第3話 夢見る挑戦者の疫病神

「むっ、誰じゃ?」

「ちわーっす!」


 そんな軽い返事と共に、黒いマントを身にかぶった骸骨が部屋に入って来た。


「おお、お主か。入れ、入れ」

「いやーっ、今回は疲れましたよー」


 何なんだ、この軽薄な骸骨は? 普通骸骨っていうのはもっと禍々しくて、恐怖の象徴みたいな物じゃないのか?


 そんな事を思っていた時、その骸骨は俺の存在に気が付き、視線をこちらに向けて来た。厳密には骸骨には目が無いから、顔をこちらに向けて来た。


「ん? んんんんん?」


 何かに気が付いたらしく、こちらに近づいてくる。


「これは、これは。幸太さん、神代幸太さんじゃないですか!」


 骸骨はどうやら俺の事を知っているみたいだが、俺にはこんな知り合いはいない。


「どっ、どこかでお会いしましたかね? ……理科室?」

「いや、いや、いや。こうやってお目見えするのは初めてですよ」

「じゃあ、誰なの?」

「あれですよ。あれ。疫病神ですよ。や・く・びょ・う・が・み」

「疫病神? ……見た目は、どっちかというと死神ぽいけど」


「あ! やっぱり、幸太さんもそう思います? そうなんですよ! 俺ん家は代々死神の家系でしてね。でも俺、敷かれたレールの上をただ通るのは違うなーって思って。一大決心してジョブチェンジしたわけですよ。かっかかかかかかか!」


 顎の骨をカタカタ言わせながら、その軽い感じの疫病神は笑い出した。


「そっ、そうなんだ。偉いねー。で、その自分の運命を切り開いた疫病神様が、何で俺の事を知っているんですか?」

「それは、幸太さんの担当がこの俺だったからですよ!」

「えっ?」

「いやー。いつも、いつも、幸太さんのすぐ後ろで見守らせて頂いていましたよ」

「おっ、お前か! いつも、いつも、俺にふざけた不幸をまき散らしていたのは!」

「そっ、そんなに持ち上げられたら、照れますよ~」

「褒めてねえよ!」


 俺はこんな我が道を行く現代っ子骸骨に、人生をメチャクチャにされたのか?


「というか、少しは手を抜けよ! お前には慈悲って心は無いのか!」

「何言ってんすか⁉ 嫌っすよ! そんなの!」


 何故か逆切れをされた。


「俺、こんなんだからよく勘違いされるんですけど、根は真面目なんすよ! だから、どんな事にも全力でぶつかりたいんすよ! 特に仕事については嘘をつきたくないんっすよ!」

「不真面目でいてよ! 気楽に行ってよ! 嘘をついてよ! お願い!」

「幸太さん。俺……プロっすから」


 そうこの骸骨はドヤ顔で言った。


「はあっ~。だからって、殺さなくてもいいだろ……」


 ため息を吐きながら俺がそう言うと、疫病神は急に気まずそうな表情をして、視線を逸らした。


「そっ、そうっすよね~。何で死んじゃったんすかね~」


 俺はそんな疫病神の変化を見逃さなかった。


「おい。何で急に視線を逸らした?」

「えっ! なっ、何言ってるのか分からないな~。ボク、目なんて無いですよ」

「あからさまにおかしいだろ。何を隠している?」


 そうすると、疫病神は気まずそうに口を開いた。


「……じっ、実は~。俺、その日はちょっとテンション上がってて……。さっき言ったじゃないですか~。俺の家って代々死神だって……。不幸を与える時、勢い余って死神の能力も出してしまって……。間違って殺しちゃったみたいな~。……ほっ、ほんと俺ってドジだなー! テヘペロ」


「…………」


「どっ、どうしたんです? 幸太さん。あっ、あれですよ! 別にふざけてやったわけじゃないですからね! あくまでやる気が空回っただけですから! そこだけは評価してくださいよ!」


「…………俺の前世は犬だったらしい」

「へっ、へ~。か、可愛らしいじゃないですか」


「てめぇの骨の髄まで食い尽くしてやらぁあああああああああ!」

「ひゃあああああああああああああああああああああ!」


 疫病神は風の様に、この小屋を飛んで出て行った。


 あんな、なんちゃって疫病神のせいで死んでしまった事を知った俺は、崩れる様に両手と膝を地面についた。


 そんな行き場のない怒りと悲しみで落ち込んでいる俺の肩に、爺さんがポンと手を置いた。


「ドンマイじゃ」

「くっ!」


 この爺さんは、天然に人の神経を逆なでする才能があるみたいだ。


 何とか気を取り直して立ち上がった時、爺さんが眉をひそめながら口を開いた。


「ふーむ。本当はああいうのはお主には取り付かんはずなんだがのぉ」

「そっ、そうだ! 前世で罪を負った者に、罰として不運が行くんじゃないのか? 

何で犬だった俺に、あんな疫病神と死神の二刀流大型新人が付くんだよ!」


 俺の問いに、爺さんは額に汗をかきながら、深刻な顔をする。


「ど、どうしたんだ?」

「実は、誰に幸運が行き、誰に不運が行くという事は事務的に決められておってのぉ。まあ、資料などのデータを元に決まっているのじゃ」

「じゃあ、その俺の資料に何かミス記載なんかがあって、間違った不運を送られたって事か?」

「いや。その資料は事実のままに自動記入されるから、そんな事は無い」

「じゃあ、何で?」

「うっ、うむ……」


 気まずい表情をした爺さんは口ごもる。


「はっきり言えよ! 俺はそれを聞く権利があるはずだ!」

「うむ……。さっきも言った、事務的に決められた幸運不運の最終決定は、実は神が今までされておったのじゃ。その仕事は多忙でのぉ」

「か、神がそんな事を決めていたのか……」


「で、話はここからなんじゃが……。実は、その神が『もう、うんざりじゃ! 仕事なんてもうするか! バーカ!』と言い残し、何処かにお逃げなされたのじゃ……」


「に・げ・た?」


「そのせいで、役所はてんやわんや状態になってのぉ。正常に業務が出来なくなったのじゃ。……恐らく、それが原因でお主は……」

「神がそんな無責任でいいのか⁉」

「わ、わしに言われてものぉ」


 俺の不運の原因は、無責任な神のせいか……。神とか……そりゃ、どうするこのも出来ねーな……だから神なんて大嫌いなんだ。


「それで、お主に提案なんじゃが……」

「ん? 提案?」

「これを見るのじゃ」


 そう言うと、爺さんは持っている杖をかざす。


 すると杖が光り出し、そこから一枚の鏡が出てくる。


「こっ、これは!」


 その鏡には、病室らしき部屋で人工呼吸器を付けられ眠っている俺が映し出されていた。


「何だ、これは⁉」

「実はのぉ。お主はまだ完全に死んだわけではないんじゃ」

「死んでいない?」

「まあ、99%死んでおるがの」


「じゃあ、1%死んでない俺が何で天国にもういるんだ? 体験入部みたいな?」

「わしが呼んだのじゃ」

「爺さんが? 何で?」

「お主に提案があっての。その為に呼んだのじゃ」


「て、提案って何だよ?」

「実はのぉ。さっきも言った神をお主に見つけてきて欲しいのじゃ」

「神を見つける?」

「そうじゃ。神の不在で、各役所は多忙での。何処にいるのか分からない神を、探し出す人員を割けんのじゃ」


「それで、俺を呼んだのか」

「その通りじゃ」


 そんな一方的な話に、俺は軽い怒りを覚えた。


「で、何で俺が、人生を滅茶苦茶にされたあんた達の為に、そんな事をしなくちゃいけないんだ? さっき99%死んだって言っていたけど、言う事を聞かないと死なすとか脅すのか? 言っとくが、俺は自分の人生にうんざりしているんだ。今更もう一度生き返らせてくれ、なんてお願いしねーぞ」


「待て、待て、待て。何をそんなにいきり立っておる? 提案って言ったじゃろーに。脅しではない。ちゃんと対価を払う」

「対価? 詳しく」


「うむ。お主はこれまで負わなくていい不運を背負ってきた。だからの、もし神を連れ戻せたなら、生き返らせた後に大きな幸運をお主に与え、残りの人生を裕福なものにしてやろう」


 俺はその提案を聞き、爺さんの両肩を掴んだ。


「ほっ、本当か? 本当に俺に幸運をくれるのか?」

「うむ。本当じゃ」

「か、可愛い彼女とか出来るのか?」

「うむ。可愛い彼女とパフパフじゃ」

「金もいっぱいか?」

「うむ。金もザックザックジャパンじゃ」

「古いぞ、それにくだらねえ」


 俺は涙を流しながら、天を仰いだ。というかここが天だが。


 ああ……不運に悩まされ、苦節一七年。どんなに苦しかったか……。不運という寒風に身を震わせていたが、とうとうこんな俺に幸運という春風が舞い降りたんだ。


「で、どうするのじゃ?」

「ふっ。爺さん。天も色々と大変だろう。これ以上俺みたいな被害者を増やさない為にも、天も地上も俺が救ってみせる! 俺に任せな」


 俺はキメ顔をしながら、爺さんにグーサインを送った。


「うむ。それなら話は早い。わしに付いてくるのじゃ」


 爺さん。いい奴だったんだな。顔掴んでゴメンね。

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