第18話 決着! 苦り玉

 アスモの言葉と同時に、周りの野次馬達からもヒソヒソ声が聞こえてくる。


「あっ、あいつまだいたんだ」

「えっ、誰あの人? あんな人、最初からいた?」

「あ! 思い出した。最初の方でなんか色々叫んでいた人じゃない?」


 隣の爺さんは俺の顔を見ると、溜息を吐き諦めたように顔を横に振った。


「ああ、いたよ! いましたよ! ここでずっと傍観してましたよ! だって凄い戦いじゃん! 俺絶対にお呼びでない状態だったじゃん! というかここで俺?」


 俺の言葉にオタク君はグーサインを出し、爽やかな顔で笑った。


 マジですか……。


 アスモは俺の方に体を向け、こっちに向けて歩いてくる。


「ふん。貴様など瞬時に抹殺してやる」

「ちょっ、ちょっと待て! 無理、無理、無理! 今ここで俺は絶対無理!」


 そんな俺の心からの声も空しく、アスモは止まらない。


 その時、オタク君が大きな声で叫んだ。


「今だ! 我々も最後の将の為に、最後の力を!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」


 掛け声と同時に、オタク君とその仲間達が飛びあがり、アスモに飛びかかる。


 そして、各々がアスモの手足や胴回りなどにしがみつき、羽交い絞め状態に持ち込んだ。


「くっ! 貴様ら! 何をする⁉ 離せ!」

「アルティメット・ラブマスター! 今だ! トドメを‼」


 オタク君が、振り払おうとするアスモに必死にしがみつき、俺に向かって叫んだ。


「えっ! ここで俺? 本当に俺なの? っていうか、その二つ名マジで止めて!」

「そうでござる! 拙者知っているでござる! 貴殿がこの戦いに終止符を打つために、密かに用意していた物を!」


 あっ、そうだ! 確かに俺は、あいつを倒す為にあるものを用意した。


 しかし、あれをあいつに喰らわせる為には、相手の動きを封じ確実に使わなくてはいけない。


 その為に、俺は体に巻き付けたクサヤの臭いやクサヤを焼いた煙などで、アスモを動けないまでに弱らせようとしたのだ。


 相手を弱らせ、動きを封じる。それがこの作戦の肝! 


 しかし、それが難しい……。だが、そんな難しい状況が必要なんだ! そんな難しい状況。そんな難しい状況。そんな……難しい状況……。


「くそっ! 離せ! この豚共! ……っていうかクサッ! クサヤ以外にも、何か色々とクサッ! それに体中何かベトベトして気持ち悪いぞ!」

「ぐぬぬっ! 離さんでござる! 例え、この命ここに潰えようとも! この手は絶対に離さんでござるよ!」


「…………今じゃねえか‼」


 今目の前で脂汗を全身にかきながら、くんずほぐれつ絡み合っている気持ち悪い状況! 


 この気持ち悪い状況が、アスモの動きを止めている!


「わっ、分かった! 待っててくれ! 今、用意をするから!」


 俺はオタク君にそう叫び、慌てて自分が持って来た袋の方に向かって走った。


「くっ! 離せ! 離せ! 離せ! 色んな意味で、切実に離せ!」


 アスモは体を激しく揺さぶり、オタク君達を振り払おうとしている。


「ぐううっ」

「二等兵! 諦めてはいけないでござる! もうすぐ! もうすぐで、我らの将が来るでござる! それまで持ちこたえるのでござるよ!」

「軍曹! しかし、もう我々の体力も限界に近い! もうこれ以上は……」

「くっ! ここまででござるか……」


「待たせたな‼」


 俺は息を切らしながら、アスモを取り押さえてくれているオタク君達の前に戻った。


「「「「「「「「アルティメット・ラブマスター‼」」」」」」」」


「だから、その名で呼ぶな!」


 体を取り押さえられているアスモが、俺を睨みつけてくる。


「貴様、性懲りもなくまた現れおって。ストーカーはストーカーらしく、陰でこそこそしているべきだったと後悔させてくれるわ」

「何度も言うが、ストーカーはお前だ。だが、お前にどんな言葉を送ろうが無駄な事は分かっている。だから! お前には言葉より、これをくれてやる!」


 そういい、俺はアスモに向かって右手を突き出した。


「なっ、何だ、そのグロテスクな黒い物体は!」


 俺の右手に握られてある、黒い塊を目にしたアスモが、少し怯えたようにその物体の正体を聞いてくる。


「…………! もっ、もしや、それは! ダークマター! そっ、そんな危険物を、ただの人間である貴様がどうやって手に入れた!」

「違うわ! これはダークマターではない。これは!」


「それは……?」

「これは、秋になると食べたくなるよね! 秋の味覚サンマから、一匹一匹丁寧にあの苦い所だけを取り出して、俺が丹精込めて作りだした『苦り玉』じゃ!」

「なっ、何だと!」


「ふっふっふっ。魚が苦手なお前が、普通の人でも敬遠するこの部分だけの塊を口にしたら、一体どうなるだろうな~?」

「きっ、貴様……なんて恐ろしい事を。貴様、それでも人間か! この悪魔め!」

「だから! 悪魔もストーカーもお前だろうがあああああああああああああああ‼」


 俺は叫びながら、アスモめがけて全力で走った。


「やっ、止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

「くらええええええええええええええええええええええ‼」

「ぐっおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 俺は持っている『苦り玉』を勢いよく、アスモの口の中に押し込んだ。


 すると、それを飲み込んだアスモは、白目をむき口から泡を吹きながら、力なくその場に仰向けに倒れた。


 こうして、長く苦しく虚しい戦いはようやく終わりを告げた。

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