第11話 買い物は官能的なのか? no.7

「あれあれ~? どうしたのかなぁ、真一くん~」

「し、白だ。白い方が……いいと思うッ!!」

「……こういうのが好みなんだ」

「違う、好みと言うか茜さんに似合うと思った。だがッ」

「真一くん、少し立ってみなよ」


 絶望の一言だった。

 今、起立した場合、他の部分も起立してしまっているのがバレる。

 もう、バキバキレベルじゃあない。

 白下着の茜さんを想像し、『完全パーフェクト勃起ビルド』していた。

 しかも、隣には妹がいる。妹の前で辱めを受けてしまう。


「足がつった」

「本当に? だったら病院連れて行ってあげるから、肩かして」

「……」

「どうしたの、早く」

「おにぃ、大丈夫?」


 下手な嘘は状況を更に悪化させてしまう。

 これ以上、時間稼ぎは無理か。

 俺は負けてしまうのか、彼女との関係もこれで終わりになってしまうのか。

 嫌だ、まだ終わらせたくない……俺は、まだこれからだ。

 できることは、祈り。神様、助けてくれ。


「う、うぅぅ……ッ!!」


 満員電車の中で急な腹痛に襲われた時並みの無力感の中、俺はただただ神様に祈った。


 そして──その願いは天に届く。


「ん、あッ、ちょっとごめん」


 突然茜さんのスマホが鳴り、画面を確認するなりその場から離れて行ったのだ。助かった、ありがとう神様。

 この時間の間に宇宙の真理について思考を巡らせ、性欲を落ち着かせる。よし、収まってきた。

 ありがとう、神様。これでまだ、俺の青春を続けられる。


 ……しかし、一体茜さんはどうしたというのだろう。

 なんだか血相変えて店から飛び出していったが……普通の電話なら、ここでしても構わないと思うのに。

 そんな心配をしていると、暫くして戻って来るや、彼女は両手を合わせて頭を下げた。


「ごめーん、二人とも。急な用事できちゃった。もっと行きたいとこあったけど、今日はこの辺で」

「今日は楽しかったです、夏希さん! また一緒に買い物行きましょう!」

「うん、私も楽しかった。また行こうね、林檎ちゃん、真一くん、それじゃ!」

「また明日、学校で」


 それだけ言い残し、慌ただしく去っていく茜さん。

 助かった、と思う反面、心の中に違和感が残った。

 さっきの表情、上手く言えないけど、何かに怯えているような感じがした。

 詮索するべきではないことなんだろうけど、やっぱり気になる。


「おにぃ、私達も帰ろうか」

「……あぁ、そうだな」


 残された俺達は店を出て一緒に帰路につく。

 時刻は18時、人の少ない通りを夕日が照らしていた。

 林檎も茜さんに違和感を感じたのか、少し神妙な面持ちで口を開いた。


「初めて会ったけど、噂とは全然違う人だったよ、夏希さん」

「知ってたのか、茜さんのこと」

「そりゃー超有名人ですから。私達の学年の男子達も、皆話してるよ」

「……林檎は、どう思う?」


 そう問いかけると林檎は「妹に答えを聞かないでよ」と笑って帰してきた。俺が不安で問いかけたこと、見透かされたようだ。


「大体、私の方が聞きたいよ。どうして夏希さんと付き合ってるフリなんかしてたの」

「やっぱり、気が付いてたか」

「そりゃあ女っ気の無い兄が、急にあんな美女と付き合えるわけないじゃん」

「手厳しいな、だが、その通りだ。俺と茜さんは付き合ってもなければ、友達でも……いや、俺は友達だと思ってる、かな。茜さんは友達と思ってくれてないと思うけど」

「はぁ……おにぃ、もっと自信持った方がいいよ?」

「そうか?」

「普通、嫌いだったり興味がない男の事を『彼氏です』なんて嘘でも言わないから」

「でも、揶揄ってるだけかも」

「分かってる? それ、夏希さんにも失礼な事言ってるって」

「──ぅ、確かに……」


 言われてみればそうだ。

 初めて出会った時ならまだしも、今はあの時よりも彼女の事を知っている。

 ただ揶揄う為だけにお弁当を作ってくれたり、一緒に買い物に行くわけがない。

 何より、俺に見せてくれた笑顔が嘘だとは思えない。思いたくない。


「おにぃ、私は夏希さんのこと、良い人だと思うよ。けど、それはあくまでも私の考え、おにぃはおにぃで夏希さんをどう思うのか、これからどうしていきたいのか、ちゃんと考えないと」

「どうしていきたいか、か」

「ま、中々答えなんてでるもんじゃないし、ゆっくり考えていけばいいんじゃない? 相談なら乗るよ」

「実の妹しか相談相手がいないの、悲しいな……林檎も、悩みがあったら俺に──」

「あ、私は友達とか沢山いるから大丈夫」

「……はぃ」


 俺とは対照的に、林檎はクラスの人気者。

 天真爛漫で嫌みの無い性格をしているから、必然といえば必然だ。

 どうして兄妹でここまで差ができてしまったのか。

 でも、林檎がいてくれて助かった。

 偶然出くわした時は最悪なタイミングだと思ったけど、最高の間違いだったかもしれないな。


「ありがとう、俺なりにちゃんと考えるよ」

「そーしんしゃい、そーしんしゃい。ところで、おにぃ?」

「ん、どうした?」

「さっき、どうして鼻を抑えてたの?」

「……」

「ねぇ、どうして? 後、凄い内股になってたけど、なんで?」


 純粋な眼差し。茜さんのように挑発しているんじゃない。

 ただ、ただただ分からないから聞いてきている。

 あっちもヤバいが、こっちもかなりヤバい。

 こうなった林檎は、めちゃくちゃしつこい。誤魔化せない。

 だが「俺の息子がビンビンでね!」なんて、正直に言えるわけない。


「ねぇねぇ、なんで?」

「……」

「なんでなんで? おにぃ──ぁ、おにぃ!! なんで逃げるの!! おにぃ、おにぃいいいいッ!!」


 前言撤回。最悪なタイミングで、俺は妹に出会ってしまった。

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