第2話 俺のビッグ? ドッグな前世

 しばらく時間が経つと、俺の体は心地のいい暖かさに包まれていた。そんないつまでも寝ていたい俺の頬に、何かの棒がグリグリと押し付けられる。


「ほれ、ほれ、ほれ。起きんか」


 そのしつこい起きろ攻撃に、俺は目を開けることにした。


「いつつつつっ」


 気怠い体を起こし、先程打った頭をさすりながら横を見ると、そこには長い白髭を生やし、木の杖を持った小さい爺さんがこっちを見ている。


「やっと起きおったか」

「……爺さん、誰?」

「いきなりぶしつけな奴じゃのぉ」

「というか、ここ何処?」


 周りを見渡すと、そこは色とりどりのお花畑の中だった。

もしかして、ここは……。


「天国って所か?」

「ビンゴじゃ」


 爺さんのあっけない返事に俺は少しイラッとした。


 まじか……。本当に俺ってツイてないな……。でも、天国に行けただけでも良かったのかもしれないな……。


 そう俺がどこかに心の落としどころを探っていた時、爺さんが口を開いた。


「本当に、お主は運が悪いのぉ」


 爺さんが憐みの目でこっちを見つめてくる。


「何だよ? 同情なんていらねえよ」

「いや、お主は不自然な程に運が悪いのじゃ」

「……それってどういう意味だ?」


 俺はその『不自然な程』というワードに疑問を持ち、爺さんにその真意を問いただす。


「うむ……」


 少し考え込んだ爺さんは、俺に背を向け少し歩き出す。


「まあ、ここじゃなんだし、付いて来るのじゃ」


 そう言うと、爺さんは何処かに向けまた歩き始めた。


「おっ、おい! 待てよ!」。



 爺さんに付いてしばらく歩くと、お花畑の中にポツンと一つの木で出来た可愛らしい小屋がある所に到着した。


「まあ入るのじゃ。ここはわしの仕事場じゃ」

「あっ、ああ。お邪魔します」


 俺は言われるがままその小屋に入って行く。


「……! ひろっ!」


 その小屋は外見の小ささとは逆に中はとても広く、壁に作られた本棚に無数の本が敷き詰められていた。その本棚は何階にも上に続いていき、その天井は見えないほどの高さであった。


 そんな外見とのギャップに驚いていた俺の横を爺さんは通り過ぎていき、持っていた杖で部屋の真ん中に置いてある椅子とテーブルを指す。


「まあ、あそこで座って待っているのじゃ」

「あっ、ああ……」


 俺が指図された椅子に座ると、爺さんは本棚を眺めつつ何かを探し始めた。


「えーっと。何処じゃったかのぉ?」


 数歩歩くと爺さんがこっちを向き、俺に質問をしてくる。


「お主の名前は何じゃったかの?」


 俺はその質問に少し顔をしかめた。


「か……神代……た……」

「えっ? 何じゃって? もう少し大きい声で言ってくれんかの~?」

「……神代……幸太」

「えっ? もっと大きい声で言ってくれんかの~?」

「だから! か・み・し・ろ・こ・う・た! 神代幸太だよ!」


 俺はこの名前が嫌いだった。神に幸せが太い……完全に名前負けだ……。この名前が呼ばれる度に、何か幸せが吸い取られている気がする。


「おお、そうじゃった、そうじゃった。か、か、か……。ん? あった、あった」


 爺さんは何かを見つけたらしく、遥か上の本棚に杖を伸ばすと、そこから一冊の本が抜きで、爺さんの手元に落ちて来た。その本をペラペラとページをめくりながら、俺の方に歩いてくる。


「ほう、ほう、ほう。やっぱりの~。やはり、お主は運が悪すぎる」

「なっ、何を読んでいるんだ?」

「ん? これはお主の数世の記録じゃ。ここにお主の大体の生活が記録されているのじゃ」

「そんな物があるんだ……。何か私生活を覗かれるって恥ずかしいな」

「それにしても運が悪いの~」

「くっ!」


 自分で運が悪いのは嫌というほど理解はしているが、こうも他人に運が悪い、運が悪いと連呼されると腹が立つ。


「そっ、そんなに悪いかな?」

「おお、悪い、悪い。ほんと何でこんな事になってしまったのかの~」


 爺さんは、まるでもう手遅れだと言わんばかりに溜息を吐きながら首を横に振った。


 この爺さん、さっきから妙に人の神経を逆なでするな。


「やっぱりわしが思った通りじゃ。この運の悪さはおかしい」

「? そうだ。さっきも気になったが、不自然にとかおかしいってどういう事だ?」


 そもそも俺が、この爺さんに付いてきたのはこの事を聞くためでもあった。


「ふむ。そもそも人間には生まれながらにして、決まった運、不運があるのじゃ。ある人間には尋常とはかけ離れた幸運。ある人間には尋常とはかけ離れた不運。ある人間には普通の運。などとな」


  やはりな。あんな不運が偶然なわけがあるか。


「そして、尋常とはかけ離れた不運とは、前世の罪の贖罪としてあてがわれることが多いのじゃ」

「前世の罪?」

「そうじゃ。前世に多くの罪を犯した者に、罰として不運が来るのじゃ」

「そうか……だから俺にはあんなに……」


 俺は真実を聞き、深く納得していた。いや、そうじゃなきゃ、あまりもの理不尽に逆に納得できなくなる。


 いったい俺は前世でどんな罪を犯したのだろう? あんなにも不運だったんだ。それは、それは恐ろしい罪を犯したんだろう。数多くの人を騙した詐欺師? いや、世間を騒がせた連続殺人鬼? いやいや、圧政で多くの人を苦しめた独裁者?


 駄目だ。考えれば考える程、見当がつかない。自分で自分が怖くなるぜ……。

そんな前世の自分に恐怖している俺の耳に、爺さんの静かな声が響いた。


「犬じゃ」

「…………へ?」


 思いもよらぬ単語に、俺は何も反応出来なかった。


「だから、お主の前世は犬じゃ」

「……い……ぬ……」

「そうじゃ。お主の前世は雑種の犬じゃっいでででででででででで!」


 俺は無意識のうちに、爺さんにアイアンクロ―を決めていた。


「どういうことだ? 不運とは前世の罪だろ? ふざけているのか?」

「痛い! 痛い! とりあえず放すのじゃ!」


 俺の手から顔を引き抜いた爺さんは、涙目でこめかみを撫でている。


「まったく。乱暴な奴じゃのぉ……」

「爺さん。俺は犬で、いったいどんな罪を犯しんだ?」


 俺が質問をすると、爺さんは先程出した本を読みだす。

犬で犯す大きな罪っていったい何なんだ?


「……いや。お主は何も罪など犯しておらん」

「どういうことだ? ちゃんと説明しろ」

「まっ、まて! 今読むから、少し待つのじゃ!」


 俺がもう一度掌を開くと、爺さんは慌てて本をまた読みだした。


「ふむふむ。お主は気の弱い雑種の野良犬でのぉ。いつも他の強い野良犬に負けて、食べ物にありつけず、腹を空かしていたらしい」

「なっ、なんか情けないな……」


「ある日、お主は3日間何も食わずに、フラフラになりながら土手を歩いておった。そんなお主の前に、ある人間が唐揚げを一個地面に落としたんじゃ。お主は天にも昇るような幸運を感じ、それに飛びつきおった。しかし、浮かれていたお主は誤ってその唐揚げを蹴ってしまい、坂に落としてしまってのぉ。慌てたお主は懸命にその唐揚げを追いかけたんじゃ。何とか飛びついて、その唐揚げを咥えることに成功したんじゃが……その下は川でのぉ。泳げなかったお主は、誰にも気が付かれないまま本当に天に昇って行ったんじゃ」


「俺は、そんなお爺さんがおむすびを追いかける昔話みたいな死に方をしたのか!」

「まさに犬死じゃの」

「くっ!」


 もう一度、この神経を逆なでする爺さんの顔を掴もうとした時、小屋のドアにノック音が鳴り響いた。

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