第1章・1

 大陸「東ニゥエシト」の中心は、「神の腰掛」と呼ばれる広大な平原が広がっている。

 はるか昔、巨大な神が座った跡と語られるその場所は、大陸の三分の一ほどを占める。

 平野の中心に、恐ろしく高い城を中心に作られた都市がそびえていた。 

 魔法都市「ガルデオ」。

 広すぎる平野からすれば、あまりにも小さく見えてしまうが、高名な魔法使いによって作り出された東ニゥエシト最大の都市であり、世界中の魔法使いが憧れる聖地でもあった。

 

 平野の北には、季節を問わず雪を湛える山がある。

 そこは、誰も未だ到達することができない未開の地だ。


 南には深い森が広がっている。

 森はエルフの王の土地であり、こちらが簡単に足を踏み入れることはできない。


 東には海を挟んで、大小さまざまな島と、その向こうに大陸がある。

 両大陸の距離は遠く、大きな交易船と箒だけが国交を繋げていた。


 西には深い谷。

 そして、魔人の跋扈ばっこする敵国――だが、その谷が進攻を防いでいる。

 大陸を――いや、世界すべてを――二分する谷の淵には、国防の最前線たるダイエン砦が立ち、敵の進行を監視していた。魔力の持たない非魔法使い族「リヒロ」が、交代で兵役についている。

 

 

           ◇


 

 クゼ城の階段を、踏みしめて上る。

 くすくすと、知らない女の子が嗤いながら飛んで行った。


 魔法使いとリヒロをまとめる大統領の居城であり、基本的には魔法使いが箒で飛んで上るという前提に作られているから、わたしがこんな風に汗だくになって上層階まで上ることなんて考えられていないのである。

 わたしのような例外の魔法使いが。

 魔法の力を持たない魔法使いが。

 空を飛べない魔法使いが。


 こんなところで働けているなんて……みんなに言わせれば、大統領の血縁、親の七光りでしかない。それはわたしが一番に感じている。だから、こんな苦痛も甘んじて受けなければいけないのだ。でも、いったん休憩……。

 階段に座り込むわたしを励ますつもりか、風が吹いた。

 体を持っていかれそうなほどに強い風。

 だいぶ上まで来た。

 窓から見下げれば、眩暈めまいのする高さだ。

 城の最上階に位置する大統領執務室は、ほとんど空中に浮いていると言っていい。

 遥か昔、この城を建てた建築士は、高名な魔法使いだったからだ。

 城の中のレンガにはわたしの理解の及ばない高度な魔法が使われていて、現在では作ることのできない不可思議な――強度を無視した構造をとっている。枝にぶら下がった果実のような構造の大統領の部屋も、はるか昔魔法の産物だ。


 執務室の手前、自分の足で登ることの限界の地点に大統領のための秘書室がある。そこのドアを静かに叩いて、ほんの少しだけ顔をのぞかせる。すると、秘書室の末席に座っている友人がわたしに気づいた。


「ポド、どうしたの?」

「そのね……テルトに『いつもの』をお願いしたくて」


 パッと一瞬目を丸くした後、納得したように小さくうなずいた。


「すみません。ちょっと出てきます」

「はあい」


 室内から間延びした適当な返事が返ってくる。

 そして、どうしてそんな大きな声で話さなければいけないのかわからないのだけれど、こんな話が聞こえてきた。


「またあの子、どうしたの?」

「ほら、『例の御孫様』の付き添いだよ」

「またぁ? 自分が飛べないからって、他人に迷惑かけないでほしいよね」

「大統領の孫だから、むりやり脅してるんじゃない」

「ホント迷惑っ! あの子もそう思ってるって」


 ハハハと笑い声が聞こえてくる。

 わたしはとっさに耳を抑えたが、もう遅かった。

 体が震える。わたしだって好きで――

 そんな手を、テルトは優しく掴む。


「私は、気にしてないよ。あの人たちは、私にもああなんだから」

「でも……」

「大丈夫だって」


 と言いながら、彼女は手慣れたように来客用の絨毯を飛ばすと、私を大統領執務室の手前に送り届ける。さすがの来客用だ。ここまで飛行が安定しているのは、要人専用だからだろうか。

 ぼんやりとしていると、不意に、


「ポド、あれ!」

「ん?」


 テルトの指し示す先には、妖精が鳥を後ろから押さえつけてバタバタと飛んできている。

 このままだとこっちに直撃してしまう。


「早く、あれを!」

「鳥には危ないだろうけど、しょうがない……か……」


 わたしは、自分の魔法を頭の中でイメージした。

 絨毯の周りに光の膜を張るようにイメージする。

 本当は、魔法には呪符が必要だ、わたしたちの魔法には。でも、これはなぜだかわからないけれど、特別にできる行為。

 それ以外はからきしではあるけど。

 シュンとわたしたちの前に光の膜が現れる。半球体状の膜の表面で、飛んできた鳥がするりと滑り、さらに遥か彼方へと飛び去って行く。


「助かったよ、ポド。ありがとう」


 ふう。

 私は少しだけ疲れて、大丈夫だよと軽く手を振るだけにした。

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