回収し、それを妖魔が奪ったと?」

「恐らく、そう言う事なのだろう。数年前に業炎鬼の倉庫から灰燼鬼の魔装が消滅した。それが灰山桐香だったのだろうな」

「裂ばかりがステルス妖魔に狙われ続けたのは何かご存知でしょうか?」


「あくまで推測すいそくになるがな、どうも灰山桐香は他のステルス妖魔に簡単な命令権を持っていた様だ。絶対的な物ではなく、方向付けの様な物のようだがな」

「だから灰燼鬼に連なる者を優先的に狙う様に他のステルス妖魔をあやつった。それも研究の成果ですか?」


「そうだ。四鬼が研究所を襲撃する前に影鬼として馬鹿共に接触して得た研究内容だ。1体の妖魔を完璧に人間の制御下に置き、その妖魔が他の妖魔を制御する。そういった代物しろものだったらしい」

「写真はその時の物ですか」

「ああ。妖魔を、人のごうを制御しようなどと狂った連中だった」


 溜息を吐いて首を左右に軽く振る真打を見るに本当に妖魔の制御は不可能だと考えていると察し、麻琴は話しを進める事にした。


「私が報告出来る事は特に無いのですが、今の内に答えられる事が有れば答えてしまうつもりです」

「大体の事情は把握しておるし、灰燼鬼の魔装の行方も知れて儂の知りたい事は知れた。影山の嬢ちゃんの報告書が出てくれば事足りるじゃろう。あとは、この馬鹿共の処遇しょぐうだけだ」

「お任せします。私は特に興味が無いので」


 その一言で鋼牙と白奈が目を見開いて麻琴を凝視ぎょうしする。

 今回の件で麻琴は完全に被害者だ。鋼牙の思惑と白奈の暗躍によって危険な目にったのは事実で真打が味方をしている。生殺与奪せいさつよだつの権利を持っていると言っても良い。


 だが麻琴の表情に嘘は無い。

 本気で3人に対して何の興味も無いのが明白な様子に真打が嬉しそうに相貌そうぼうを崩す。


「自分の命を脅かした相手でありながら興味は無いか」

「もう私には何も出来ないでしょう。これ以上はただ手間なだけです。処遇しょぐうはお任せしたいと思います」

「何もしないと言ったら」

「どうぞ。それこそ興味が無いので」

「くく、くはははははははっ」


 天井てんじょうに顔をらせて笑い出した真打を見て麻琴以外の全員が驚いた。今まで無反応だった護衛やしゃべらない女まで驚いている。


「良いだろう、処遇は儂が決めよう。別に報告もらんな?」

「はい」

「しかし、このままでは儂は大変な目に遭った可愛い孫に何の手助けもしない酷いじじいに成ってしまう。何か我儘わがままを言ってみい」

「あら、別に潤や裂に守って貰ったので特に大変な目には遭っていないのですが」

「まあまあ。孫を甘やかしたい爺のたわむれだよ」


「そうですね。では、裂が四鬼にスカウトされるのを防ぎ、今後も異端鬼として活動出来る様にお願い出来ますか?」

「くくく、気軽に孫の我儘を聞くものでは無かったな。全く、隠居間近いんきょまぢかというのに老骨ろうこつ鞭打むちうたねばな」

「大変な様なら別に構いませんよ。ただの思い付きですから」

「構わん構わん。孫が好きな様にペットを愛でたいと言っているのだ、爺としてもその程度は叶えてやりたい」


「あんな性悪しょうわるのペットは中々居ないでしょうね」

「悪趣味な事だ。流石は儂の孫だよ」

「あら、可愛い孫に酷い言い様ですね」

「はははっ。幹部候補にした甲斐が有ったというものよ。話はここまでとしよう。影山のお嬢さんが心配なのだろう? 医務室に連れて行って上げなさい」

「ありがとうございます。潤、行きましょう」


 あんに早く会議室から出る様にうながされた潤は素早く真打に礼をして扉に振り返り、喋らない女が開けた扉を出て退室する。

 それに麻琴も続き、喋らない女が扉を閉めて付いて来る時に薄っすらと聞こえたうめき声に悪戯いたずらっぽく舌を出して肩を竦めた。


 恐らく鋼牙の一家は行方不明にでも成るのだろう。

 本当に興味を失って潤を医務室に連れて行き、やけにつやっぽい女医の前に潤を座らせる。


「あら、お嬢様に心配して貰えるなんてうらやましいわ」

「良いから早くて下さい。流石に妖魔の打撃は効きました」

「無理するくせ、治しなさい。まあ貴女にそんな器用さは期待してないけど」


 気安い会話をしながらベッドに寝かされた潤を女医が触診しょくしんする。

 やはり殴られた場所はかなり痛む様でスーツとブラウスのボタンを外してあらわに成った腹部は酷いあざに成っていた。

 その痛ましい様子に麻琴は少しだけ目を細め、潤に気付かれた。


 軽く首を横に振って心配するな、気にするなと無言で示す潤だが、その態度を簡単に受け入れられる麻琴ではない。

 だからこそ影鬼の基準で鬼に成れないのだが、だからこそ麻琴は影鬼図書館の職員たちから支持を得ている。


 職員達も麻琴に先頭に立って欲しいとは思っていない。

 自分達がつかえるにる人物であってくれれば良い、仕える甲斐の有る人物であってくれれば良い。麻琴には負担ふたんだと分かっているが考えている事はそういった事だ。


 いっその事、今回の件で麻琴に関わると危険だと認識してくれれば麻琴としては気が楽なのだが、そんな風に考えるからこそ職員達は麻琴を信頼し手伝おうと思うのだ。

 一通りの触診が終わり、酷い打撲だと診察結果が出て湿布が数日分、手渡される。

 女医が出来る事は全て終わったとデスクに戻り潤がボタンを閉める。

 そのタイミングを見計らって麻琴は潤が座るベッドの横の椅子に座った。


「ああ、お待たせしました」

「良いの。私の為にした怪我けがだし」

「ふふ、名誉めいよ負傷ふしょうです」

「負傷しないのが1番よ」

「それはそうですね」


 2人で苦笑して、改めて姿勢を正して麻琴は潤を正面から見た。

 本当は潤も前線で荒事に参加する人員ではない。

 それでも今回は麻琴と付き合いが有るせいで危険な事に巻き込んでしまった。

 麻琴の価値観では、それは許されない事だ。


「潤の気持ちを踏みにじる事を前提で言うわ。今回は危険な事に巻き込んでごめんなさい」

「……私こそ、お嬢様の希望を無視して勝手をしました」

「私の為に自分を犠牲にした人を勝手だなんて言いたくは無いわ」

「だからこそ、私達は貴女を認めているのです。貴女が貴女である限り、それは変わりません」


「ふぅ。頑固がんこね」

「貴女に付いていく様な者達ですよ。誰も彼も頑固です」

「分かった。降参こうさん。影鬼の幹部を目指す気は無いけど、貴女達に恥じない様に頑張るわ」

「ふふ、犯罪組織に生まれた人の言葉とは思えませんね」

「別に影鬼家に興味は無いのよ。知ってるでしょ」

「ええ。無欲なのか欲が深いのか、ご当主が現在の幹部を無視して推した理由が分かります」


 潤の言葉に溜息を吐いて麻琴は天井をあおいだ。

 流石にこんな事件に巻き込まれる事は当分無いだろう。

 あと2ヵ月もすれば大学生だ。

 職員達からの期待は今でも重いと感じている。少しは裂を見習って自分の好き勝手に生きて行こう。

 それで職員達が離れたらそれはそれだと自分に言い聞かせる事で麻琴は気持ちを切り替えた。

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