第33話 パラス 散る

 腕をグルグルと回し、気合十分なアテナがボールの前に立った。


「ふっ、俺の一撃で全てを終わらせてやる。覚悟しろ」


 何て自信満々な顔だ。そういえば、俺はここに来てから女神が戦う所を見たことが無い。いったい彼女らの本気はどれくらいのものなんだろう?


 俺はちょっとした興味を抱きながら、アテナの動向に注視した。


 それは周りの人間も同じなのか、アテナが攻撃の用意をすると共に、観客も静まり返った。


 アテナは深く息を吸い、それをゆっくりと吐いた後、一瞬の間を置いて目を見開く――


「ギャラクティガ・メガトン・レクイエム‼」


 技名を豪快に叫んだ後に、アテナはボールを力一杯に打ち付けた。


 すると、そのボールは真っ赤なオーラをまとい、強烈な速さで相手の悪魔の一人に向かって飛んで行く。


 そのボールを悪魔は避けずに両手を前に突き出すと、そこには何かしらのシールドが出来上がり、アテナの攻撃を受け止めた。


「ぐっ! ぐっおおおおおおおおおおおおおっ!」


 悪魔のシールドとアテナのボールがぶつかり合い、その周りにはいくつもの稲妻が走っていた。そんな攻撃を耐えている悪魔に対し、アテナは掌を開いて片手を突き出す。


「……ハッ‼」


 アテナの何かしらの気合を発した後、ボールがいきなり大爆発を起こした。


「ぐっわああああああああああああああああっ!」


 その爆発と共に、悪魔は叫び声を上げながら吹き飛びゲートの中に飛んで行く。そしてそのまま地面に頭部から落ちた後、白目をむいたまま動かなくなった。


「ふっ、たあいもないな」


 アテナは満足そうに笑みを浮かべた。


『きっ、決まったああああああ! 早速女神様チームの先制点だあああああああああ!』


 目の前で起こった壮絶な光景に少しの静寂を挟んだ後、思い出した様に実況が声を上げた。すると、それに便乗した観客が大歓声を上げる。


 一気にボルテージが上がった競技場の中で、一人だけ冷たい氷の様にテンションが下がった者がいた。


 俺だ……。


 なっ、何だこれは……? 俺は本当にこれからこんな事を始めるのか?


 こんなことをしたら、俺は確実に死ぬ! ……いやもうほとんど死んでいるけども。


 駄目だ、どうにかしてこの現状を回避する方法を考えなくては。


「幸太さん、次の攻撃時は誰が行きます?」

「おっ、お先にどうぞ」


 ヴィディの問いに、俺は笑顔を引きつらせながら答えた。


『さて、次はオールドクラッシャー側の攻撃に移ります! 女神様チームはどうやって守り切るのでしょうか!』


 俺はそのアナウンスを耳にすると、慌てて一番後方に走って行った。


「おい。主は何をしておる?」

「いえ、僕の様な下っ端は皆様の縁の下の力持ちと言いますか、陰ながら支えさせてもらおうかなと思いまして」

「だから、我の後ろに回り込み、我を盾のように手で我の背中を押しているのか?」

「ベル様。真実とは目に見える事とは異なるものなのです」


 そう、俺は断じてビビって女神様の後ろに隠れたわけではない。


 俺は自分の役割をちゃんと理解できる人間だ。俺は戦闘能力で戦うタイプではない。思考を巡らせ知能戦で力を発揮するタイプだ。


 こうやって時間を稼ぎ、皆を勝利に導く為に作戦を考えているのだ。


 そう、断じてビビって女の子の後ろに隠れたわけではないのだ!


「それでは、次はわしの番じゃのぉ」


 そうこうしている内に、相手の悪魔が自陣のボールの前に来た。


「ひっ、ひいいいいい!」

「おい。本当にそれが陰から支えている事になるのか?」


 俺はお化け屋敷の中で、女の子が男の子の背中に顔を埋めて、周りを見ないようにしているような恰好をしていた。


「さーて、それでは誰にしようかのぉ」


 悪魔が選別するかのように俺達の顔を見渡す。俺は出来る限り気配を消し、ベルの背中に顔を隠した。すると、悪魔はある人物に目が留まった。


 その視線の先には、何故か競技ではなく観客席の黄色い声援を送る女性達に視線を送り、甘い笑顔で手を振っているパラスがいた。


「あいつにするかのぉ。わしはイケメンが嫌いじゃけぇ」


 そんなターゲットにされた事にも気が付かずに、パラスは依然として色々な女性に甘い言葉と笑顔を振りまいている。


「おい、パラス! 何やってるんだ⁉ 集中しろ! 狙われているぞ!」


 俺の警告にパラスは、こっちを向いた。


「どうしたんだい? 君も僕の愛の囁きを聞きたいのかい? ふうっ。まったく我がままロンリーボーイだな」


 やれやれといった感じに、パラスは肩をすくめ顔を横に振りながらこっちに歩いてくる。


「違うわ! 狙われているから気を付けろって言っているんだ! っていうか、こっちくんな! 巻き込まれるだろ!」

「ハハハハッ。今度は来るなって、君はとんだツンデレボーイだな。だが安心するといい。僕はそんな自分に素直になれない子にも、ちゃんと理解して包み込んであげるよ」

「いやいやいや! 何も理解してない! 一ミリも俺の気持ちを理解してないから!」


 そんなやり取りをしている間に、悪魔はすでに攻撃モーションに入っており、パラスに向けてボールを強烈に打ち付けてきた。


「パラス、見ろ! 来ているから見ろ!」

「まったく君って奴は、そんなに僕の瞳を独占したいのかい? しょーがいないっ――」


 次の瞬間、パラスの横腹に激しくボールがぶつかった。


「ぐっはっ!」


 その衝撃でパラスは宙に舞った。何故かバラの花を散らせながら。


「パラスーーーーーーーーーーー‼」


 パラスはそのままゲート中を通り抜けて、地面に叩きつけられた。


 女性達の悲鳴の後、パラスは仰向けのまま天に向かって弱弱しく手を伸ばす。


「おお、神よ。貴方は何故いつも僕に試練を与えるのか? …………ふっ、愚問だったな。これが僕の運命なんだね。でも、僕は満足だよ。こうやって、誰かの為にこの身をささげることが出来たなら。この世の全ての者に幸あれ」


 残念イケメン野郎の一人劇場が披露された後、パラスは満足げな顔をしながら目を静かに閉じた。


 そして、何故かその体の周りには何処から出てきたのか分からないが、大量のバラの花が敷き詰められていた。


「…………おっ、お前は何しに来たんだよおおおおおおおおおおおお!?」


 俺の反応とは逆に観客席の女性達はシクシクと涙を流している。


「パラス様。私達を守る為に……」

「泣かないで! パラス様は永遠に私達の心の中で生き続けるわ!」

「そうね。さあ、みんなで祈りましょう! パラス様、ありがとう!」


「いやいやいや! 何もしてないからねあの人! ただの不注意で逝ってしまっただけの人だからね!」


『う~感動的や! このフローラの目にもまだ涙は枯れておらんかったわ。そんなこんなで、一対一の同点です! この壮絶な試合の行方はいかに!』


 せっかくの点差を意味の分からぬまま同点にされてしまった。こ、これからどうする? 


 そう思考を巡らせている中、一人の女性が一歩前に出た。


「それでは、次は私の番ですね」


 そこにはにこやかな笑顔を見せているヴィディの姿があった。それは今起こっている非常な残虐なゲームに参加している者の顔とは思えなかった。

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