第21話 さらば! 愛の街イザデール

 翌日、気分良く目覚めた俺は、お世話になったヴィディーテさんに挨拶に行った。


 しかし、ヴィディーテさんは朝早くから何処かに出かけてしまったと、お店の店員さんに聞かされた。


 残念だが先を急ぐ為に俺は感謝の言伝を伝え、眠たげなベルを引っ張りながら店を後にした。


「ほらベル様。ちゃんと歩いて。だから夜更かしは駄目だって言ったのに」

「む~。我はまだ眠いのだ~」

「ほらほら。久しぶりに天馬白鳳号ですよ」

「というか、なんでお主は微妙に機嫌がいいのじゃ? 気持ち悪いぞ」


「いや~。何というか、人って一つの階段を上ると成長するって言うか、何かデカくなった様に感じるんですよね。確証は無いんですけど、この先は何か上手くいくような気がするんですよね!」


「はたして、そう上手くいくかの~?」

「も~。不安な事言わないで下さいよ。この僕が珍しくポジティブにいこうとしているのに。ほら、早く乗った、乗った」


 微妙に引き気味のベルを何とかポンコツ号に乗せ、俺は出発の準備を始めた。


「さて、じゃあ出発前に点呼を取りますよ~。いーち!」

「点呼って……。どんだけテンションが上がってるのじゃ? めんどくさい奴じゃの。にーい」


 ベルはめんどくさりながらも、渋々自分の番号を言う。


「さーん!」


 ………………?


「あれ? 何かおかしいな。もう一度点呼を取りますよ。一!」

「二!」

「三!」


 俺は三つ目の声がした方を向くと、そこには笑顔でしとやかに手を挙げているヴィディーテさんがいた。


「さーん♡」


「……ヴィディーテさん。どうしたんですか、こんな所で? 今朝早く、何処かに出かけたと聞きましたけど」

「はい。皆さんに挨拶を」

「挨拶?」

「ええ。私も旅に出ますから、お世話になった人達にお別れの挨拶です」

「へー。ヴィディーテさんも旅に出るんですか? で、何処に行かれるんですか?」


 そう尋ねると、ヴィディーテさんはニコリと笑ってポンコツ号に乗り込み、ベルの

隣にちょこんと座った。


「え?」

「勿論、夫と同じ所へ」

「おっと?」

「ええ、あなた。早く行きましょう」


 俺は自分に指をさした。すると、ヴィディーテさんはニコリとした笑顔を変えないままコクリと頷いた。


「え……ええええええええええ! え、いつ! いつ、俺が夫になったんですか!?」


 いきなりの事に動揺した俺とは逆に、ヴィディーテさんは平静と当然の事を説明する様に話し出した。


「何をおっしゃっているのです? あんなに情熱的に告白してくれたじゃないですか?」

「こっ、告白?」

「ええ。あの悪魔と戦っている時に『愛するヴィディーテの為』だと……。私、あの言葉に真の愛を感じました。あれこそが偽りなき愛だと!」


「いや、だってあれは演技を――」

「それに私の事を美女と言ってくれたり、あんな危険な目に遭ってでも戦ったりと、様々なアプローチを……」

「ですから、あれは情報を手に入れる為の――」

「もし! もし、あれが偽りだというなら……」


 その言葉と同時にヴィディーテさんの美しい黒い瞳から光が消え、漆黒色と化したものでこっちを見つめてきた。


「私……怒りで我を忘れて、一体何をしてしまうのか……」


 ……あっ……愛が重い……。


「まっ、そんな事は無いと思いますが!」


 ヴィディーテさんは瞬時にいつも通りの柔らかい表情に変わり、こちらに笑いかけてきた。俺はその笑顔に少し恐怖を感じつつ、ベルの方に視線を送った。


「なっ、何じゃ? わっ、我は知らんぞ。こやつが怒ると……」


 何かを思い出した様にベルは身震いをし、気まずそうに俺から視線を逸らした。


 えっ、何? 怒ると何? 俺どうなっちゃうの?


「それじゃあ、早速行きましょうか!」


 ヴィディーテさんは機嫌よく満面の笑みで言う。


「ハハハハハッ。そうですね。行きましょうか……」


 俺は乾いた笑いを絞り出し、ポンコツ号の取っ手を持ち上げた。そして、俺は二人を乗せ重くなった(色んな意味で)ポンコツ号を引きだした。


 これからの旅、俺はどうなってしまうのだろうか……。


 そう見えない未来に不安を覚えていると、後ろの方から大勢の声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこには大勢の人が大弾幕を広げ、旗を振りながらこっちに向かって手を振っていた。


「さよーならー! ヴィディーテ様お幸せにー!」

「ヴィディーテ様の門出にバンザーイ! バンザーイ!」

「ヴィディーテ様を幸せにしないと、拙者達が許さないでござるよー!」


 祝福する様に笑顔も見せている人がいたり、中には涙を流している人がいたりと、大勢の人が俺達の見送りに来てくれたみたいだ。


 ヴィディーテさんはそんな人達に手を振り返し、返事をする。


「皆さんありがとう! 私、絶対に幸せになります!」


 もう俺は逃げられないみたいである。


 すると、イザデールの住人達がお互いの顔を見合わせ頷き、声を合わせて一斉に叫んだ。


「「「「「「アルティメット・ラブマスターまた来てねー‼」」」」」」


 愛の街『イザデール』。


 ここでは短い期間だけど色んなことがあったな……。最初は何も知らないで、色々困ったことがあったな。


 変な悪魔に絡まれ、魂を掛ける戦いに巻き込まれた。苦しすぎる修行にも耐えた。見た目からは想像できない、昔の偉人の友達が出来た。


 そして何故か、女神の重い、重すぎる愛を背負わされた。酸いも甘いも、本当に色んなことがあったな……。


 でも、そんな色々な経験が俺を一つ成長させてくれた。


 俺はそんな感慨深い思いを胸に、笑顔でもう一度『イザデール』という街と住人達に振り返り、彼らの願いに心から純粋な事を思った。


 うん。もう二度と来るか。



 イザデールを出て、少し経った。この重み、この奴隷感。懐かしい。


 後ろでは、ベルがゲームを再開して、ヴィディーテさんは読書をしている。


 こっちの苦労も知らずに、本当に好き勝手している。


 物質的に負荷が増し、汗を流しながらポンコツ号を引っ張っている俺は、ポツリと独り言を溜息を吐きながら漏らした。


「はぁ……どの世にいても俺の運の悪さは変わらないな……」


 そんな俺の言葉にヴィディーテさんは読書を止め、幸せそうな笑顔で俺に話し掛けてくる。


「幸太さん。この世は運ではありませんよ。愛です! 愛が全てなのです‼」


 誰か、愛でこの僕の現状を助けてください。


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