第32話 準備が整うまでは
「なるほどねぇー。私のいない間に変な状況になったんだぁ。まさかあのコーチが姪っ子3人の親代わり。しかも中学生の頃から好きだった人の娘の……」
とりあえずあたしたちは、知っていることを全て話した。
これで先輩が思い直してくれれば、とりあえず時間を稼ぐことができる。
なんのって?
そりゃもちろん、あたしの覚悟が決まるまで――。
「なら、寧ろ今しかないでしょ」
「なっ、何でそうなるわけっ!」
「そうですよ! 三年前に暦コーチが言ったのはそういう意味では――」
「そんなこと言われなくてもわかってるって!」
あの説明を聞いて、どうしてそんな結論に至るのか理解できない。
仮にするにしたって、コーチが気持ちの整理をするのを待つべきじゃん。
「二人がどういう結論を出したかは何となく想像がつくよ。けどねぇ、私はコーチの気持ちが前を向くのを待つつもりはないわけ。もう三年待った。この日を待った……恋人が出来たわけでもないなら、遠慮する必要ないでしょ」
「っ……だからって」
「そ、そうです。今コーチにアプローチしたって迷惑なだけで……」
「それは二人の結論でしょ? 私は今が最大のチャンスだと思うけど?」
本気だ。
この人、本気で高等部に上がったらコーチに告白するつもりだ。
三年間我慢した反動か、それとも傷心中だから狙い目と考えたのかはわからないけど、たぶんあたしたちがこの後どんなに言葉を尽くしたって思い直させることはできないと思う。
なら、対抗するしかないじゃんっ!
「――なら、あたしも告白する!」
「なっ、琴美ちゃん!」
「帆莉、この人に何言っても止まらない。なら、傍観してる余裕なんてないと思う」
目の前で奪われるくらいなら、あたしだって告白くらい……覚悟はまだ出来てないけど、その時になればきっと……たぶん……。
「へぇ~西野ちゃんは私と戦うっていうんだぁ?」
対抗心を見せると、先輩は立ち上がってあたしを見下すように見てきた。
「先輩だからって手加減してもらえると思わないでよ」
あたしもすぐに立ち上がって、睨み返す。
「言うね。まだ胸だって大きくないのに」
「む、胸のことは言うなっ!」
ザっと思わず胸を隠してしまった。
先輩はさすが2歳も年上なだけあって、あたしよりも成長している。帆莉も歳の割には大きい方だ。あたしは――残念だけど平均とは言えない。
でも! 触れば柔らかいし、感触はちゃんとあるから!
それに前にコーチの顔に押し付けた時、ギュって抱きしめて、埋めてくれたし。
「手加減が必要なのは西野ちゃんだよねぇ。ねぇ、東条ちゃん?」
先輩の視線があたしの背後に向けられる。釣られて振り返ると、そこには覚悟を決めた帆莉が立ち上がったところだった。
「手加減が必要かはわかりませんが、目の前で見す見す奪われるのは嫌です。2人が仕掛けると言うのなら、私も対抗することにします」
帆莉まで……まぁ、そうなるか。
誰だって好きな人が自分以外の恋人になるなんて見たくないし、認めたくない。
この先輩が止まる気がない以上、あたしたちも行動するしかない。
「ふ~ん、三人でコーチを奪い合うってわけだぁ」
「そうなりますね」
「負けないしっ」
あたしは二人のことを見て、二人もあたしのことを見てきた。
先輩も帆莉もコーチのことを好きなのは知ってたけど、まさかこんな風に奪い合うことを宣言するなんて、一年前は考えてもいなかった。
◇
「あ、あたしだってシチュエーションは大事するしっ」
「そうなんですか? 琴美ちゃんなら告白するにしても勢い任せだと思ってました」
「うっ……そ、そりゃいきなりだから、まだ具体的なシチュなんて考えてないけど……帆莉はどうなの? なんかあるわけ?」
正直、告白なんて具体的なこと一度も考えたことない。
だって、相手はあたしよりも一回りも年上の相手だ。
あたしだって大人が未成年に手を出すことがダメなことくらい知ってるっての。
なのに告白しても仕方ないじゃん。
少なくともあたしはあと二年は側で指導してもらうことができるから、急ぐ必要はないって考えてた。
でも、それはあたしの考えであって、2歳先に生まれたあの先輩の考えじゃない。
二歳年上である分、行動があたしより早いのは当たり前だった。
今日から正式に高等部に上がった先輩は、どのタイミングかはわからないけど、勝負に出るつもりでいる。
あと二年、じっとなんてしてる猶予は最初からなかったんだ。
「ありますよ。ありきたりですけど、ホテルのレストランやホテルで熱い夜を過ごした後に、起き抜けに朝日を眺めて、コーヒーを飲みながらとか」
「なるほど……うん? 待って? 二つ目はもう告白終えた後じゃない? 順番前後してない?」
熱い夜って、その……そういう意味でしょ?
「既成事実を作った後も有りだと思いますよ」
それって捉え方によっては、このことをバラされたくなければって脅迫になるんじゃない?
前から偶に思ってたけど、帆莉はやっぱり腹が黒い。
「となると、どうやって一緒のホテルに泊まるかですけど……琴美ちゃん、今年の全中には参加できそうですか?」
「そりゃやってみなきゃわからないけど……って、あたしの全中出場を利用するつもりなわけっ!」
全中は言ってしまえば全国大会のことだけど、正確には若干違うけど。
全国大会は各都道府県からトップが出場する大会で、全中は標準記録を越えれば、誰でも参加出場することのできる大会だ。
なので全国大会よりは幾分参加しやすい。
「当然私はマネージャーとしてついていきます。少なくとも1日は泊まることになるでしょうから、その時がチャンスだと思いませんか?」
「いやいや、人の努力利用して何する気だっての。誰がやらせるかっ」
「まぁ、そこまで待つ余裕はないでしょうけどね」
そもそもあたしがそこまでいけるか、今のタイムでは何とも言えない。
仮に出場資格を得たとしても、全中は八月の下旬頃だから、四ヶ月近く先の話だ。
それまであの先輩が告白しないなんて考えは楽観的過ぎで、現実的じゃない。
「何かご褒美と称して、二人で外泊する機会を……でも、選手でもない私がどうご褒美を貰えば――」
どうやら帆莉は本気でホテルを利用する計画を考えているみたい。
大人と中学生がホテルに入ることが、そもそもまずい気がするけど、そこは親子設定にするの?
「………………」
帆莉がどんな結論を出すかはわからないけど――。
「ご褒美か……」
それならあたしは何とかなるかも。
次の大会なり記録会で、一位になったらご褒美頂戴とか言えば、いいだけじゃない?
コーチは優秀な成績を残す選手が必要なわけで、頑張る見返りとして言えば断れないでしょ?
それこそ条件に全中出場とか言われそうだけど。
それでご褒美にホテル――とは言わないけど、買い物とか連れてってもらって、その帰りにちょっとおしゃれなレストランでとか?
あたしの頭の中に行ったこともないお店で、コーチが優しく微笑みかけてくる映像が勝手に流れる。
なにそれいいじゃん! やばすぎっ!
帆莉の考えを真似るのは釈然としないけど、あたしも少女だし、そういうシチュエーションに憧れがないわけじゃない。
欲を言えば、コーチから告白してきてくれたら、更にサイコーでしょ。まぁ、あり得ないと思うけど……。
「ところで琴美ちゃん」
「なに?」
あたしが妄想に浸っていると、帆莉が現実に呼び戻してきた。
「私と琴美ちゃんで協力しませんか?」
「どういう意味?」
「先ほども言いましたが、夜乃先輩はシチュエーションに拘ると思うんです」
「まぁー、あの人の性格ならそうだろうけど」
それはあたしも同意見。
「言い換えればシチュエーションが整うまでは告白はしないということですよ。なので、常に私か琴美ちゃんが夜乃先輩かコーチの側にいて、二人っきりにさせなければ、告白は阻止できるかもしれません」
あの先輩がどんなシチュエーションを狙うかはわからないけど、二人っきりが最低条件だとしたら、それは有効な妨害になるかも。
「正直、私はまだ告白する勇気も準備も覚悟もできてません」
「それはあたしも」
前は勢いで「あたしも告白する」って言ったけど、心の準備は全然できていない。
仮にさっきの妄想が今この瞬間、目の前に現れたとしても、きっと告白なんてできない。
「ですから、可能な限り時間を稼ぎたいと考えています」
「そうだね。いいよ、協力しよう。でも――」
「抜け駆けは禁止、ですね?」
契約成立――と帆莉が手を差し出してきたので、あたしはその手を握った。
帆莉はライバルだけど、差し迫った脅威は先輩だ。
まずはあたしの準備が整うまでは、帆莉と協力して先輩の動きを封じる必要がある。
それがあたしたちの共通の認識ってこと。
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