第32話 主役は遅れてくる

 俺は悪魔から一番離れている場所に陣取る事にした。


『おっと。何やらごたごたがあったようですが、どうやら競技は続行されるみたいです! それでは軽くルールのおさらいです。競技場のゲートに相手かボールを通せば一点! 三点取った方が勝利という、誰にもわかりやすい競技となっております! さあ、今日は我々にどの様なデッドヒートを見せてくれるのでしょうか!』


 そのアナウンスを聞いた観衆から、もう一度大きな歓声が沸き起こった。


「ここは本当に天界かよ? 何でこんな野蛮な競技が人気なんだ?」

「天界だからですよ」


 ヴィディが俺の疑問に答えた。


「普段穏やかな天界だからこそ、こんな刺激を受けられるものが人気なんですよ。この前も言ったように、欲がその世に定着するのに必要って言いましたよね?」

「じゃあ、この刺激が人間たちなどに必要な欲求心を満たしていると?」

「ええ、そういうことです」

「……ということは、俺達は皆の興奮剤代わりの生贄ってことか……」

「そんなに悲観的にならないでください。この困難に打ち勝てば、いいこともありますから」

「例えば?」

「ほら、神の居場所の情報が手に入りますし。それに……」

「それに?」


 ヴィディは頬を赤らめ、上目遣いでこっちを見てきた。


「私達の愛がより一層深まります」


 俺はその言葉に、引きつった作り笑いしか出来なかった。


 普通こんな美少女にこんな事を言われたら、涙を流して喜んでもいいくらいだ。


 しかし、この人の愛は幸せより危険を感じてしまう。それに今はそんな事に喜んでいる余裕が無かった。


「それじゃあ、先陣はやっぱり俺だな!」


 ヴィディとのやり取りが終わった時に、アテナが威勢のいい声を張り上げて前に出た。


 アテナが自分の打つボールの前に来た時――。


「ちょっと待つのじゃ」


 後ろからベルが現れた。


「このチームの代表は我じゃ。なら一番手は必然的に我になるじゃろ。そこをどくのじゃ」

「何を言ってるんだ? 怠けすぎて、頭にカビでも生えたか? ここは俺だろ」

「主に頭のことを言われるとはの。主こそ頭が筋肉だらけで血が通ってないんじゃないのか?」

「何だと……?」

「何じゃ……?」


 この空気、あかん……。


 俺は近距離でにらみ合っている女神たちの間に割って入った。


「ちょっと待ったー!」


 ただでさえ今の状況は最悪なのに、仲間割れをしている時じゃない。


「何じゃ、駄犬? 今は大切な話をしている途中じゃ。ハウス!」

「そうだ、これだけは譲れないぜ。逃げ出そうとした奴は口出しするな!」


 何でこういう所は意見が合うんだ?


「待ってくれ。俺達の相手は、あの悪魔達だろ? ここで言い争っている場合じゃないはずだ。ここはお互いに手を取り合って」


「「腰抜けは黙ってろ‼」」


「だから、何でそこは息がぴったりなんだよ!」


 このままでは内紛で自滅していく未来しか見えない。


 俺はその場から少し離れてベルを呼ぶことにした。


「ベル様、ベル様。ちょっとだけこっちに来てください」

「ん? 何じゃ、我は絶対に引かんぞ」


 渋っているベルに小声で耳打ちする。


「ベル様。日本には『主役は遅れてくる』という言葉がありまして」

「なんと。それは本当か?」

「はい。ですから様々な競技で大将は最後に出てきます」


 俺の話を聞くとベルはニヤリと笑い、アテナの元に歩いて行った。


「おい、アテナよ」

「何だ? 何度も言うが先陣は俺が」

「譲ってやるぞ」

「は?」

「だから譲ってやると言っておるのじゃ」


 ベルの譲歩にアテナがニカッと笑った。


「やっと誰が上か理解したか。見てろ、俺が蹴散らしてやる」

「ふん。せいぜい頑張るがよい」


 話が付いたらしく、ベルが再び俺の元に戻って来た。


「我は最後に出る。主役じゃからな」


 ベルがキメ顔をしてくる。


 ここまで思い通りになるとは……。


 何故かこの女神の扱い方がだんだん上手くなっている気がする。


 うん……全然嬉しくないな。


「ふっ、見ろ。あの筋肉バカの浮かれた顔を。我の思惑通りに動いてるのも知らずに。くっくっくっ、滑稽じゃの」


 あんたも何も変わらないんだけどね。


「ん? なんじゃ? 今不愉快なものを感じたんじゃが」

「いえ、気のせいです。気を取り直して、行きましょう! キャプテン!」


 俺の『キャプテン』という言葉を聞いて、ベルは鼻高々に両腕を組み仁王立ちした。


「うむ!」

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