第1章・5

 入り口を入るとそこは工場こうばだった。

 大きな機械が六台並んでいる為、元々は広いはずの場所のようだけど、すっかり人間の動線がギリギリとれる程度の場所になっている。天井も一部が吹き抜けになっていて、二階部分を走る鉄の梁とクレーンが、地上と空から余分な場所を失わせている。

 技師の工場というものは、大体こんなものなんだろうか。


 入り口すぐ横の大きな機械が、シュウという大きな音で蒸気を吐いた。

 わたしは内心どきりとして、少し飛び上がったが、無理にでも顔に出さないように心掛けた。ビビっていると思われてはいけない。恐くてもそれを悟られてはいけない。そんなことを知られて、バカにされてはいけない。

 国の中枢にいる人間が、たわいもない人間だと思われるのは更に良くない。

 

 落ち着くんだ。

 わたしは、仕事をしっかりやり遂げる。

 中に通されると、すぐ側のテーブルにかけさせられ、彼女はすぐにどこかへと消えた。

 わたしは部屋の真ん中にポツンと置かれた、この場所で盛大な晒し者となるのだ。さっきのドワーフを入れて、ざっと見回すだけで六人のがっしりとした男たちに今取り囲まれている。

 機械油の臭い、熱さ――そして、男たちの汗の臭い。

 今すぐにでも、ここを抜け出したかった。

 でも、わたしはここに来ることが目的。

 早々に諦めるわけにはいかない。


「……」


 にしても――

 周りの視線。

 胃が痛い。

 ああ、なんでここにいないといけないのだ。

 奥の部屋から、また一人ドワーフがやって来た。

 その姿は、すでに部屋の中に居たドワーフであるエディルと似ているようで、エディルをさらに老いさせたというような姿だった。単純に考えれば、親子――でも、彼らもまた人よりも長い寿命を持つ者だ。簡単には判断できない。


「客人に、お茶をと言われてなあ」


 ヒョコヒョコと小さな手足でお茶を運んできた。

 熱そうなポッドと、美しいカップ。わたしが城で使っている茶器よりも明らかに質が高そうに思えた。町外れのこんな場所に、こんな高価な茶器があるなんて。


「北方の街の茶器ですよ」

「透き通るような薄さと白さ――いいモノなのはわかります」

「御嬢さんも御目が高いですなあ。ドワーフとも交流のある街の磁器じきで、技術的な交流もよくあることでしてな。ドワーフの作るものよりもより丁寧な仕事をしておりましてなあ――ああ、わたしは、ゼンダル。そこのエディルの父ですわ」

「よ、よろしくお願いいたします」

「まだ息子も皆も血の気が多くてなあ、申し訳ないことですわ」

「親父!」


 エディルさんが大声を上げる。


「それは魔法使いだぞ。慣れ慣れしくするな」

「いいじゃないかい。お茶の好きなモンに悪いもんはいない」


 カップにはお茶が注がれる。

 爽やかな香り、採れたばかりの果実を想わせるお茶の匂い。これもまた良質のお茶でなければ、生まれることのないものだ。敵中――わたしからの敵意は無いのだけれど――にあって、これほど落ち着くことはない。

 まだ熱い。

 ポッドは、火から下しているというのに。

 何かの魔法か? それともわたしの目はポッドに注がれる。


「これに興味がお在りですか」

「ええ、さっきからずっとお湯が熱いみたいだけれど」

「ここの“蒸気機関”の技術を駆使して、こんな物ができたんですわ」


 そんな物が……。

 発明品のポッドが、ボウと唸った。

 と同時に、


「さて、待たせたな」


 彼女――ユールと呼ばれていたっけ――が奥の部屋からこちらに戻ってきた。


「アンタはあれだろ、社長に用があるんだろ?」

「え、ええ……、そうです。今回の大きな計画の御話は聞いているんですよね?」

「一応な! なんかやるらしいことだけは」

「それって――」


 はっきり言って「分かっていない」ことになるだろう。

 だが、さっきの怖さが、わたしにツッコむ気力を失わさせていた。

 しかし、まあ、社長という人が分かっていれば、それでいい。


「ところで、その社長さんは?」

「今戻ってくるように伝令を出したから、しばらくすれば戻ってくるよ」

「わかりました」


 彼女は、わたしの前の席に座った。

 男所帯ゆえの態度だろうか、足を広げてひじをつく姿は、女性のものとは思えない。

 ユールさんは、本当に女性らしくないなと思いつつ、彼女のことをジッと見ていてしまったようだった。


「何見てんだ――えっと、名前なんて言うんだ?」

「ポドです。ポド・フランドイル・エイドゥ=クゼと言います」

「エイ……クゼ?」


 頭を傾げる。

 よく周りを見回せば、他のみんなも同じような感じだった。


「なんだっけ、聞いたことはあるんだけど」

「……」


 なんだろう、頭が悪そう……と思ってしまったが、さすがにそこは口を噤んだ。

 私が何も言えずにいると、大きく建物が揺れた。

 ガン――という音と共に。それは地面が揺れたわけではなく、何かが横から壁にぶつかった音のようにも聞こえた。その音がしてすぐに、入り口の上の梁から声が降ってくる。


「バカ。この国の大統領の家名だろうが」

「あ、おかえりー」

「ああ」


 はりに男が立っていた。この人がここの社長である、ヘイロン氏なのか?

 彼は、天井から下げられた鎖を伝って下に降りてきた。

 その後ろで、何か大きな影が動いた気がした。


「すまんな。ちょっと議会のほうに呼ばれてた。連れと急いで帰ってきたとこだ。待ったか?」

「あ、いえ、そんなに」

「まさか、自分の孫娘を使いに出すなんてな」


 わたしの前、ユールさんの横に彼は腰掛けた。

 どこかで見たような顔、どこだったっけ?


「俺は、あれだ――ホヅディル・ゴンっていう。ここの社長代理をしてる」

「社長代理? ヘイロン・パパノ氏に会うようにと言われているのですが」


 そこでホヅディルさんも、また隣の彼女も呆れたようにため息を吐いた。

 何かと困っているという顔だった。


「社長は、今、行方不明なんで」


 まったく世の中は、うまくいかない。

 行方不明って――

 ん? 行方不明!?

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