第25話 戦の女神 アテナ

 その後俺達はヴィディの案内の元、この街を統括する神殿へと向かった。


 神殿は街の中心部にあり、その外観はまさに俺が抱く『神殿』というイメージそのものだった。

 

 白を基調とした長い大理石の階段を上り神殿に入った俺は、普段目にしない風景に物珍しそうに周りを見渡した。


「へー。なんか凄いな。色んな戦士みたいな石像が並べられていて、何というか厳格な雰囲気が出ている」

「ふふふっ。ここは戦の街ですから、歴戦の戦士たちがこんな風に祀られているのです」

「ふっ、ならば様々な世界を戦い抜いた我も、そのうちここに祀られるのじゃな」

「あんたが戦っているのは、小さな画面の世界だけだろ」


 ベルがポカポカと殴ってきた。


「それじゃあ、私がこれから情報をくれそうな方を呼んでくるから、少し待っていてくださいね」


 ヴィディはそう言うと、この神殿の受付のような場所に行き、そこの受付らしき人に何かを話しに行った。少しすると、ヴィディは笑顔のまま戻って来た。


「少し待っていてくださいですって」

「その情報を教えてくれそうな人って、ヴィディの知り合いなの?」

「ええ。私達の古くからの友人ですわ」

「私達? ってことはベル様の友人でもあるのですか?」


 その言葉を聞いたベルは、嫌そうな顔をする。


「ふん! 誰が友人じゃ? 我はあんな熱血バカは好かん」


 ベルが悪口を吐いた時、神殿の二階へと続く大理石の階段上部から声が響いた。


「誰が熱血バカだ!」


 俺は今まで静かだった神殿内に、大きく響く凛々しい声がした方に目線を移した。


 すると、そこには階段の上から俺達を見下ろす様に、一人の女性が凛々しく堂々と仁王立ちをしていた。


 そして――俺は言葉を失っていた。


 純白の無駄な装飾の無いドレスを身にまとったその女性は、まるで炎が燃えている様な情熱的赤色のセミショートヘアーで、それと同じ色の魅入られるような赤い瞳を真っ直ぐにこちらに向けていた。


 そして、その姿は神殿にある歴戦の戦士の石造の様に、無駄な贅肉が無く洗練されており、正に『洗練美』という言葉がぴったりな風貌だった。


 そんなこの世の物と思えない存在に、俺は思いのままに口を開く。


「女神か……」


 俺のそんな言葉に、その女性は凛々しい姿のまま情熱的赤い唇を開いた。


「女神だ‼」


 いつかのどこかで聞いたようなセリフが神殿の中に響き渡った。


「えっ?」

「だから、女神だと言ってるだろ!」


 あ、この人も女神なんだ。


 俺もこの世に慣れてきたんだろうか? 女神と言われ、すんなりと俺はその存在を受け入れたのだ。


 しかし、正直に言って俺は女神と言う存在にいいイメージを持っていない。

 

 何故なら、一人はただのニートだし、もう一人は何か怖いし。


 俺はこの人に、どうか俺のイメージを覆すような人であって欲しいと儚い願いをした。


「それよりも、誰が熱血バカだ!」


 その新たな女神が、ベルに向け鋭い目線を送る。ベルはそんな眼光にもお構いなく返答する。


「ふん! 主以外におるか?」

「何だと? 貴様みたいな堕落バカにバカなどと言われたくない!」

「誰が堕落バカじゃ! 我はただ無駄な労力をしないだけじゃ! 省エネというやつじゃ! 主と違って計算通りに賢く生きておるのじゃ!」

「何が省エネだ! 貴様のはただの怠けだ! その腑抜けた根性を、俺が叩き直してやろうか!」


 まさかの俺っ娘! って言うか、さっきからこの二人は罵り合って仲が悪いのか?


「ふふふっ。二人とも相変わらず仲がいいのね」


 ヴィディが微笑ましいものを見る様に言う。


「誰が仲がいいのじゃ!」

「誰が仲がいいのだ!」


 ああ、何か仲が良さそうだな。


「おい、ヴィディ。久々に会って、冗談を言うのは止めてくれ」

「ふふっ。久しぶりね、アテナ。同窓会ぶり?」


 ヴィディが赤色の女神の名をアテナと呼んだ。


「えっ、あなたの名前はアテナ様って言うのですか?」

「ん? ああ、そうだ」


 おお。戦いの街にいる戦いの女神『アテナ』。そのままじゃないか。


 俺がちょっとした感動を覚えていると、そのアテナ様が不機嫌そうに口を開いた。


「おい。そのアテナ様は止めてくれ。何かむず痒い。お前はヴィディの連れだ。気軽にアテナでいい。敬語もやめてくれ」

「あっ、ああ。それじゃあアテナ、初めまして。俺は神代幸太。俺の事も気軽に幸太と呼んでくれ」

「ああ。よろしくな、幸太」


 アテナは竹を割ったような性格をしていて、俺の第一印象は良かった。相手も俺に対して、良い印象を抱いているようだ。


 そんな俺らの間に、またも空気を読まない女神が割って入って来る。


「おい! そいつはヴィディーテの連れではない。我の僕だ。馴れ馴れしくするな」

「うるさい。貴様に指図される覚えはない」


 その言葉にベルは眉毛の先をピクリと吊り上げた。


「何じゃと? 主、我とやるか?」

「おお、上等だ。その傲慢な顔を、泣きっ面に変えてやる」


 二人の間に一気に険悪な雰囲気が流れた。


 駄目だ! さっきは仲が良さそうだと思ったが、これはマズイ! 怪我人が出ないように二人の間に割って入らなくては!


「この七並べで勝負じゃ‼」


 ベルが懐からトランプを取り出した。


「上等だ! 戦歴は162勝162敗! 今度こそ格の違いを見せてやる!」


 あ、やっぱり仲が良いみたいだ。


 その後、しばらくの間二人は戦い(お遊び)に夢中になり、俺はそれが終わるのをただただ待っていた。そして、とうとう決着が付いた。


「フッハハハハハ! どうじゃ? これが我と主の差じゃ!」

「くっ! 油断した!」


 このお遊びの結果はベルの勝利で幕を閉じたのだ。


「ふぅ。全くしょうがないわね」


 ヴィディが悔しがるアテナをなだめる様に声を掛けた。


「おお。ベル様が普通に勝つとか、予想してなかった」


 俺はあまり頭のいいイメージを持ってないベルが、勝ったことに驚いていた。


「まあ、私は予想通りでしたけど」


 ヴィディが当然の様に言う。


「え? 何で?」

「アテナは何というか、体力戦が得意でして、知力戦はどうも……」


 なるほど。端的に言うとバカなんだな。


「アテナ、何で不得意なカードゲームで勝負したの?」


 アテナはヴィディの言葉を聞いて、少し経ってからハッとした表情を見せ、ゆっくりと口を開いた。


「……苦手なのを忘れていた」


 ああ、この女神様も残念な人なんだ。


 悔しがっているアテナには悪いが、俺はここに来た目的を果たすべく、アテナに話し掛ける。


「アテナ、実は俺達はあんたにトランプ勝負をしに来たわけじゃなく、別の用があってここに来たんだ」

「む。そうだ、お前たちは俺に何かを聞きに来たと聞いたが?」


 俺はアテナに今まであったことを話し、この街に神が来た情報を手に入れこの街を訪れ、ここには神の居場所を聞きに来たことを告げた。


「ふむ、なるほど……分かった。幸太が言うように、神はこの神殿を訪れ俺に会いに来た。だから俺は今、神が何処にいるかを知っている。お前たちに教えてやろう」

「ほっ、本当か!」


 やっぱり情報通りに、神はここに来ていたんだ! 大変な目に遭ったけど、着実に神との距離は縮まりつつある。


「ただし!」


 俺が期待感に胸を膨らませている時に、アテナの声が割って入る。


「ただし?」

「ただし、教えるにあたって条件がある」


 あ、嫌な予感がする。


「俺に、俺に血がたぎる戦いをさせてくれ‼」


 アテナの気合が入った声が神殿の中に響き渡った。


「血がたぎる……戦い?」

「そうだ! 俺は常々自分自身を高める為に、様々な戦いを繰り返してきた! そこでは勝利を重ね、清々しい日々を送っていた。しかし、ここ最近は何だ? 奥歯に物が挟まった様な戦いばかりだ! 全然血がたぎらない‼」


 アテナがそんな熱弁をしている時、受付をしていた女性が俺の隣に来た。


「実は以前、神がここに来られた時に、アテナ様と色々なゲームをしまして。そこでなんと、アテナ様が二十連敗をしまして……」

「……要はフラストレーションが溜まっていると?」


 俺の問いに、女性は申し訳なさそうに首を縦に振った。


 二十連敗とか……アテナもアテナだが、神も容赦がないな。


「ということで、俺は勝って憂さ晴らしをしたい‼」


 あ、普通に本音言った。


「幸太! どんな戦いでもいい! 今、外では戦の祭りが開催されている。その中から好きに選び、私と共に戦い優勝させろ!」


 臭う! 臭うぞ、この感じ! 不幸がプンプン臭いやがるぜ! この戦いに参加すると、絶対に不幸な事に巻き込まれる! これは決定事項だ……。


 しかし、ここでこの申し出を断ると、元も子もない。だから俺は決心した。


「ああ、分かった! その望み、俺が叶えてやる!」

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