第6話 買い物は官能的なのか? no.2

 ☆☆☆


 待ち合わせ場所は公園前の噴水前。

 こういうのは男が先に着いているのが礼儀なのだろうが、普段はしない髪型のセットに時間が掛かってしまった。

 時刻は10時10分、予定よりも10分遅れてしまっている。

 さっきからスマホが何度も鳴っているが、後2分で到着するのだ。

 内容を確認する必要はないだろう……決してビビっているわけじゃないぞっ。


「あッ、やっと来た!! 遅いぞ、楠ッ!」

「──ひぃッ! ごめんなさ──ぃ……」


 彼女の声が聞こえ、ビクっと肩が跳ねた。

 だが、声の下方向へ視線を向けると心臓は別の意味で鼓動を早める。


「ほんと、信じらんない。女の子を待たせるなんて」

「……」

「ちょっと聞いてる!? ねぇ」


 ツカツカとヒールを鳴らし、近づいてくる彼女。

 ワンピースのような白い服に、黒く長いスカート。

 肩に掛けた装飾の少ない小さなカバン。

 大人っぽく、それでいてどこか背伸びをしているような。

 深みのある服装であった。


「意外だ……」

「服装? ふふーん、そうでしょうそうでしょう。これでもオシャレには気を──」

「めちゃくちゃ可愛い」

「……え?」

「ビックリした、本当に。可愛いが過ぎる」


 今までの彼女のイメージとは全然違う。

 煌めいていて、眩しい彼女も素敵だ。

 けど、今の親しみ易さというか、お姉さん感も方向性の違う良さがある。


「か、可愛いって、そんなハッキリと……」


 茜さんは顔を真っ赤にして視線を逸らす。

 言われ慣れているだろうに。


「この可愛さ、作文にしてくる」

「なんでもかんでも作文にしてこなくても」

「いや、俺がしたいからするんだ」

「ま、まぁ、いいけど……でも、うん。可愛いって言ってくれたのは素直に嬉しい……かも」


 女性には沢山の顔があると知識ではしっていたが、まさかここまで衝撃を受けるとは。

 百聞は一見にしかず、とは正にこのことだな。


「それで茜さん、今日の予定とか決まってるの?」

「うん、朝ごはんは?」

「食べてない」

「んじゃ、とりまカフェでも行きますか。ふふん」


 鼻歌を鳴らしながら、彼女は進んでいく。

 さっきまで怒っていた筈なのに、相変わらず一人で忙しい人だ。

 けど、ご機嫌な女の子の側にいるというのは何とも気分がいいものだ。

 そう思いながら、俺は彼女の後ろについていく。


 しばらく談笑しながら駅の中を進む。

 俺たちの住んでる地域は田舎だから、若者が行くお店は結構駅周辺に密集しているのだ。

 不意に茜さんが振り返り問いかけて来る。


「コーヒー、一緒に飲まない?」

「……夜明けの?」

「は?」

「あ、いや、なんでもない」


 古い言い回しになるが、セックスの誘いをする時に「夜明けの珈琲を一緒に飲みませんか?」と言うものがある。

 起源は不明、恐らくカフェなどが流行した大正時代に生まれた言い回しだろう。

 古来より日本人は「月が綺麗ですね」のように遠回しに性行為交渉を行うところがある。

 お淑やかでとてもいい国民性だと思うのだが、今の俺にとっては罠以外の何物でもない。


 ──それにもう一つ問題がある。


「じゃあこの店にしよッ! ……って、楠? 入らないの?」

「簡単に言ってくれるな……」

「え、ちょ、手と足が震えてる! 小鹿みたい!」


 俺を指差して爆笑する茜さん。

 目の前には若者が多数入店している珈琲屋「スタダ」。

 彼女にはわからないだろう。

 俺のような男にとって、このオシャレ空間がどれだけ恐怖の対象であるか。


 見ろ、店員の、客の服装を。

 お前ら自分を都会っ子だと勘違いしてんじゃねーのか?

 ここは島根だぞ、島根。

 そんな服装で畑仕事できると思ってんのか、できねーだろ!!

 髪の毛もインナーカラーとか、マッシュヘアーとか、やめろ、怖いだろ。

 あらやだ、〇〇さんちの〇〇ちゃん、垢抜けてぇ〜って今頃おばちゃん達が噂してるぞ。


 それに、店も店だよ!

 なんだこのメニューの名前は、言えないだろ。

 ふらぺんぺちーすとろべりーぷらんぽろんて? 今、客は何て注文した? 呪文か?

 店員も普通に聞き取ってるけど、お前ら魔術師の血筋か何かですか?

 こえーよ、日本語使えよ、コーヒーのSサイズ一つでいいじゃん。


「あはは、楠ぃー入るよー」

「僕には無理だょ……できっこないよ……」

「アンタ、そんなキャラだったっけ?」

「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……」

「はぁ、たく、仕方ないなぁ。ほら、おいで!」

「あっ、茜さん待っ──まだ、心の準備が……ぁ、ああ!!」


 俺の手を握り、強引に店内へと引き摺り込まれる。

 彼女の暖かい手、その感触に心躍らせる余裕など、今の俺には無かった。

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