第3章・6

 ユールがそう呟いた時、龍は急に速度を速め、白い壁に激突した。

 体を震わせるほどの轟音と、吹き飛ばされるかと思うくらいの衝撃だった。

 それでも、盾は無事だ。傷一つない。

 だが、それとは別に自分の体が急に疲労感に襲われた。


「……」


 手が少しだけ下がる。

 ガブリエットはわたしの微妙な変化に気づいたようで、後ろにスッと現れた。


「ポド、それも普通の魔法と同じように、体の中の力を使うんだろう」

「……みたいですね、ここまでのことはしたことなかったんですが……」

「龍のウロコは、昔から魔法に耐性があるという。それで攻撃されては、魔法もすり減らされる。先に機動を奪っておくべきだったな」


 今となっては、もはやどうにもならないことだ。

 投擲するための武器も、もうないのだから。


「ないわけではないさ」


 後ろから声がした。

 振り返ると、エディルさんが剣を携えて立っている。


「ここにまだ一本あるんだが……ドワーフの先王の宝剣が……」


 彼は手に剣を持ち、黄金や宝石で細工された鞘から引き抜いた。

 剣は、西日の荒野の中でもっとも美しく輝いた。

 先ほど彼らが投擲していた美しい銀色の金属でできたものだが、その様子は少しだけ違う。左右に鋭く研ぎだされた刃は、銀色ではなく違う金属の輝きを持っていた。それは、日の光の中でさまざまな色を見せる、眩しい虹色の刃だった。

 クルリと顔の前に掲げて見せる。

 普通の剣よりも短く、刀身は太い。

 ドワーフの体格と腕力を意識した作りなのだろう。


「これは、王家の家宝でな。正当な王家筋から俺のとこに流れ着いたものだ。さすがに家宝を投擲……」

「さすがにそれはやめませんか?」

「いや、しかし……」


 エディルさんの顔に、深い皺が刻まれた。

 だが、水流の音がすぐに耳に届いた。


「これなら――」


 ガブリエットがまた水を汽車の上に現出させる。


「――そのまま龍に剣が届くのでは?」

「それだ!」


 彼は、じっとガブリエットさんを見つめる。

 言葉はない。ただ二人ともしっかりと頷きあった。


「命、預ける」


 彼は水に飛び乗り、空を舞った。

 その様子を見て、龍は天に大きな雄叫びを放った。

 恐ろしい怪物も、恐怖したのだと思う。


「あれは、『虹霓』……の影打だ。ドワーフの王の剣。龍がいつから生きている者なのかはしらないが、もしも先の戦争の生き残りならば、あれの怖さは知り尽くしているだろうよ」


 ガブリエットさんは、水を見事に操って見せた。


「剣の秘密を、知っているか!」


 わたしたちではなく、エディルさんに聞こえるように叫んだ。


「剣を水に付けろ」


 水の上のドワーフは、その剣を足元にある水へ突き刺した。

 すると、さっきまでの剣の色とは、まったく別のものへと変わっていた。

 そこにだけ夜闇が現れたような、深い群青色の剣に変わった。


「それならば切れる。奴の剣は、ヒトの王のために打った剣の予備を、自分用に改造したものだ。その刃先には、纏う魔力に属性を変えるという『王鋼』が使われていた」


 美しい青へと色を変えた刃先から、白く冷たい冷気が立ち上る。


「水の力を得た今、刃先からすべてを凍りつかせる冷気を放つ剣となった。ウロコすら瞬時に凍りつかせるだろう」


 水の柱が龍へと伸びていく。

 龍は、身をひるがえし、大きく上へと飛び上がる。

 それを追うように、水柱も上へ上へと伸びる。

 が、龍はそれをすでに読んでいたかのように、くるりと下へ方向転換してみせた。

 それは水に乗る方にしても、操る方にしても追いつくのが不可能な方向転換だった。


「だったら!」

 エディルは、大声を張り上げた。

「頼んだぞ、ガブリエット!!」


 そう叫んで、彼は水の上から空へと飛んだ。

 わたしたちの遥か上空から、ガブリエットのコントロールを離れて、何もない空へと飛びこんだ。そこに待つのは、地面に引っ張られるだけの落下だ。けれど、その太い刀身に風を受け、空中で態勢を整えた彼が落ちてきたのは、見事に龍の右翼の上だった。

 水の柱の先から降ってきた小人に、龍の翼は一刀両断されたのだった。


「やった」

 わたしの口は、自然にそう呟いていた。

 でも――。

「あぶないっ!」


 地面へと激突しようとするドワーフを、ガブリエットさんの水が包んだ。

 車両の荷台で、三つのため息が聞こえた。

 けれど、安心してもいられない。バランスを崩した龍だが、まだ何とか空を飛んで見せている。先ほどのように自由にとはいかないまでも、まだこちらを攻撃しようという意思はまったく乱れてはいない。

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