第3話

 社会がひと段落し、爽玖さくはもともと座っていた私の正面に座る。

 そのまま隣にいてくれてもよかったのに。

 私が数学はできることを知っているからだと思うけど。


 ちらちらと数学のワークと爽玖の顔を交互に見て、声をかけるタイミングをはかる。

 今だ! と思い、私は平然を装い、因数分解をひたすらやりながら爽玖に聞く。


「爽玖はさ、行きたい高校とかあるの?」

 爽玖は相変わらず勉強する手を止めることなく答える。

「行きたい高校ね……うーん? 正直あまりない」


 意外な返答が返ってきた。

 てっきり爽玖のことだからもうすでに目星をつけている高校があると思った。


「ただ欲を言うなら――」

「言うなら?」

「いや。なんでもない」


 爽玖は何かを言おうとしてワークを解く手をそこで初めて止めた。

 しかし、その続きが繋がれることはなかった。

 

 爽玖は顔を上げる。

「行きたい大学は決まってるんだ。だから強いて言えば、その大学に行ける、大学進学にある程度強い高校がいいかなって」


 思わず私の手が止まった。問題がわからなかったわけじゃない。

 やっぱり爽玖はすごい。

 私の何倍も先を見ている。

 私は足元を見て一歩一歩歩くことで精一杯なのに。


「と言っても国立の教育大に行きたいだけだからな。偏差値50超えてる高校であればって感じ。偏差値高い高校行ってそこで下とか真ん中あたりの成績取るくらいならさ、そこそこの偏差値の高校でトップ取り続けてたほういい気がする」


「教育大ってことは爽玖は学校の先生になりたいの!?」

「まぁ、そういうことだな。てか何。その今知りましたみたいなリアクションは」

「え、だってそんなこと言ってたっけ?」


 私は今までの記憶を遡る。

 勉強の暗記は苦手だけど、爽玖との間に起きたことや話したことは覚えている自信だけはある。

 うーん……?

 やっぱり爽玖の口から「先生になる」という言葉を聞いた記憶はない。


瑠菜るなが覚えてないならまぁそういうことだろうな。はぁ……」

 爽玖は悲し気に溜息をつく。

 爽玖の口から聞いていないとしても、私はどこかで見たんじゃないか。

 私は手がかりを探すために部屋を見渡す。


 不意にクローゼットの中に目が留まる。思わず二度見をする。

 そうだ! これには何か書いてあるかも。

 立ち上がり、クローゼットの上にあるそれを取る。


「どうした急に」

「んー? ちょっとね……。んしょっと。よし、取れた」

 息を吹きかけ、手で埃を払う。

 2年もクローゼットのなかに封印されていたから埃がすごい。


「爽玖、久々に卒アルこれ、見ようよ」

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