魔法少女は強いられる

シンカー・ワン

戦闘魔法少女、誕生

 都会というほど発展しておらず、田舎というには垢抜けた、そんなどこにでもありそうな地方都市の公立中学に通う、暦 リン子こよみ りんこは普通の女の子である。

 容姿はそれなり。それぞれのパーツに抜きん出たものはないが、トータルするとまぁ可愛いと評せる部類。だがいまひとつ華がない。

 身体の方も、中学生にあるまじき大きさの胸をしているとか、年齢に似つかわしくないほど幼げに見えるといった判りやすい外観的特徴がない、凹凸もそこそこな、この年代の中学生として極めて平均的なプロポーションをしている。

 勉強も得意科目がずば抜けて良いわけでなく、不得意科目の方も赤点を取るとかでもない。一学年が百人前後いるとしたら、五十番台後半から七十番台の間をうろちょろするくらいの学力だ。

 クラブはテニス部。けれど花形なレギュラーなんかでは勿論なく、控えの四番手といったなんとも微妙なポジションである。

 片手以上両手未満ではあるが親しくしている友人はいる。

 グループ内に学年トップクラスの才女やクラスのアイドルとかがいるなんてこともなく、みんなリン子とどっこいどっこいの成績と容姿の娘たち。

 交わす会話は学校のこと、流行りモノのこと、昨日見たテレビのこととか好きな芸能人や音楽、どこそこのお店が安いとかあそこのアレは美味しいとか、たま~にエッチな話題と、実に他愛無いスカスカなものばかり。

 そんな中身のないやり取りの中でリン子がやっているのは適当な相槌と場当たり的な賛同と否定。

 積極的に意見せず、その場の盛り上がりに参加しているだけ。強い個性なんてものは必要ない、大きな輪から外れることを恐れる小心者である。

 まぁ、他も同じなのだからリン子ひとりがどうこうってわけでない。みんな一人は嫌なものだ。

 色恋沙汰もさっぱりで、かろうじて男の子と付き合ったといえそうなのは、友達の友達が企画した集団デートで頭数合わせに使われた時くらい。

 勿論そこから男女交際に発展したという事実はない。

 ラブレターなんてもらったのは小学校低学年のとき、お隣の席だった奈良くんからのものが唯一で、その手紙もリン子にだけというわけではなく、クラスの女子全員にばら撒いた内のひとつなんだけど。

 ――その剛の者の奈良くんはリン子とは違う中学に進学、二年生の夏休みに派手な不純異性交遊をやらかしたのが学校側に発覚、休み明けに一ヶ月の停学をくらう。当事者の彼は夏休みが増えたとか嘯いてたが、停学が明けて復学するも結局周囲の視線に耐え切れなくなり、他県に転校したとか。とまぁ、これは別のお話。

 一応お年頃なので憧れている人とかは居るけれど、その対象は学園物で定番の軽音部のギタリストとか野球部のエース、バスケ部の幻のシックスメンなんかじゃなく、陸上競技部で地味~に中距離を走っている同級生のKくん(仮名)だったりする。

 因みにKくん(仮名)には何年も前から付き合っている年上の従姉妹がいたりするのだが、そのことをリン子が知る由もない。

 甘いものが好き、すっぱいものは嫌い。猫よりも犬、パンツルックよりスカート、海よりはプール。etc.etc.……当たり障りのないもののオンパレード。

 このように、暦リン子は普通。

 モブ中のモブ、ベスト・オブ・モブというべき存在感の薄い女の子。


 そんなリン子の普通な日常に、今、変化が訪れようとしていた。

 学校が終わり、一緒に下校していた友人たちとも別れ、一人自宅へと幹線道路沿いを歩く。

 ブラインドになっている交差点を左折したとき、進行方向からイタチだかオコジョだか、見た目はそんな感じの結局正体のよくわからない怪しい小動物がリン子めがけて飛び込んできた。

 それとぶつかってしまうことに気をとられた正にその瞬間、反対車線を走っていた大型トラックがシグナルも点けずに突然右折し、さらに速度を上げて突っ込んできたのである。

 急激な方向転換と増速にタイヤのグリップが耐え切れず、アスファルトをえぐるようなスキール音が辺りに響きわたり、その巨大な質量を叩きつけるように大型トラックのフロントグリルがリン子と小動物に迫る。

 それが意味するのは絶対の死。逃れられない恐怖から強く目を閉じるリン子、――もうお終いだ。

(変化のない毎日に刺激がほしいな~とか思ってたけど、こんなのはやだーーッ! 死んじゃうよね? あたし、きっと死んじゃうぅーーッ! あーまだまだやりたいことあったのに。オシャレだってしたかったし、美味しいものもっともっといっぱい食べたかった。恋だって……恋だってしたかった、片思いじゃない、そりゃあもう濃厚でラブラブな十八歳未満お断りなのをッ! ……清い身体のまま死んじゃうあたしってば、かわいそう……)

 死を覚悟したリン子の沸いたヒロイン脳内でこれまで生きてきた十数年の記憶が走馬灯となって流れていく。

 思い出に浸りながら避けられない死を受け入れようとするリン子だったが、その瞬間がなぜか来ない。

(あぁ、きっと頭の中で思考が加速されているからこんなにゆっくり感じるんだろうなー。あたしってなんちゃってバーストリンカー、それいけ快傑ドーパミン♪)

 いまどきの中学生としてラノベやマンガ、アニメはそれなりに嗜んでいるリン子であった。

(……でも、さすがに遅すぎるよーな……。あ、それとも痛みを感じることないくらいの即死だったとか? ん、じゃあたしもう死んじゃってるわけ? こうしてあれこれと考えてるのはもう魂になっちゃってるからなの? そのわりには話に聞いてた三途の川とか賽の河原とか見えないし~、あれ? 見えるのは一面のお花畑だったかな? って、あたし目、瞑ったままだ……。え、えぇ~っと、魂になっても目を明けたり瞑ったりとか関係あるのかなぁ? よ、よし、怖いけどとにかく目を明けてみよう……)

 ゆっくりと目を明けるリン子。その瞳が捉えたものは――

「な、……なんじゃあこりゃあっ!?」

 モジャモジャ頭でデニムのズボンジーパン穿いて全力疾走してる野性味溢れる大男をうっかり思い浮かべてしまいそうなリン子の絶叫。

 自分が生まれるはるか昔の定番ネタであろうが、理解しがたい状況下で言うべきセリフは心得ているのが現代中学生、お約束は守る。

 知識の元はお笑い芸人のネタやら過去の名場面集なんかの特番から吸収したものだろう。

 ただ、女の子が大声で口に出してよいものかどうかは別だが。

 リン子の目に飛び込んできたのは、モノクロ化して静止した世界だった。

 彼女の命を奪おうとしていた大型トラックも道路と歩道を隔てるガードレールにめり込んだ状態で停まっていた。

 彼我の距離はおよそ一メートル、その空間に彼女を驚かせたもうひとつの物体が浮いていた。

 それは曲がり角で彼女とぶつかろうとしていた小動物で、このモノクロ化した世界の中でなぜか色彩をまとっていた。

 互いの視線が交差する。

「やぁ♪」

「――ひぃやあああぁぁぁーーーーーーッ!」

 小動物が軽く前足を上げ人語を発した瞬間、リン子は悲鳴をあげ、その場から逃げようとした。

「ぐぺっ」

 しかし足は動かず上体がつんのめり、勢いよく体が前方へ倒れこみ、お腹がつぶされた拍子におかしな声が出てしまう。

 前屈したままのリン子。

 そう、彼女の下半身はモノクロ化していた。

「あわわわわわわわわわわ」

「あー落ち着いて、落ち着いて。今は君に何かしようとか思ってないから、とりあえず深呼吸しようか。ハイッ、ひっひっふー、ひっひっふー」

「あばばばばばばばばばば」

 パニックに陥り、腕を振り上げたまま上半身を右へ左へとひねるリン子。

 それは今は亡き大物アーティストがゾンビ姿になって踊った、あの有名すぎるダンスの振り付けにそっくりだった。ポゥッ!

「困ったな~、これじゃ話も出来なそうにないよ。うん、しかたないね」

 全然困ってなさそうな口調でそういうと小動物は右前足の指を鳴らすかのように器用に動かした。

 瞬間、リン子のいるスペースにだけ満杯のバケツをひっくり返したような水が降り注ぐ。

 この突然の出来事でリン子の奇妙なダンスにエンドマークが打たれた。

 静止したその姿は土曜の夜に熱狂する映画の代表的なポーズそのままだった。フィーバー!

「……(ぼー)」

「落ち着いた?」

「……ハイ」

「それはよかった、これでやっとお話できるね。まずは自己紹介といこうか、ボクの名はソラ。ご覧のとおり妖精さんだよ♪」

「よーせいさん、て……」

 空中でくるりと回り名乗るソラに対し濡れ鼠のまま胡散臭そうにこぼすリン子。

「あれれれれー、信じられないかな~? 宙に浮いてたり人の言葉を喋ったり、いきなり水を降らせたりする不思議な力を使う存在が、君のすぐ目の前にいるのにさ~、なんだか悲しいな~」

 芝居がかった口調と身振りで訴えるソラ。

 しかしそれにはぜんぜん感情がこもっておらず、厳しいことで有名なN川なんとかって舞台監督が見ていたら、確実に全力で灰皿を投げつけてくる。それほどまでに清々しさを覚える見事な棒っぷりだった。

「……あー、言われてみるとそうですね。疑ってすみませんでした、えーっとソラ、さん? あたし暦リン子といいます、十四歳で中学生三年です」

 いまひとつ、いやみっつよっつは信じ切れていないが、それでも名を告げ、お辞儀をするリン子。

「こ、よ、み、リン子ちゃんか~。うん、よろしくね~」

「はぁ、よろしくお願いします……」

 表情は読み取れないがニマニマと笑っている雰囲気を醸しながら、短い前足を差し出し握手を求めてくるソラ。

 なんだかなーと思いつつ、恐る恐るそれに応えるリン子。ハッ、と今の自分の姿を思い出し――

「……あの、出来ることでしたらその不思議な力とやらで、この水っ気をどうにかしてもらえませんでしょうか? 濡れたままって気持ち悪いし風邪ひいちゃうのも嫌だし……」

 何かを隠すように体を丸め、両腕で自分を抱きかかえるようしながらソラへと訴える。

「ん? ……あ~、そうだよね~、濡れちゃって下着が透けて見えちゃうのは恥ずかしいよね~。ゴメンゴメン。ボクはそ~ゆ~の全然興味ないから気がつかなかったよ。それじゃあ――エイッ」

 リン子が暗に伏せていたことをわざと口にしながらソラは指を鳴らすように動かした。途端にリン子の周囲に水蒸気がゆっくりとたちこてくめる。

 その頬がほのかに紅く染まっているのは、蒸気の熱かそれとも羞恥によるものか。

「……ありがとうございました。――で、ソラさん。これっていったい何事なんですか? 色が無かったりトラックが停まってたりしてるのって……もしかしてソラさんがやったことなんですか?」

 水気が失せた衣服|(上半身だけだが)を軽く正して礼を言い、そして抱えた疑問を告げるリン子。

「せ~いかぁ~い。いやぁリン子ちゃん、よっくわかったね~。見た目よりも頭、いいんだ~」

 リン子の問いに感心したように答えるソラ、勿論感情はこもっていない。

「いやぁ、今のこの状況ならちょっと考えれば誰にでもわかりそうなもんですし~、って、褒められてないし! あたしそんなにお馬鹿に見えます? 確かに成績は良い方じゃないですけど、それでも赤点は回避してますよ、なんとか平均点は取ってんのにぃ!」 

「ハッハッハー、リン子ちゃんて面白いね~。うん、ますます気に入っちゃったな~ボク」

 ノリ突っ込みでバタバタあわてるリン子を眺めるソラ。口調は実に楽しげだ。

 それは新しいオモチャを手に入れた子供が、どうやってボロボロになるまで遊び倒そうかと考えている姿にとてもよく似ていた。

「さてとリン子ちゃん、君に聞いてほしいこととお願いしたいことがあるんだけど」

 リン子が落ち着きを取り戻したのを確認してソラが切り出す。

 その声音にはそれまでのからかう様な雰囲気はない。

「――ハイ?」

 いきなりのまじめモードに訝しそうなリン子。

 それを意に介することなく

「君の、君たち人類の住む世界は狙われている。異世界から侵略を受けようとしている。いや、それは既に始まっているんだよ」

 と、言い放つソラ。

「……えっ?」

 放たれた言葉の意味を理解できずにいるリン子、それを気にすることなく続ける。

「最近君たちの世界で不可思議な事件や事故、行方不明なんかが増えているのに気づいているかい? あれは異世界からの侵略者たちが引き起こしているものなんだ。僕はそれを警告するために連中とは違う世界からやって来たんだけど察知されてね、邪魔者としてずっと命を狙われているんだ。さっきのトラックが突っ込んできたのも、ボクを亡きものにしようとする連中の仕業さ。――ご覧」

 耳から飛び込んできた情報に頭の処理が追いつかないリン子にソラはトラックの運転席を見るよう促す。

「えっ? えっ? ……えっ?」

 パニくっていた頭は、空っぽの運転席を視線が捉えることで落ち着きを取り戻す。

「たぶん仕留めたと思ってトラックから抜けだしたんだろう。寸前でボクが停止空間をつくって逃げ込んだから、きっと今頃躍起になってこの空間の結界を破ろうとしてるだろうね」

 まるで見てきたかのようにしれっと語る。

「破ろうとしているって……。あのーもしそうなったら」

「うん、そりゃ殺し合いさ。連中にとって僕は侵略行為を暴き、邪魔しようとする存在だからね。言ってみれば目の上のタンコブかな?」

 殺伐としたことを緊迫感なくさらりと流すソラ。

「殺し合いって……なんでそんなに軽く言えるんですか。……あ、こんな空間作ったり不思議な力使えるから、ソラさん的にはたいした相手じゃないとかですか?」

「い~や、ボクって逃げたり隠れたりするのはちょー得意だけど、戦闘能力はほとんどないんだよね。連中と戦うようなことになったら瞬殺される自信があるよ」

 飄々とした口調に期待をこめて問うたが、返ってきたのは敗北宣言だった。

「そ、そんな自信いりませんよぉ……。じゃあどーするんですか?」

 絶望感で真っ青になるリン子。

 口には出さないがソラと一緒にいる自分も目撃者として消されてしまうだろうと予感していた。

「うん、だからね」

 そんなリン子に向かってソラは、内側から膨れ上がる幸福感が押さえきれない口調でこう告げた。

「連中に対する抑止力になってくれないかなリン子ちゃん? ボクと契約して戦闘魔法少女になってほしいんだ♪」

「……は、はいぃぃぃぃぃーーーーーーーッ!?」

「あ~イイねイイね、予想通りのリアクションだ♪ ほんっとーーにリン子ちゃんは期待を裏切らないねぇ。嬉しくなっちゃうなぁボク♪」

 予想の斜め上をいくお願いを聞き、再びパニくるリン子の姿に、全身で喜びを表すソラ。

「で、やってくれるよね?」

「むーーーり、無理無理ッ! なんなんですか戦闘魔法少女って? あたしテニスやってるけどそんなに運動神経よくないし! だいいち戦うなんて、そんな怖いこと出来っこないですよぉッ!」

 顔色を赤やら青に変えながら両腕を振り回し必死に拒もうとするが

「ん~、残念だけどぉリン子ちゃんに拒否権はないんだなぁこれが♪」

 心底楽しそうに、そして果てしなく冷たくソラが言い捨てた。

「――え?」

 その言葉の持つ冷気に当てられたのか、リン子に正気が戻る。

「リン子ちゃん、自分が今どうなってるか、わかってる?」

「えっ……と」

 今はもう喜びを隠そうとしないソラの言葉に自分自身を確かめる。

 上半身は動かせる、下半身はモノクロ化しており動かすことが出来ない。そしてモノクロ化はソラの力で――

「!」

「そ、ボクが解除しない限り君はずっとそのまんま。そして解除したら停まった世界は動き出し、君はトラックにつぶされてハイサヨーナラ♪ 解除しなくてもそのうち連中が結界を破って入ってくる、ボクはそうなる前にここを放置して逃げちゃうけど、残されちゃう君はど~なっちゃうの~か~な~♪」

 歓喜の声で絶望を告げるソラ

 詰み、だった。否、初めから詰んでいたのだ。

「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛あ゛ぁぁぁぁーーーーーーーーっ」

「ん~♪ ホント、リン子ちゃんはいい声で哭くなぁ♪ もし生殖器があったら、ボクきっと絶頂射精しちゃうだろ~な~」

 限りなく下品な、事実上の死刑宣告に慟哭するリン子。

「さぁ選択肢のないリン子ちゃん、もう一度お願いするよぉ♪」

 哭き疲れ生気を失くした瞳にとてもとても楽しそうなソラが写り込む。

(……アクマって……きっとあんな風に嗤うんだろうなぁ……)

「ボクと契約して、オモチャ戦闘魔法少女になってよ♪」

 選べるルートは崖下への一本道、力なくリン子が項垂れる。

 その瞬間、下半身は色を取り戻す。が、自身を支えることが出来ず膝から崩れ落ちるリン子。

「契約て~け~つ♪ 期間満了になるまでガンバってね、リン子ちゃん♪」

「……期、間……?」

「そ、ボクが飽きるまで♪ 一年後かもしれないし十年先かもしれない。もしかしたら明日だったりするかも。だ~いじょ~ぶ、契約期間中は年取らないようにしてあげるから。終わるまで、ず~っと若いままだよ~。満了日が来るまで、リン子ちゃんがど~んなに壊れても、ちゃ~んと直してあげるから、安心してね♪」

 それは、このアクマの退屈が満たされるまで、何度でも殺され続けるということか。

 死んだ方がまし、だが死んで楽になることすら許されない永遠の処刑台にリン子はのせられたのだ。

「うんうん、アフターケアも万全だよね。ボクってな~んて親切なんだろ、ね♪」

「……ハ……ハハッ……」

 リン子の口から乾いた笑いがこぼれる。どん底の底まで落ちた者はただ笑うしかないのだろう。

「うんうん、リン子ちゃんもその気になってくれて嬉しいよ。そんないい子にプ~レゼント~♪」

 ソラが軽く前足を振ると、リン子の前に赤い宝石のついたペンダントが落ちてきた。

 それをのろのろとした手つきで拾い上げ、これは何? と視線で伺うリン子。

「いわゆる変身アイテムだよ、魔法少女になるための、ね。何にしようか迷ったんだけど、ここはオーソドックスにペンダントタイプにしたんだ。名付けて "挫けぬ心" 契約の証しとして大事に持っててね♪」

 あれだけ心を折りながら "挫けぬ心" と名付けたアイテムをぬけぬけと贈る、その黒いユーモアにリン子の砕けた心がもっと壊れてしまいそうになる。

「さてと、そろそろ本番の用意しておいてくれるかな?」

 ソラはリン子に唐突に告げる。

「トラックで襲ってきたやつが結界を破りそうなんだよ。ん~あと二分ってところかな。この中で戦えば外に被害はないから思う存分やれるよ。やったねリン子ちゃん、明日はホームランだ♪」

「……ふェ……」

戦闘服バトルドレスのマニュアルは装着したら勝手に頭に入るから、あとはリン子ちゃんがそれをどう使うかだけ♪ だ~いじょ~ぶ、簡単に負けないよう戦闘値は高めに設定してあるから。街ひとつくらいなら軽く新地さらちに出来るくらいの威力だよ♪」

「あ……う……」

「お~っと、そろそろ来るかな~。ささっスタンバってスタンバって。大事なデビュー戦だからね~、気合入れていこうか~」

 リン子をむりやり立たせるとソラはそのはるか後方の安全圏へと下がっていく。

 ソラが十分な距離をとったとき、モノクロの世界の一部が砕け、異形の存在が飛び込んできた。

 雄叫びを上げ迫り来る異形。身の丈は三メートルはあろうか、その姿は角こそないがいわゆる "鬼" に酷似していた。

 長い爪に鋭い牙、猛々しく盛り上がった筋肉、爛々と輝く瞳は生ける者の血と肉を求めているかのようだった。

「――ひいィ」

 その威圧感と撒き散らされる殺気にあてられたリン子は恐怖のあまり腰を抜かし失禁していた。

(怖い怖い怖い、殺される殺される殺される、死ぬ死ぬ死ぬ。――あ、死んでもまた殺されるんだっけ)

「アハッ……ハハハハハハハ……ハハ」

 滂沱のまま笑い続けるリン子。鼻水も涎も垂れっ放しで上も下も垂れ流しだった。

 このまま狂えたら。そうリン子が思ったとき――

『やれやれだらしないなぁ、まぁ初戦だからね、仕方ないとするか。これは初回限定サービスだよ♪』

 突然頭の中にソラの声が響き、外れかけていた精神の箍が掛けなおされた。

「ウぇッ、エっ?」

『いいかい、こんな風にポーズをとったら "挫けぬ心" を掲げて、変身コードを叫ぶんだ』

 リン子の体が自分の意思に関係なく動き、なにやら一定の動きをとり、ペンダントを掲げたと思ったら口が勝手に叫んでいた。

『「Sorcery・Fight!!」』

 "挫けぬ心" が眩い光を放つとリン子の衣類が千切れとび、彼女を生まれたままの姿する。

 どこからともなく現れた七色の光の帯がリン子の腕に、脚に、胸に、腰に巻きついていき、それぞれが戦闘服のパーツを形作っていく。

 胸パーツの中央へ "挫けぬ心" が装着されると、ひときわ強い光が全身を包み、光球となったリン子は迫り来る異形の怪物を吹き飛ばし、天空高く舞い上がったのち反転、急降下して近くにあった大型トラックのコンテナの上に降り立った。

 光が人の形を作る。腕を掲げ左右に振り、ポーズを決めて名乗りを上げる。

『「戦闘魔法少女ッバトルマジックガール!ヨミリンッ!!」』


 今ここに、戦闘魔法少女ヨミリンの長く苦しい戦いの幕が切って落とされた!

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