第26話 高尚な競技 三角馬競争

 俺はアテナと約束を交わし、神殿を後にした。


「幸太さん。安請け合いしてしまって大丈夫ですか?」

「ああ、俺にも考えがある。必ずアテナを優勝させて神を見つけてやる!」

「ふん! あんな熱血バカの言う事なんぞ聞かなくていいんじゃ」


 ベルは俺がアテナの願いを受けたことに不満らしい。


「じゃあ、他に情報を手に入れるアイディアがあるんですか?」


 ベルは腰に手を当て、堂々とした仁王立ちで一言を力強く叫んだ。


「勿論無い‼」

「何で、そんなに自信満々に言うんですか?」


 そんなベルに呆れている俺の隣にヴィディが来る。


「それで、これからどうします?」

「とりあえず、まずは情報収集だ」

「情報収集?」

「ああ、俺がいた地上の学校には体育祭というものがあったんだ。そこでは生徒は必ずどれかの競技に参加しないといけないという、血も涙もない取り決めがあった」

「まあ、それは大変ですね」

「そう。大変だが、その運命から逃れる事は出来ない。そこで、俺が出来る事は情報収取だった」

「それで、どういう事を調べたのですか?」

「君、良い質問だね」


 俺はヴィディに指をさした。


「何かその主のキャラ、鬱陶しいの」

「調べる事は、どんな競技で、誰が、どれだけの人数でやるかだ」


 俺は二人に授業の講義をする様に、大会での処世術を説明する。


「まず競技では、百メートル走やリレーなど花形はNGだ。これらは各クラスのエリートが集まり、確実に恥をかく! 後、騎馬戦とかは不運での怪我の可能性があるので、これも避けること。いいか? ここテストに出るから要チェック」


 二人とも俺の言った事をメモに取る。


「それに誰が出るかだ。花形に出ていなくても、ある程度運動が出来る奴がいい成績を残す為に、あらゆる競技に隠れている可能性がある。花形を避けていても、そんな奴らの引き立て役にされる可能性がある。ここは落とし穴問題だから気を付けるんだぞ」


「はい。先生!」


 ベルが質問の為に手を上げる。


「はい。ベル君」

「そんな伏兵がいたら、どんな競技を選べばいいのじゃ?」

「それは…………ドマイナー競技だ!」

「「ど……ドマイナー競技……」」


「そう! あまりにも地味過ぎて、ある程度運動が出来る奴にも敬遠される競技だ! 

そんな競技は必然的に参加人数も少なく、運動が苦手な者が集まり、勝つチャンスが格段と増す! そして注目度が低いから、もし負けてもあまり恥をかかない」


「「おお!」」


 俺の論理的な戦略に、感銘の声を上げる俺の生徒達。


「はい。先生!」

「はい。ベル君」

「それで、先生は何の競技を選んだのじゃ?」


 ベルの質問に少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。


「……三角馬競争」

「「さ、さんかく?」」

「三角馬競争だ!」


 俺はこの高尚な競技名を叫んだ。


「俺はこの競技のお陰で、見事三位を手にしたのだ!」


 俺は懐かしむ様に遠い目をした。


「あの壮絶な2位争い。第四コーナーでの三組帰宅部の鎌田君とのデッドヒート。……鎌田君、今何してるのかな?」

「……一位じゃないのじゃな。それに負けておるし」

「ごほんっ! と、とりあえず、このチェックポイントを押さえて、これから俺達が参加する競技を探す!」


「「おーっ!」」


 それから俺達は地上で培った選定能力を元に、ここで行われている競技を見て回る事にした。俺達は一日中、一生懸命街に競技を物色した。


 しかし、納得できるものは見つからなかった。


「おい。我はもう歩き疲れたぞ! どれでもいいからさっさと決めろ」

「何言ってるんですか? これだけで。普段怠けてばかりだからすぐ疲れるんですよ」

「うるさい! うるさい! 疲れた! 疲れた!」


 子供でもしないような駄々こねを、ベルがし始めた。


「分かりました! 分かりましたから、止めてください! 恥ずかしい。……ふう、今日は何処かで宿を取って、また明日探しましょう」


 ベルをなだめる為に何処かに宿が無いかを周りを見渡した時、俺の目に一つのテントが映り込んだ。


 そのテントはこの街では珍しく物寂しい雰囲気の中ポツリとあり、その前ではよろよろした小さな老人二人が、お茶をすすりながら椅子にちょこんと腰かけていた。


「んんっ!」


 俺はその老人達の隣に立て掛けられてある看板に、目が釘付けとなった。


「こっ、これだああああああああああああ‼」


 テンションが上がり、一目散に老人達の前に走り寄った。


「じっ、爺さん! この競技の参加者はまだ募集中か?」

「むっ? そうじゃが」

「ほっ、本当か! ちなみに参加者は他にどれくらいいるんだ?」


 その問いに爺さんがため息を吐きながら首を横に振った。


「残念じゃが、こんな競技じゃしのぉ。まだ一人も参加しておらん」

「かっ……完璧だ……」


 俺は爺さんの隣にある看板に指をさし、高らかに宣言した。


「決めたぜ、爺さん! 俺はこの『ゲートボール大会』に参加するぞ‼」


 本当に完璧だ。必死に探し回った甲斐があった。


 ゲートボール。


 それは休日の和やかな公園で行われる、落ち着いた老人達が嗜む大人の競技。誰かを陥れたり、危害を加えたりしない平和なものだ。


 これなら自分の身の安全を保障しながら、この体力的に劣る爺さん相手に勝負するだけ。それに加えて、参加人数の少なさ。


 競技内容、参加する人、人数――


 これだけ好条件の競技なんて他にない。勝利は約束されたみたいなものだ。

イージーゲームだぜ!


「ほっ、本当にいいのか? お前さんみたいな若いもんが、こんな大会に出て?」

「ああ、勿論だ。こんなに俺が求めた競技は他にない! 参加人数は1チーム5人だな? よーし、必ず用意しよう」

「ほー。今時の若者にしては良い目をしておる。何せ誰も参加者がおらんかったのじゃ。こちらとしても助かるわい。ほれ、ここにサインするのじゃ」

「ああ、分かった!」


 俺はこの理想ともいえる競技に参加希望をする署名に、何のためらいもなくサインした。


 その後、試合は明日おこなわれる事を聞き、俺は明日の対戦相手に笑顔で手を振りながら上機嫌でその場を離れた。


「おーい! 二人とも、俺達が参加する競技を見つけたぞー!」


 今日一日の努力が報われた俺は、自分の成果を速く伝えたく、二人に駆け寄る。


「む、やっと決めおったか。これでやっと休める」

「で、どの競技になさいましたの?」

「ああ、ピッタリのものがあった。ゲートボールだ!」

「ゲッ、ゲートボール?」


 ベルが首をかしげて聞き返してきた。


「はい。もう登録も済ませてきました」

「本当に、そのゲートボールでいいですの?」


 二人とも俺が思っていた反応ではなかったが、きっとマイナー競技だからピンときていないのだろう。


「ああ、大丈夫だ! 俺を信じてくれ。でも、この競技は5人制だからヴィディ達の力も貸してもらわないといけないんだ。いいか?」


 俺の質問に、ヴィディは満面の笑みを浮かべて手を上げた。


「はい! 力を貸し合う事は、愛を深める為に重要です。このヴィディーテ、愛の為にこの競技に参加しますわ!」

「ありがとう……ベル様は?」

「う、うむ……」


 ベルは少し何かを考えるそぶりをする。


「……しょうがないのお。我も手伝ってやるか」

「本当ですか!」


 ベルは何故か自信満々な顔を見せる。


「ふっふっふっ。そろそろ我の本気を見せる時が来たか……」

「えっ、いつもゴロゴロしながらゲームをするのが、ベル様の本気じゃなかったんですか?」

「何か言ったか?」

「いえ、何も。さあ、善は急げです! 早速アテナの元に参りましょう!」

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